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荒木田編

滝さんへの想い

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 >大丈夫だよ。

 と、その人は言った。私の話し方が変だと周囲の諸先輩方から指摘され、揶揄われ出した時のことである。

 最初に言い出したのは山村さんだ。
 
 営業アシスタントの中でも一番古株の女性で、感情にムラが有り、イライラすると誰か1人を標的にしてストレス発散することで有名なお局様。
 
「ったく、その喋り方どうにかなんないの?こっちがイライラすんのよッ。ほら、あっち行って!シッシッ」
「はい、申し訳ありません」
 
 しかし、山村さんに確認が必要な資料を作成中だったので、疑問点を解決しなければ作業は進まない。きっとこれで期限までに完成しなければそれはそれで叱られるのだろう。
 
 どうせいっちゅうねん。
 喋り方はさておき仕事優先じゃないの?
 
 悶々と自席で悩んでいたら、左隣に座っている滝さんが私の顔を覗き込んで言う。
 
「俺もその案件に関わっているから教えてあげられるよ。災難だったね、今まで山村さんからアレをやられて泣いた新人も結構いるんだ。荒木田さん、意外と頑丈で感心したよ」
「いえ、あの、私、母と姉に毎日虐められてて、でも今はもう実家を離れて1人暮らしなんですけど。それで不明な箇所はこちらの3点です」
 
 営業推進部第三課は長い間アシスタントと営業の席を分けていたのだが、今春から新体制と銘打ち、営業3人に対して1人のアシスタントを割り振ることになった。つまり、担当固定である。
 
 今までは担当が決まっていなかったので、営業が適当に手の空いているアシスタントに依頼していた。だが、そうなると一部の優秀な人間に依頼が集中し、配分が不公平になっていたため上層部から改善要求を受けたという話らしい。
 
 となると、面白くないのが山村さんだ。彼女は古株であることを笠に着て、仕事を選り好みしていた。それも内容云々ではなく、依頼主の容姿の良し悪しで。
 
 我が部署のエースでモテモテの柴崎さん。今まで彼の仕事は全て山村さんが独占し、それ以外の依頼は他のアシスタントへ強引に押し付けていたワケだが、新体制ではそうもいかない。残念ながらこの私が柴崎さんの担当に決定し、山村さんが独占していた仕事を引き継いで貰おうとしたところ、嫌がらせが激化した。
 
 オイコラとにかく仕事しろよ、と私は言いたい。しかしそんなことを言えばどうなるか分かっているので、曖昧に微笑むしかなく。

「荒木田さん、困ってることない?」
「えっ、はい!実は…」
 
 左隣の滝さんは、本当に気が利く人で。彼いわく『だって手が止まってる時は何か壁にぶち当たっている時だと思うから』なんだそうだが、それにしてもこんなに優しくされたら、どんな女でもイチコロだと思う。
 
 ところがそう思っていたのはどうやら私だけだったらしく。部署内の飲み会で、他の女性社員が柴崎さんのことを大絶賛していることに本気で驚いた。
 
 だって、あの人すごく感じ悪いし、横柄だし、話も噛み合わないし、自意識過剰なナルだよ?あ、ナルってナルシストのナルね!
 
 どうして滝さんの良さが分からないの??
 
 思いやりに溢れ、仕事も出来るし、顔だってのっぺりしてるけど決して不細工じゃないし。だってほら、流行のメガネ男子だよ!!
 
「もしかして荒木田って柴崎さん狙いでしょ?だってたまにチラチラ見てるもん」
「ええっ、ちが、違いますよお!!」
 
 そう、本当に違うのだ。私が見ているのは左隣に座っている滝さんなのに、柴崎さんが更にその隣の席に座っているせいで誤解が生じてしまったのだ。否定しても揶揄い続ける先輩女子たちに、ムキになればなるほどその仮説はまるで真実であるかの如く広められ。
 
 だけどまさか、あんなデマを滝さんが信じるはず無いと高を括っていたのに。
 
「荒木田さん、俺、協力してあげるから、頑張って柴崎に想いを伝えなよ!」
 
 たった今、大好きな滝さんに耳元でそう囁かれてしまい。私はガックリと肩を落とすしかなかった。
 
 
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