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第一話 予定が狂った夏休み
1 公園と猫
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西田由紀は夏の暑い日差しの中、トボトボとした足取りで歩いていた。
由紀は公立高校に通う二年生で、ボブカットというよりおかっぱと言うべき髪型に、太い黒縁の眼鏡をかけた地味な女子である。制服がお洒落でもなんでもないこれまた地味な色のセーラー服なため、昭和っぽいとのもっぱらの評判だ。
「暑い……」
歩きながら由紀の口から出るのは、そんな呟きばかり。今年は空梅雨なのか、先日早くも梅雨明けが発表され、夏本番の暑さ到来にうんざりする。時刻は丁度昼時、太陽はこれから暑い盛りを迎えるのだからたまらない。セーラー服がすっかり汗臭くなっている上、肌に張り付いて気持ち悪い。ただでさえとある理由からあまり外を出歩くのが好きでない由紀は、なんとか我慢して学校にだけは登校しているというのに、これではその登校すらしたくなくなる。
それに加えて現在定期試験真っ只中で、気分もダダ下がろうというものだ。
「はぁ~、日本史のテスト、赤点だったらどうしよう」
暗記が苦手な由紀は、今日の日本史のテストでの、空欄が大半を占めた解答欄を思い出してガックリする。もはや赤点回避のために、平均点が低いことを祈るばかりだ。
由紀は少しでも日差しを避けようと頭にハンドタオルを乗せて、溶けそうになりながら歩く。すると交差点に差し掛かったところで、涼し気な風がどこからか吹いてきた。
「あ、公園……」
夏らしい青々とした緑の木々の並ぶ公園には、樹木の作り出す木陰が多数ある。つまりとても涼しそうで、現在干からびかけていた由紀には凄く魅力的な空間に見えた。
ちょうどいいから休憩して行こうと、由紀はフラフラと引き寄せられるように公園へ足を踏み入れる。目の前に木陰になっているベンチがあったので、そこにどっかりと座った。
「あー、天国ぅ」
地面からモワッとした熱気が上がってこないだけ快適で、ここから動きたくなくなりそうで困る。けれど再び日差しの中へ戻る英気を養うのには、格好の空間だ。由紀はカバンの中からスポーツドリンクを取り出し、グビッと煽る。暑さですっかり温くなっていたが、身体に水分が入ったことで生き返る心地がする。
「ふわー、これでもう少し頑張って歩けそうな気がする」
由紀が広げた足をだらんと投げ出し、女子高生にあるまじき態勢で座っていると。
「ニャアーン」
由紀の座るベンチの後ろから猫の鳴き声がした。そちらは茂みになっていて、猫には絶好の休憩スポットだろう。どうやらにゃんこも日陰で涼み中のようで、だらけ仲間がいたことがほんの少し嬉しい由紀だったが。
「ほれ食え」
同じ方から男の声がした。
――え、誰かいるの?
由紀は慌てて投げ出していてた足を閉じ揃え、後ろを振り返らないようにしながら、恐る恐る視線だけ懸命に向ける。
「水ならお代わりがあるぞ」
後方の茂みには灰色の毛並みの猫に、器に入れた水とおやつのようなものをやっている大柄な姿がある。しかも、由紀の通う高校の男子の制服だ。
――っていうかアレ、近藤じゃない?
薄茶色の明るい髪色、釣り気味の目、そしてあの制服。間違いない、クラスメイトの男子で近藤弘樹だ。喧嘩が強い・顔が怖い・無口と三拍子揃った典型的不良で、彼がいる場所はいつも不良が群れており、この地域一帯を治めているここいらの不良のトップという噂がある男。
地味女たる由紀と対極にあり、最も近寄ってはならない男子生徒と言える。
それにしても、近藤が「あぁ?」と凄む声以外を初めて聞いた気がした。むしろ喋れたんだなと感動すら覚えるレベルだ。
だがこうしてはいられない、猫と和んでいる姿を見てしまったとあっては、「見たなテメェ!」とばかりに因縁をつけられるかもしれない。なのでここは背後に誰かいたなんて気づかなかった体で、さりげなく去っていきたい。
「さ、さぁーて、そっそろそろ行こうかなぁ」
ちょっと噛んでしまったのはスルーして、由紀はさっと立ち上がると速足で歩く。もはやジリジリと照り付ける太陽はどうでもいい。早くこの空間から遠のきたい。
――よし、もう少しで脱出!
由紀は公園の出口に差し掛かったところで、さっきまでいたベンチの方を振り向く。近藤が追いかけて来る様子はなく、脱出は成功だ。
「はぁー、余計に汗かいた」
この時由紀はベンチの奥の空間から、汗で滑った眼鏡の隅に、あの木陰よりも爽やかな緑色が見えた。
由紀は公立高校に通う二年生で、ボブカットというよりおかっぱと言うべき髪型に、太い黒縁の眼鏡をかけた地味な女子である。制服がお洒落でもなんでもないこれまた地味な色のセーラー服なため、昭和っぽいとのもっぱらの評判だ。
「暑い……」
歩きながら由紀の口から出るのは、そんな呟きばかり。今年は空梅雨なのか、先日早くも梅雨明けが発表され、夏本番の暑さ到来にうんざりする。時刻は丁度昼時、太陽はこれから暑い盛りを迎えるのだからたまらない。セーラー服がすっかり汗臭くなっている上、肌に張り付いて気持ち悪い。ただでさえとある理由からあまり外を出歩くのが好きでない由紀は、なんとか我慢して学校にだけは登校しているというのに、これではその登校すらしたくなくなる。
それに加えて現在定期試験真っ只中で、気分もダダ下がろうというものだ。
「はぁ~、日本史のテスト、赤点だったらどうしよう」
暗記が苦手な由紀は、今日の日本史のテストでの、空欄が大半を占めた解答欄を思い出してガックリする。もはや赤点回避のために、平均点が低いことを祈るばかりだ。
由紀は少しでも日差しを避けようと頭にハンドタオルを乗せて、溶けそうになりながら歩く。すると交差点に差し掛かったところで、涼し気な風がどこからか吹いてきた。
「あ、公園……」
夏らしい青々とした緑の木々の並ぶ公園には、樹木の作り出す木陰が多数ある。つまりとても涼しそうで、現在干からびかけていた由紀には凄く魅力的な空間に見えた。
ちょうどいいから休憩して行こうと、由紀はフラフラと引き寄せられるように公園へ足を踏み入れる。目の前に木陰になっているベンチがあったので、そこにどっかりと座った。
「あー、天国ぅ」
地面からモワッとした熱気が上がってこないだけ快適で、ここから動きたくなくなりそうで困る。けれど再び日差しの中へ戻る英気を養うのには、格好の空間だ。由紀はカバンの中からスポーツドリンクを取り出し、グビッと煽る。暑さですっかり温くなっていたが、身体に水分が入ったことで生き返る心地がする。
「ふわー、これでもう少し頑張って歩けそうな気がする」
由紀が広げた足をだらんと投げ出し、女子高生にあるまじき態勢で座っていると。
「ニャアーン」
由紀の座るベンチの後ろから猫の鳴き声がした。そちらは茂みになっていて、猫には絶好の休憩スポットだろう。どうやらにゃんこも日陰で涼み中のようで、だらけ仲間がいたことがほんの少し嬉しい由紀だったが。
「ほれ食え」
同じ方から男の声がした。
――え、誰かいるの?
由紀は慌てて投げ出していてた足を閉じ揃え、後ろを振り返らないようにしながら、恐る恐る視線だけ懸命に向ける。
「水ならお代わりがあるぞ」
後方の茂みには灰色の毛並みの猫に、器に入れた水とおやつのようなものをやっている大柄な姿がある。しかも、由紀の通う高校の男子の制服だ。
――っていうかアレ、近藤じゃない?
薄茶色の明るい髪色、釣り気味の目、そしてあの制服。間違いない、クラスメイトの男子で近藤弘樹だ。喧嘩が強い・顔が怖い・無口と三拍子揃った典型的不良で、彼がいる場所はいつも不良が群れており、この地域一帯を治めているここいらの不良のトップという噂がある男。
地味女たる由紀と対極にあり、最も近寄ってはならない男子生徒と言える。
それにしても、近藤が「あぁ?」と凄む声以外を初めて聞いた気がした。むしろ喋れたんだなと感動すら覚えるレベルだ。
だがこうしてはいられない、猫と和んでいる姿を見てしまったとあっては、「見たなテメェ!」とばかりに因縁をつけられるかもしれない。なのでここは背後に誰かいたなんて気づかなかった体で、さりげなく去っていきたい。
「さ、さぁーて、そっそろそろ行こうかなぁ」
ちょっと噛んでしまったのはスルーして、由紀はさっと立ち上がると速足で歩く。もはやジリジリと照り付ける太陽はどうでもいい。早くこの空間から遠のきたい。
――よし、もう少しで脱出!
由紀は公園の出口に差し掛かったところで、さっきまでいたベンチの方を振り向く。近藤が追いかけて来る様子はなく、脱出は成功だ。
「はぁー、余計に汗かいた」
この時由紀はベンチの奥の空間から、汗で滑った眼鏡の隅に、あの木陰よりも爽やかな緑色が見えた。
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