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第二話 噂の「ハルカ」
37 偵察する妹
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その後、カウンター席に黙って座る新開会長の醸し出す空気が、店内を微妙な緊張感に包み込んでいた。
他の客が、さっき騒ぎを起こした彼女をチラチラ見てはヒソヒソしている。
――そこそこ忙しい土曜日に、変な空気を作らないで欲しいんだけど。
ギスギスひそひそしている店内だが、由紀は空気に徹して仕事をしていると、だんだんと客の姿がまばらになってきた。
「西田さん、休憩いいわよー」
由梨枝から声がかかる。しかも店内の様子を考えて、厨房に用意してあるらしい。これで新開会長の近くに用意されたら、せっかくの賄いの味がわからなくなるところだった。
――やった、今日は焼きそばだ!
カウンターをすり抜けて厨房に行くルンルン気分の由紀を、恨めし気な視線が追って来たが、まるっと無視だ。
厨房内の作業台としても使われているテーブルに、賄いが用意されていた。テーブルは本来作調理台の近くにあったのに、端っこに移動している。そしてそこでは、すでに近藤が焼きそばをズルズルしていた。新開会長から見えないように、近藤がテーブルを移動させたのだろう。
――そんなことはどうでもいいし、焼きそばを食べようっと。
由紀は置いてある丸椅子に座り、添えてある箸を取る。すると、近藤が焼きそばを食べながらこちらをじっと見ていた。
「エライ人に惚れられましたなぁ、近藤さんや」
からかい口調の由紀に、近藤が眉をぎゅっと寄せる。そうしていると迫力が二割増しで、間近で顔を合わせると、とても怖い。
――おおぅ、すっごい嫌そう。
しかし、由紀には一点だけ疑問がある。あんなに美人な新開会長に好かれて、近藤も男子ならばちょっとくらい鼻の下が伸びないのだろうか? あの執着も愛ゆえだと思えば、許せる人もいるだろうに。
そんな風に思った由紀も近藤の目を見返すと、あちらが怯んだように視線を下げた。
「……ぁんだよ」
顔の怖さと対照的に、気弱な声が近藤の口から漏れる。
「いや、あれくらいの美人に好かれたら、ちょっとは嬉しくないのかな、ってさ」
由紀が疑問を素直にぶつけてみると、近藤はさらに嫌そうな顔をしてそう言った。
「アイツが美人なのは認めるけどな。寄って来る男はごまんといるだろうから、そっから選べばいいのにとは思う」
この発言は、聞く人によっては自慢だとか余裕だとかに捉えられるのかもしれないが、近藤は心底本音らしかった。
――まあ、それが一番平和に解決する方法かもね。
新開会長が近藤ではない人に恋をすれば、気持ち的にも相性的にも丸く収まる。
そんな話をした後、さっさと食べ終えた近藤が席を立った。恐らくトイレだろう。
一人になった由紀は、由梨枝お手製焼きそばを堪能する。
「うま~い」
市販の麺が、どうしてこんなにモチモチになるのだろう。由紀の母親が三パック入り焼きそばを買って作っても、焦げてカッチカチになっている麺がかなりの割合で混じっているのに。しかも野菜をケチっていないのでボリューム満点だ。
――これで、また一つ食事の切ないポイントが増えたわ。
今後由紀はカップ焼きそばを食べる度に、この味を思い出してしまうことだろう。そんな幸せであり切ない味の焼きそばを噛み締めていると、自宅に引っ込んでいたはずの春香が厨房に顔を出した。
「なにか忘れ物?」
由紀は春香が再度姿を見せた理由をそう推測したが、彼女これにはなにも言わず、近藤が座っていた椅子に座った。
「あの人、もしかして毎日来てるの?」
そう言ってカウンターの方を視線で指す。春香の言う「あの人」とは、新開会長のことだろう。
「毎日来てるねぇ」
焼きそばのソースの味で喉が渇いた由紀は、冷蔵庫から出した麦茶を飲みながら春香の言葉を肯定する。
「やっぱり……」
眉をひそめた春香が、ため息を吐いた。
他の客が、さっき騒ぎを起こした彼女をチラチラ見てはヒソヒソしている。
――そこそこ忙しい土曜日に、変な空気を作らないで欲しいんだけど。
ギスギスひそひそしている店内だが、由紀は空気に徹して仕事をしていると、だんだんと客の姿がまばらになってきた。
「西田さん、休憩いいわよー」
由梨枝から声がかかる。しかも店内の様子を考えて、厨房に用意してあるらしい。これで新開会長の近くに用意されたら、せっかくの賄いの味がわからなくなるところだった。
――やった、今日は焼きそばだ!
カウンターをすり抜けて厨房に行くルンルン気分の由紀を、恨めし気な視線が追って来たが、まるっと無視だ。
厨房内の作業台としても使われているテーブルに、賄いが用意されていた。テーブルは本来作調理台の近くにあったのに、端っこに移動している。そしてそこでは、すでに近藤が焼きそばをズルズルしていた。新開会長から見えないように、近藤がテーブルを移動させたのだろう。
――そんなことはどうでもいいし、焼きそばを食べようっと。
由紀は置いてある丸椅子に座り、添えてある箸を取る。すると、近藤が焼きそばを食べながらこちらをじっと見ていた。
「エライ人に惚れられましたなぁ、近藤さんや」
からかい口調の由紀に、近藤が眉をぎゅっと寄せる。そうしていると迫力が二割増しで、間近で顔を合わせると、とても怖い。
――おおぅ、すっごい嫌そう。
しかし、由紀には一点だけ疑問がある。あんなに美人な新開会長に好かれて、近藤も男子ならばちょっとくらい鼻の下が伸びないのだろうか? あの執着も愛ゆえだと思えば、許せる人もいるだろうに。
そんな風に思った由紀も近藤の目を見返すと、あちらが怯んだように視線を下げた。
「……ぁんだよ」
顔の怖さと対照的に、気弱な声が近藤の口から漏れる。
「いや、あれくらいの美人に好かれたら、ちょっとは嬉しくないのかな、ってさ」
由紀が疑問を素直にぶつけてみると、近藤はさらに嫌そうな顔をしてそう言った。
「アイツが美人なのは認めるけどな。寄って来る男はごまんといるだろうから、そっから選べばいいのにとは思う」
この発言は、聞く人によっては自慢だとか余裕だとかに捉えられるのかもしれないが、近藤は心底本音らしかった。
――まあ、それが一番平和に解決する方法かもね。
新開会長が近藤ではない人に恋をすれば、気持ち的にも相性的にも丸く収まる。
そんな話をした後、さっさと食べ終えた近藤が席を立った。恐らくトイレだろう。
一人になった由紀は、由梨枝お手製焼きそばを堪能する。
「うま~い」
市販の麺が、どうしてこんなにモチモチになるのだろう。由紀の母親が三パック入り焼きそばを買って作っても、焦げてカッチカチになっている麺がかなりの割合で混じっているのに。しかも野菜をケチっていないのでボリューム満点だ。
――これで、また一つ食事の切ないポイントが増えたわ。
今後由紀はカップ焼きそばを食べる度に、この味を思い出してしまうことだろう。そんな幸せであり切ない味の焼きそばを噛み締めていると、自宅に引っ込んでいたはずの春香が厨房に顔を出した。
「なにか忘れ物?」
由紀は春香が再度姿を見せた理由をそう推測したが、彼女これにはなにも言わず、近藤が座っていた椅子に座った。
「あの人、もしかして毎日来てるの?」
そう言ってカウンターの方を視線で指す。春香の言う「あの人」とは、新開会長のことだろう。
「毎日来てるねぇ」
焼きそばのソースの味で喉が渇いた由紀は、冷蔵庫から出した麦茶を飲みながら春香の言葉を肯定する。
「やっぱり……」
眉をひそめた春香が、ため息を吐いた。
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