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3.記憶の片隅に
しおりを挟む数々の思い出が浮かび上がっては、消えていく。
楽しかったと思っていた婚約者との記憶も、自分本位の欲望で塗り固められたものだと知ってから、ただただ悲しいだけの思い出に成り果てた。
死ぬ間際は走馬灯が走るという話だけれど、ここまで嫌な思い出しか蘇らないのは、悲しいを通り越して滑稽に思えてくる。
ああ、でも。
一つだけ良い思い出があるなと、わたしは一年前の記憶を手繰り寄せた。
あれは確か、義妹の16歳の誕生パーティのこと。
本当は二週間くらい前にわたしも17歳の誕生日を迎えていたのだけれど、父と義母はわたしをいない者扱いにして、イサペンドラ主役のパーティを実施した。
煌びやかなパーティだった。
貧乏なくせに見栄を張りたがる父は一丁前に大きな会場を借り、有力な貴族たちを集めてイサペンドラをアピールしていた。両親によって念入りに磨かれたイサペンドラは、正当な子爵家の娘であるわたしよりも貴族令嬢らしく、可愛らしく華やか。長年の栄養不足で発育が芳しくないわたしが色あせたピンクのドレスを着て隣に並ぶと、「イサペンドラの品格が下がる」と言って義母に会場から追い出される始末。
会場から出てもやることはない。
人目につかない場所でパーティが終わるのを待っていたとき、知らない男性に「おい」と声をかけられた。
当時、婚約者であるゴルドハイツ様に身内以外の異性との会話を禁じられていたわたしは、とっさに反応できなかった。でも話しかけられてるのに無視するのは礼儀知らずだ。
震える声で返事をすると、訝しむような息が漏れる。
「暗くてよく見えなかったが、まだ子どもだったのか」
「え?」
「こんなところに来るとは……。迷子か? ここは見回りも来なければ、俺のようにパーティが嫌で抜け出してきた男しか来ない場所だぞ」
月明かりに照らされて、男性の顔がよく見えるようになった。
冴え冴えとした顔立ちは、彼の纏う冷たい雰囲気と、恐ろしいほど整った顔立ちも相まって、氷の彫像のようだ。
底深い海よりも暗い、漆黒を宿した髪がサラサラと揺れている。
なにより綺麗だと思ったのは、その瞳だ。
血よりも赤い煌めき。
爛々と闇夜で輝くさまは、まるで一匹狼のようだと思ったけれど、そこまで恐怖を感じなかった。
「えと…………あの、わたし子どもじゃありませんけど」
「? 俺には10歳くらいにしか見えないが」
「一応……これでも17歳です」
「なんだと……!?」
彼は本気で驚いているようだった。
ごもっともだ。わたしは身長が150しかなく、あどけない顔立ちのせいでよく子どもと間違われる。普段からの栄養不足がたたって肉付きもよくないので、一人で歩いていると迷子だと間違われることも多々あった。
でも10歳かぁ……。
最年少記録更新だぁ……。
「大人……の、女性……?」
本気で戸惑っていらっしゃる。
「あの、さきほどわたしに話しかけたのは、もしかしてイサペンドラ……様のパーティに出席されるためでしょうか?」
こんなのが姉だと思われると、傷がつく。
父に怒られるのが嫌でとっさに他人行儀になってしまったけれど、どういうわけか、彼はより表情を険しくした。
「俺がここにいるのは、たまにはパーティに出席して女の一人や二人を連れて帰ってこいと周りがうるさいから、仕方なく、本当に仕方なくここに来ただけだ。パーティ会場に入らなくても出席したことにはなるだろう?」
なんです、その嫌いな野菜をどうにかこうにか食べないように代替案を提示する子どもみたいな発想。
この人、パーティ嫌いなんだろうなぁ。
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