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雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』その(7)イデオロギー

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テレビ初出演といってもNOZOMIは緊張感もなく落ち着いている。
前半はカリスマモデルとしての紹介が主で、そのVTRの中でNOZOMIは流行のファッションに身を包み躍動している。彼女が女子高生の間でカリスマ扱いされるのも頷ける。

「NOZIMIって娘、脚が長くてかっこいいわね。ミニスカートがよく似合ってるわ。それで格闘技が強くて頭も良いって言うんだから...。AU女子高校といったらかなりの進学校でお嬢様学校じゃない!天才はいるのね」

「NOZOMIちゃんかわいいね。わたしも大人になったら、あんなお洋服着てNOZOMIちゃんみたいになりたい。パパとの試合、どっちも頑張って良い試合になればいいね」

龍太は母と妹の話しにイラッとした。NOZOMIって、女のくせに男の父ちゃんに戦いを挑んできたんだぞ。

「麻美! どっちも頑張れって、父ちゃんとどっちを応援してるんだ!」

「ええ~! いつもパパ言ってるよ。試合する相手は尊敬してるって、勝っても負けても終わったら仲良くなれるんだって! パパもNOZOMIちゃんと仲良くなれたらいいな...」

妹はまだ小学一年生だ。男と女が試合することの意味が分かってない。腹立たしさを覚えるが何を言っても無駄。NOZOMIが父ちゃんに無残にKOされた時の麻美が見ものだと龍太は思った。

堂島源太郎の妻佐知子は、息子の龍太は夫によく似ていると思う。実直で融通がきかなく冗談が通じない。
でも、龍太なりに父が女性と戦うことに不安感があるのだろう。万一、女の子に負けてしまったら...。
それは佐知子にとっても同じなのだ。

佐知子にはNOZOMIとの試合に臨む夫に一つの不安点があった。
夫は無骨で不器用で大変シャイな性格だ。女性とは目も合わせられずすぐに赤面してしまう。佐知子との交際中も中々手さえ握ってくれなかったことを思い出すのだ。
そんな夫が、こんなにも若くてきれいな美少女とリングで向かい合ったら平常心でいられるわけがない。
テレビでは、NOZOMIの制服姿、ミニスカート、17才とは思えないセクシーな水着姿のVTRが流れている。
当日、彼女はどんなリングコスチュームで戦うのだろうか? セクシー系で来られたら夫は激しく動揺するだろう。

テレビではモデルNOZOMIから、格闘家NOZOMIの話題に変わった。
当然ながら大晦日の堂島源太郎戦に臨むに当たっての質問になる。

NOZOMI まず第一声。

「大晦日の格闘技戦で、私の挑戦を受けてくれた堂島さんには大変感謝しています。同時に尊敬もしています。お互い死力を尽くして、悔いのないよう戦えればと思ってます」

妹の麻美が嬉しそうに微笑んでいる。龍太は次の言葉を待った。

「尊敬する堂島さん相手ではありますが、このデビュー戦に私は負けるわけにはいきません。また、絶対の自信がありますので、全国のファンに必勝をここにお約束します!」

龍太は拳を握って感情を抑える。
勝利宣言をしたNOZOMIが、不敵な笑みを浮かべたのを見逃さなかった。

ゲストから次の質問が飛んだ。

「世間ではアナタと堂島選手の試合は異性異種格闘技戦として大変な話題ですが、賛否両論があるのをご存知ですね? エキシビションならともかく、女性が男性に真剣勝負を挑むなんて無謀で危険じゃないですかね? それに意味
があるんでしょうか?」

龍太も質問者と同じ考えだ。

NOZOMIはその質問を予想していたかのように、その美しい顔をニコッとさせた。自信満々の顔だ。

「お言葉を返すようですが、なぜ、女の子が男性に真剣勝負を挑んではいけないのでしょうか? それに、無謀だ!危険だ!っておっしゃいますが、それは女は男より弱いって決めつけた先入観で、その先入観が女性の可能性を阻んできたと思いませんか? それは一種の差別だと思うのです」

ゲストの質問者は、17才の女子高生に反論されみるみる顔色が変わる。

「それは屁理屈だ! 男女平等と区別の違いが分かっていない。男と女では身体の構造が違うし筋肉量が違うではないか! 女性は男性とは違う分野で勝負すべきではないのかな?」

質問者はむきになった自分を恥じたような顔になる。NOZOMIは冷静だ。

「筋肉量等の身体の構造が違うのは分かります。でも、格闘技はウエート制ですし、重量級はともかく、同じ体格ならそんなに差はありませんよ。筋肉量は少なくとも、女性には男性とは違う優れた身体能力があります。女性には女性なりの身体的長所を活かした戦い方があると思います。私はそれを証明するためリングに上がります」

すると、そのシニカルな言動で有名な他の評論家が言った。

「NOZOMIさんのおっしゃりたいことは分かりますよ。でも、男性と戦うことに何の意味が? それに、本当に男性と勝負するつもりなら、そんな モデル活動でオシャレなんかする暇はないはず。女を捨てるべきではないかな?」

「男性と戦うことに意味はあります。
いくら女子の中で一番になっても、最強は男子と思われているでしょ? 大抵はその通りだと思いますが、中には対抗出来る女子もいると思います。男子を含めて最強の女子が...。この議論は不毛の論争になるので、これから私が実際に証明していきます」

スタジオ内がシーンとなった。

「それから、私がファッションモデルをやっているのは、オシャレな女の子でいたいから。女の子が女の子であることを捨てて、男のようにマッチョになって勝っても、それは男の理屈に取り込まれたってこと。男が強くなるために男を捨てるなんて言われないでしょう? 男のようになって男に勝ちたいのではなく、ミニスカートだって穿くオシャレな女の子として男性に堂々と勝たないと意味がないんです」

龍太はNOZOMIの理屈は間違ってると思うものの、その落ち着き、自信に満ちた態度に不気味さを感じた。
父ちゃん、、大丈夫だろうか...。

MCから「最後に一言あれば...」と。NOZOMIはテレビカメラを見据えると微笑を浮かべ言った。

「大晦日の試合。私は堂島さんのことを大変尊敬していますが、残念ながら彼は “男は外で狩りを、女は子を産み家を守る” という考え方だと耳にしました。この試合、世間では異性異種格闘技戦と言われていますが、私は『異考イデオロギー戦』だと思っております。抑圧されてきた女性の隠れた強さを証明するためにも、私は堂島さんを必ずリングに沈めてみせます!」

そして、番組は終った。

翌日の各スポーツ紙では、NOZOMIテレビ出演での言動が大きく取り上げられ様々な議論を呼び起こした。
それは多くの専門家や文化人等の著名人まで巻き込むものだった。

『異性異種格闘技戦ではなく異考イデオロギー戦 』

このNOZOMIの発した言葉に各マスコミは飛び付いた。流行語になるのではないか?という勢い。
それはNOZOMIの狙い通りだった。
NOZOMIとて、格闘技における男女が同等とは思っていない。
大抵の女子は好戦的ではないし、戦い方を知らない。でもそれは、男性による女性支配、管理という長い歴史でそのチャンスを阻まれてきたからだ。
だからといって、女性地位向上のために男性と戦うつもりはない。男だから○○○、女だから○○○という考え方が嫌なのだ。

女の子が女であることを捨て、マッチョになって男と筋肉で勝負しても勝つのは難しい。それは男側の領域だからだ。男にはない身体的長所で勝負してこそ女子格闘家の未来がある。
NOZOMIは最も男女差が大きいと思われる格闘技こそ、実は女性に向いているのではないか?と思っている。だからこそ男と戦う意味がある。

(私はミニスカートも穿く女子ファイターとして男性を倒してみせる。そして将来的に格闘技は必ずジェンダーレスの時代が訪れるだろう)
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