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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
32 海辺の街の夜(2)
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馬車の速度が落ちたと思ったら、しばらくして音を立てて止まった。
十分に安全な止まり方をしてくれたのに、考え事をしていた私は、油断してうっかり馬車の止まった拍子に、少しだけ前に座っているブラッドの方に身体を揺らしてしまった。
その瞬間、前に座っているブラッドと隣に座っていたリリアが同時に手を差し伸べてくれた。
私はリリアとブラッドに支えられながら言った。
「二人ともありがとう」
リリアは「お気になさらず」と言って微笑んでくれたが、ブラッドは無表情に言い放った。
「何を考えていたのか知らないが、今日は疲れているんだ。何も考えずにゆっくり休むのだな」
相変わらずなブラッドに私は得意気に言った。
「大丈夫よ!! 今日もブラッドに貰った目に使う枕を持って来ているから」
実はブラッドに貰ったアイピローはかなり優秀で、私の愛用品になっていた。てっきり、呆れられるかと思ったが意外にもブラッドは口角を上げながら言った。
「そうか……活用してくれ」
ブラッドが素直になったことが嬉しくて私はまたしても、少し大きな声で答えた。
「うん!! 昨日だって使ったし、もうすでにベッドのサイドテーブルに置いて準備しているんだから!!」
私の言葉を聞いたブラッドが少しだけ照れたように言った。
「……そうか」
そんなブラッド見て私も嬉しくて笑ってしまった。
私の乗っている馬車は外が見えない仕様になっているので、目的に到着したかどうかよくわからない。それに私が馬車から降りる時は、ガルドたちが安全を確認した後なので、馬車が止まって少しの間、馬車の中で待機することになる。だから今、馬車が止まっている理由は、襲われているからなのか、到着したからなのか、何かトラブルがあったのか……中にいる私たちには外から声をかけられるまではわからない。
ブラッドのおかげでいつもは不安なこの時間が、少しだけ癒される時間になった。
「クローディア様、到着致しました」
しばらくしてアドラーの声が聞こえて、馬車の扉が開いた。ドア側のリリアやジーニアスが降りた後に、ラウルが手を差し伸べてくれた。
「クローディア様、どうぞ」
「ありがとう、ラウル」
私はラウルの手を取ると、馬車を降りて思わず大きな声を上げていた。
「……わぁ……」
目の前には、美しい夜景が広がっていた。昨日もキレイだと思ったが、今日は晴れていたので、月と星と、街の灯りがはっきりと浮かび上がって空と陸と海が壮麗な美の空間を作り上げていた。よく海の近くの街は夜景が美しいと言われることが多いが、このシーズルス領邸は高台にあるので、まさに絶景だった。
海や山の暗さが、街の灯りと星や月の光を引き立たせる。まさに光と影の織りなす芸術的な風景に私は思ず動けなくなった。
私がぼんやりと見とれていると、ラウルが私を見ながら言った。
「夜景も美しいですが、クローディア様の美しさの前では霞んでしまいます」
ラウルが私の手にキスをしようとすると、アドラーがやんわりとラウルのキスを妨害しながら言った。
「確かに美しいですね」
そして、ジーニアスが楽しそうに言った。
「この辺りは、景観保護のために都市計画にも力を入れていますので、ある種の様式美とも言えるのです」
三人の言葉を聞いて、私は思わずリリアと顔を見合わせて笑った。昨日、リリアとみんながどんな答え方をするのか話をしたが、今の会話は、まさにリリアの予測に限りなく近かった。
「そんなに笑われてどうしたのですか? クローディア様」
ジーニアスが首を傾けたので、私はリリアと目を合わせた後に「なんでもないわ」と言った。
そして隣で、この景色を見ていたブラッドを見て尋ねた。
「ねぇ、ブラッド……この……」
そこまで聞いて、フィルガルド殿下の馬車が到着したのが見えた。私たちが屋敷の前を占領しているので、フィルガルド殿下の馬車が屋敷の前に入れないようだった。
「クローディア殿。中に入るぞ」
「え、ええ」
結局ブラッドの感想は聞けなかったが、フィルガルド殿下を待たせるわけにもいかないので、私はアドラーに手を引かれて屋敷の中に入った。
「おかえりなさいませ」
「お出迎えありがとう」
執事と話をすると、ブラッドは無表情に言った。
「クローディア殿。もう疲れているだろう? 早く部屋に戻れ。ラウル、アドラー、リリア嬢。早くクローディア殿を部屋にお連れしろ」
ブラッドの言葉に、ラウルは私の手を取ったまま頷いた。
「はい。さぁ、クローディア様。行きましょう」
「え、ええ。ではブラッド、ガルド、ジーニアス、ヒューゴ。おやすみなさい」
みんな「おやすみなさい」と返してくれた。私はみんなにあいさつをして部屋に向かった。
◆
クローディアの姿が見えなると屋敷の正面玄関からフィルガルドが凄い勢いで入って来た。
そして周りを見渡して、ブラッドの方に歩きながら言った。
「ブラッド……クローディアは?」
ブラッドは、フィルガルドの問いかけに相変わらず無表情に答えた。
「彼女は疲れていたようだからな。すでに部屋に戻って休んでいる」
フィルガルドは、先ほどまでの嬉しそうな顔を曇らせながら言った。
「そうか……確かに今日は、大変だったからな。疲れるのも仕方ない」
フィルガルドは、そう言って肩を落とした。
恐らくフィルガルドはクローディアと話がしたかったのかもしれないが、今回この船に来るためにかなり無理をしたはずだ。その大変さを物語るようにフィルガルドだけではなく、クリスフォードの目の下にもうっすらと影が見える。長旅でも疲れるのに、さらにパーティーに出てこの騒ぎだ。
「フィルガルド殿下も、もう休め」
ブラッドはフィルガルドに向かって言うと、フィルガルドが真剣な顔でブラッドを見ながら言った。
「ブラッド……話がある」
フィルガルドに真剣な瞳に見つめられて、ブラッドが少しだけ声のトーンを落として言った。
「今日である必要があるのか?」
フィルガルドは大きく頷いた。
「ああ。ブラッドも疲れているのはわかるが、戻ればすぐにスカーピリナ国の王を迎える準備だ。こんな機会でもないと、ブラッドとゆっくり話せることなどないだろう? それに私には、どうしても聞きたいことがある。このままでは気になって休めない」
全く引く気のないフィルガルドを見てブラッドも頷いた後に言った。
「……わかった。ガルドの他にジーニアスと、ヒューゴも同席しても?」
フィルガルドは大きく頷いた。
「構わない」
ブラッドはすぐ近くに控えていた執事に話しかけた。
「話の出来る場所を用意してくれ。給仕や護衛は必要ない」
執事は背筋を伸ばしたまま即座に答えた。
「かしこまりました。では応接室にご案内致します」
「ああ」
こうしてブラッドたちは、執事に案内されて応接室に向かったのだった。
十分に安全な止まり方をしてくれたのに、考え事をしていた私は、油断してうっかり馬車の止まった拍子に、少しだけ前に座っているブラッドの方に身体を揺らしてしまった。
その瞬間、前に座っているブラッドと隣に座っていたリリアが同時に手を差し伸べてくれた。
私はリリアとブラッドに支えられながら言った。
「二人ともありがとう」
リリアは「お気になさらず」と言って微笑んでくれたが、ブラッドは無表情に言い放った。
「何を考えていたのか知らないが、今日は疲れているんだ。何も考えずにゆっくり休むのだな」
相変わらずなブラッドに私は得意気に言った。
「大丈夫よ!! 今日もブラッドに貰った目に使う枕を持って来ているから」
実はブラッドに貰ったアイピローはかなり優秀で、私の愛用品になっていた。てっきり、呆れられるかと思ったが意外にもブラッドは口角を上げながら言った。
「そうか……活用してくれ」
ブラッドが素直になったことが嬉しくて私はまたしても、少し大きな声で答えた。
「うん!! 昨日だって使ったし、もうすでにベッドのサイドテーブルに置いて準備しているんだから!!」
私の言葉を聞いたブラッドが少しだけ照れたように言った。
「……そうか」
そんなブラッド見て私も嬉しくて笑ってしまった。
私の乗っている馬車は外が見えない仕様になっているので、目的に到着したかどうかよくわからない。それに私が馬車から降りる時は、ガルドたちが安全を確認した後なので、馬車が止まって少しの間、馬車の中で待機することになる。だから今、馬車が止まっている理由は、襲われているからなのか、到着したからなのか、何かトラブルがあったのか……中にいる私たちには外から声をかけられるまではわからない。
ブラッドのおかげでいつもは不安なこの時間が、少しだけ癒される時間になった。
「クローディア様、到着致しました」
しばらくしてアドラーの声が聞こえて、馬車の扉が開いた。ドア側のリリアやジーニアスが降りた後に、ラウルが手を差し伸べてくれた。
「クローディア様、どうぞ」
「ありがとう、ラウル」
私はラウルの手を取ると、馬車を降りて思わず大きな声を上げていた。
「……わぁ……」
目の前には、美しい夜景が広がっていた。昨日もキレイだと思ったが、今日は晴れていたので、月と星と、街の灯りがはっきりと浮かび上がって空と陸と海が壮麗な美の空間を作り上げていた。よく海の近くの街は夜景が美しいと言われることが多いが、このシーズルス領邸は高台にあるので、まさに絶景だった。
海や山の暗さが、街の灯りと星や月の光を引き立たせる。まさに光と影の織りなす芸術的な風景に私は思ず動けなくなった。
私がぼんやりと見とれていると、ラウルが私を見ながら言った。
「夜景も美しいですが、クローディア様の美しさの前では霞んでしまいます」
ラウルが私の手にキスをしようとすると、アドラーがやんわりとラウルのキスを妨害しながら言った。
「確かに美しいですね」
そして、ジーニアスが楽しそうに言った。
「この辺りは、景観保護のために都市計画にも力を入れていますので、ある種の様式美とも言えるのです」
三人の言葉を聞いて、私は思わずリリアと顔を見合わせて笑った。昨日、リリアとみんながどんな答え方をするのか話をしたが、今の会話は、まさにリリアの予測に限りなく近かった。
「そんなに笑われてどうしたのですか? クローディア様」
ジーニアスが首を傾けたので、私はリリアと目を合わせた後に「なんでもないわ」と言った。
そして隣で、この景色を見ていたブラッドを見て尋ねた。
「ねぇ、ブラッド……この……」
そこまで聞いて、フィルガルド殿下の馬車が到着したのが見えた。私たちが屋敷の前を占領しているので、フィルガルド殿下の馬車が屋敷の前に入れないようだった。
「クローディア殿。中に入るぞ」
「え、ええ」
結局ブラッドの感想は聞けなかったが、フィルガルド殿下を待たせるわけにもいかないので、私はアドラーに手を引かれて屋敷の中に入った。
「おかえりなさいませ」
「お出迎えありがとう」
執事と話をすると、ブラッドは無表情に言った。
「クローディア殿。もう疲れているだろう? 早く部屋に戻れ。ラウル、アドラー、リリア嬢。早くクローディア殿を部屋にお連れしろ」
ブラッドの言葉に、ラウルは私の手を取ったまま頷いた。
「はい。さぁ、クローディア様。行きましょう」
「え、ええ。ではブラッド、ガルド、ジーニアス、ヒューゴ。おやすみなさい」
みんな「おやすみなさい」と返してくれた。私はみんなにあいさつをして部屋に向かった。
◆
クローディアの姿が見えなると屋敷の正面玄関からフィルガルドが凄い勢いで入って来た。
そして周りを見渡して、ブラッドの方に歩きながら言った。
「ブラッド……クローディアは?」
ブラッドは、フィルガルドの問いかけに相変わらず無表情に答えた。
「彼女は疲れていたようだからな。すでに部屋に戻って休んでいる」
フィルガルドは、先ほどまでの嬉しそうな顔を曇らせながら言った。
「そうか……確かに今日は、大変だったからな。疲れるのも仕方ない」
フィルガルドは、そう言って肩を落とした。
恐らくフィルガルドはクローディアと話がしたかったのかもしれないが、今回この船に来るためにかなり無理をしたはずだ。その大変さを物語るようにフィルガルドだけではなく、クリスフォードの目の下にもうっすらと影が見える。長旅でも疲れるのに、さらにパーティーに出てこの騒ぎだ。
「フィルガルド殿下も、もう休め」
ブラッドはフィルガルドに向かって言うと、フィルガルドが真剣な顔でブラッドを見ながら言った。
「ブラッド……話がある」
フィルガルドに真剣な瞳に見つめられて、ブラッドが少しだけ声のトーンを落として言った。
「今日である必要があるのか?」
フィルガルドは大きく頷いた。
「ああ。ブラッドも疲れているのはわかるが、戻ればすぐにスカーピリナ国の王を迎える準備だ。こんな機会でもないと、ブラッドとゆっくり話せることなどないだろう? それに私には、どうしても聞きたいことがある。このままでは気になって休めない」
全く引く気のないフィルガルドを見てブラッドも頷いた後に言った。
「……わかった。ガルドの他にジーニアスと、ヒューゴも同席しても?」
フィルガルドは大きく頷いた。
「構わない」
ブラッドはすぐ近くに控えていた執事に話しかけた。
「話の出来る場所を用意してくれ。給仕や護衛は必要ない」
執事は背筋を伸ばしたまま即座に答えた。
「かしこまりました。では応接室にご案内致します」
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こうしてブラッドたちは、執事に案内されて応接室に向かったのだった。
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