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第三章 チームお飾りの王太子妃、隣国奪還
21 森の中の隠された洋館(5)
しおりを挟むアンドリュー王子の意思のある瞳は、とても力があり……眩しいと思った。
そんな彼を見ていると、フィルガルド殿下と重なって、思わず目を逸らした。
「クローディア様。私のことはただのアンドリューとお呼びいただけませんか?」
私は再び視線をアンドリュー王子に戻し、返事をした。
「わかりました。アンドリュー様。ゆっくりとお休みください。私はこれで失礼いたします」
「ええ、ありがとうございました」
私は、静かにアンドリュー殿下の寝室を出た。
寝室を出たら、私はずっと不安で押しつぶされそうになっていた。
ジルベルトの覚悟。そしてアンドリュー殿下の想い……
イドレ国から、ベルン国を奪還する。
そんなことが本当に出来るのだろうか?
そんなことにみんなを巻き込んでよかったのだろうか?
今更ながらに自分の決断を重く感じて、私は早くなる心臓を片手で押さえた時だった。
ガルドが心配そうに話かけてくれた。
「クローディア様、大丈夫ですか?」
私はガルドに言われて、ようやく自分の足が震えていることに気付いた。
止まらない膝の震えを誤魔化すように、私は背筋を伸ばして、ガルドとラウルに微笑みかけた。
「大丈夫よ! 私は、自分のできることをするだけだもの」
震える足を隠して、精一杯虚勢を張った。
上手く笑えているだろうか?
笑顔の仮面をちゃんとつけているだろうか?
足の震え、早く止まれ!!
そんなことを思っていた私は、あたたかさに包まれていた。
「え?」
気が付くと、私はラウルに抱きしめられていた。ラウルは私を抱きしめたまま切々と訴えかけて来るように口を開いた。
「クローディア様……そんな……泣きそうな顔で笑わないで下さい……こんな先の見えない不安に満ちた状況の中、怖くなるのは当たり前です。どうか、私たちの前くらいはクローディア様のお心を見せて下さい!!」
ラウルの胸の中はとてもあたたかくて、広くて……そんなラウルに抱きしめられると、折角作っていた笑顔の仮面が外れて泣きそうになってしまった。
でも、仮面をつけ続けるのは心が苦しくなるので、仮面を外させてくれたラウルに感謝して身体を預けると、ようやく足の震えが止まった。
「ありがとう……ラウル……」
私はラウルにしか聞こえない声でお礼を言って、ラウルのあたたかな胸の中から出て、しっかりと自分の足で立った。
ラウルは私をじっと見つめると、真剣な顔で言った。
「クローディア様の背中は私が守ります。どうぞ、あなたのお心のまま進んで下さい。そして、疲れたら、また私の胸をお使い下さい。私の胸の中はクローディア様専用ですので」
ラウルの言葉に思わず口元が緩んで、私は再びラウルに「ありがとう」と告げた。すると、ガルドが私の手を取って、いつものいい声にさらに凛々しさを増した力ある声で言った。
「ラウル殿が背中を守るというのなら、私はあなたの行く道を切り開きましょう。クローディア様の思うままに進んで下さい」
私は、ラウルとガルドの力強い言葉に、泣きそうなことも忘れて、仮面ではない笑顔になっていたのだった。
私たちが二階を歩いていると、一階の階段下のソファーでエルファンとローザが座って楽しそうに話をしていた。すぐにエルファンと目が合い、エルファンがソファーから立ち上がって手を振りながら話かけてきた。
「クローディア様~~~。お話終わりましたか? 実は見せたいものがあって……」
私は「今行くわ」と返事をすると、ラウルとガルドを見て頷き合い、急いで階段を降りた。
「何かしら?」
「こちらです」
そう言ってローザに案内された場所は、少し広めのダンスも出来るような部屋で、中央には大きなテーブルと椅子が置かれて、部屋の隅にはピアノが置いてあった。
ピアノの側の少し大きめの執務机の上に楽譜が大量に置いてあった。
「アンドリュー様は、ピアノを弾いていらっしゃるのですか?」
気になってローザに尋ねると、ローザが切なそうに言った。
「ここに来たばかりの頃は、お兄様はまだピアノを弾くことが出来ていました。あのように御身体を悪くして寝込んでしまってからは……弾いておりませんが」
そう言った後にローザはすぐに顔を上げて嬉しそうに笑った。
「我が国にピアノを持ち込んだのはお兄様なのです。我が国ではこのダラパイス国に留学してピアノを学んだお兄様くらいしかピアノは弾けないのですけど、お兄様は皆にピアノを広めるために、定期的に皆にピアノを聞かせる演奏会を開いたり、子供たちを集めてピアノを教えたりしていたのですわ」
ハイマ国は比較的早くにピアノが入って来て演奏家もそれなりにいるが、どうやら旧ベルン国にはアンドリュー王子が持ち込むまでピアノはなかったようだった。
私は嬉しそうなローザに向かって言った。
「いつかアンドリュー様の演奏をお聞きしたわ」
私が笑うと、ローザがこれまで見せたことのないほど嬉しそうに言った。
「実は、クローディア様はピアノが弾けるとお伺いいたしました。ぜひ!! お兄様が作曲して、ベルン国でも評判のよかった曲があるので、その曲を弾いてもらえませんか!?」
どうやら、アンドリュー王子はピアノを弾くだけではなく作曲まで手がけていたようだ。ローザのこんなに嬉しそうな顔は初めて見たので、きっと素晴らしい曲なのだろうと思ったのだった。
「ええ。私でよかったら」
「よかった。あの、これ……」
そしてローザが私に楽譜をくれた。
「ありがとう、ここでは見つかるかもしれないし、泊まっているところに戻ったら弾いてみるわ」
「はい!!」
ローザと顔を見合わせて笑い合ったのだった。
その後、ブラッドたちと合流して辺境伯邸に戻ったのだった。
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