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第三章 チームお飾りの王太子妃、隣国奪還
36 地下組織合流部隊(2)
しおりを挟むレガードが腕相撲の勝負に巻き込まれていた頃。
ロニは、王城敷地内への隠し扉のある屋敷でガルドたちを待っていた。
屋敷の中に入って待とうか、とも思ったが、愛馬に何かあったらと思うと気が気でなかったので、馬を隠していた小屋でガルドたちを待つことにした。
満月が近いせいか、夜だというのに月明かりに照らされて、辺りの様子がよく見えた。
そして、月が真上になった頃。ガルドたちが姿を見せた。ロニは、小屋から出てガルドたちの元へ向かった。ロニがガルドの目の前に来ると、ガルドが穏やかな口調で言った。ロニはその声を聞いただけで、これまで緊張した身体が緩むように思えた。
「ロニ殿。お待たせいたしました。無事に任務は終了した、とクローディア様、ブラッド様にお伝え下さい」
ロニは、ガルドに頭を下げながら「はっ」と返事をすると、愛馬の元に向かった。
ハイマ国騎士団最速と言われるロニは、これから各方面に伝令するという重要な役目がある。距離としては普段から走っている距離なので、問題はないが自分の伝令に国の命運をかけた作戦の成功がかかっていると思うと、恐怖を感じた。
「頼むな」
ロニは愛馬を撫でると、一陣の風のように駆け抜けて行った。
王都の門は前もって、ジルベルトの手の者が待機してくれていて、問題なく通過することが出来た。ロニは、無事に王都を出ると、クローディアたちの待つ辺境伯の屋敷に向かった。
◆
ロニが旧ベルン国王都を無事に出た頃。
レガードが参戦した腕相撲大会は、大変な盛り上がりを見せていた。レガードは、腕相撲で七人抜きという偉業を達成しそうになっていたのだ。
今まさに、レガードが七人目の対戦相手の手の甲を、台座に叩きつけた瞬間、実況をしていた男が興奮した様子で大声を上げた。
「完全に手の甲が付いた~~~またしても、ルーキーの勝利だぁ~~~飛び込みルーキー強い!! 信じられないことにこれで七人抜きだぁ~~~~~!! 今宵、このリングに軍神でも舞い降りたかぁ~~~??? 誰か、止められるヤツはいないのか~~?! おっと、今、入った情報だ!! これは神のいたずらなのか? 25番通りのたぬき亭で、腕相撲常勝のドルフ殿が食事をしているらしい!! 誰か~~~ドルフ殿をお連れしろ~~~!!」
レガードのような強い男の登場に観客は大盛り上がり、腕相撲の場いた男たちの熱気は最高潮だ。ジーニアスとしては、少し時間が稼げればよかったのだが、レガードのあまりの強さに、かなり目立ってしまっている。しかもいつの間にか、酒場の中で飲んでいた連中も、酒の入った木製のジョッキを片手に、外に出て盛り上がっている。
あと数刻で、夜明けだ。
計画では、夜明けと共にレオンとリリアが国境付近で騒ぎを起こすことになっている。それまでにジルベルトが無事に最後の地下組織と連絡を取ることができたのか確認したし、無事に国王や王妃を保護できたかも知りたい。
焦れるジーニアスに、初めにジーニアスに話かけてきた男が肩に手を乗せながら絡んできた。
「よう、商人。おまえさんの護衛は、本当に強ぇ~~な~~~いや~~連れて来た俺も鼻が高いぜ」
男はかなり酔っぱらっているようで、ふらついて上機嫌だった。ジーニアスは男に一度も商人とは言ってはいないが、彼はジーニアスを商人だと思ったらしい。ジーニアスはそのことには触れずに、男にそれとなくこの勝負がいつ終わるのかを尋ねた。
「この勝負、終わりはいつですか?」
男はふらふらしながら答えた。
「あ~~? いつ終わるか? ……そりゃ~みんなが満足した時さ」
ジーニアスは男の答えに絶望した。こんなに盛り上がっているのに、満足したと言う訳がない。もしかしたら朝まで続く可能性もある。
――私が出場した方がよかったのだろうか?
ジーニアスがそんなことを思っていると、男は楽しそうにジーニアスの肩を叩きながら言った。
「まぁ、本来なら五人抜きした時点で終わるんだが……あの兄さん。強ぇだろ? みんなもっと強いヤツとの勝負が見たくて仕方ねぇんだよ。……ここにいても、みんな虚しいだけだからな……少しでも忘れてぇんだ。今、ドルフ殿を呼びに行ったからな。ちょっと待ってろって」
ジーニアスは陽気だと思った男の影の部分を見た気がした。
――虚しい……。
確かにイドレ国の兵士はそう言った。
つまり、ベルン国内で、傍若無人に振舞う彼らにとっても現状は歓迎できるものではないようだった。
今のジーニアスは、クローディアを助け、クローディアの意思を実現することにやりがいを感じている。だが、少し前の自分は自分の仕事に意味があるのか、と虚しさを感じていた。
――イドレ兵は、やりがいを感じていない。
ジーニアスがそう考えていた時、周囲から一際大きな歓声が上がった。ジーニアスが声のした方を見ると、現れたのはレガードよりもかなり体格のいい男だった。
ジーニアスが心配そうに、レガードを見ると、レガードと目が合い、まるで心配するなというように、爽やかな笑顔を見せた。
「……強ぇヤツがいるって?」
ドルフと呼ばれた男は、興味深そうにレガードを見た。ドルフは上の脱ぐと、レガードの前に設置されている腕相撲専用の台に腕相撲の体勢で立った。
「勝負……しようぜ」
レガードは、無言で男の手を取った。
実況していた男が、真剣な顔をして、二人の握り合う拳の上に手を置いた。そして大きく息を吸って声を上げた。
「始め!!」
レガードはすぐに勝負をかけたが、全く動かなかった。男は、ニヤリと笑いながら言った。
「あんた……確かに強ぇな……護衛なんて……してないで、イドレ国に来いよ……」
レガードはベルン国の言葉がわからなかったので、勝負に集中するように見せかけて何も答えなかった。実際、この時のレガードに他を気にする余裕はなかったが……。
「く……」
初めて、レガードに声が漏れて、少しだけ傾いた。だが、すぐにレガードも力を入れて体勢を保った。
お互い一歩も譲らずに動かずにいると、先程までお祭り騒ぎだった観客は水を打ったように静かになった。あれだけ派手に実況していた男性でさえも、息を飲んで二人の勝負を見ていた。
「くっ!!」
また、少しだけレガードの腕が倒れた。
「あんた、俺で……八人も相手してんだろ? 1人目の時……勝負したかったぜ」
ドルフがギリギリと歯を慣らしながらレガードの腕を倒そうとした。
だが、レガードはギリギリのところで保っていた。
どちらが勝つのか、周囲が二人の勝負の行方に集中していた時。
どこかから、警笛が聞こえて来た。
ドルフとレガードは腕を緩めて、警笛が聞こえた方向を見た。
「なんだ?」
ドルフがレガートの手を離すと、遠くから伝令が走って来るのが見えた。
レガードとジーニアスは、もしかしてガルドたちが見つかったのか? ジルベルトが掴まったのではないかと、気が気ではなかった。ジーニアスが青い顔をしていると、伝令は集まっている皆に向かって大きな声を上げた。
「そんなことをしている場合ではない。国境付近に、スカーピリナ国の王が兵を率いて現れた。昨日の夕方一度現れ、『また明日来る』と言って去って行ったそうだ!! 至急、国境付近に応援を!! ハイマ国の王太子妃も同行していると報が入っている!! 一刻後に王城を出るぞ!!」
ジーニアスはほっと胸を撫で下ろした。どうやら、レオンたちの作戦が上手く行っているようだった。
「ハイマの王太子妃が国境付近に?! ようやく……お目にかかれそうだな……あのお姫様はいつも面倒な男に隠されているからな……」
ドルフは、ニヤリを笑うとレガードを見ながら言った。
「勝負の途中で悪いな。この勝負、おまえに預ける。いつか決着をつけよう」
ドルフはレガードにそう言うと、実況をしていた男に近付き「ちゃんと賞金は支払ってやれよ」と言って姿を消した。言葉がわからずに困惑していたが顔には一切出さなかったレガードに、実況の男は「兄ちゃんのおかげで盛り上がった!! ありがとな!!」と言って、七万ゼミーを支払ってくれた。レガードが約束の金額より多いと思っていると、実況の男がニヤリを笑いながら言った。
「盛り上がった礼だ。また、来てくれよな!」
レガードは言葉はわからなかったが、なんとなく笑顔で答えた。
そして、後からジーニアスにこれまでどんな会話をしていたのかを聞いたのだった。
あれだけ大勢いた男たちが居なくなった頃。一人の男性がジーニアスたちに近付いて来て言った。
「中々お二人に近付けなくて……遅れて申し訳ございません。あの方のところにご案内いたします」
そう言ってジーニアスとレガードは、ジルベルトの元に向かった。
◆
ジーニアスとレガードが、ジルベルトの使いの男に案内されて地下組織に着くと、ジルベルトは別室でまだ話をしていたようだった。ジーニアスとレガードは軽食を摂りながら待つことにした。
食事を終えて、ほっとしていると、レガードが何かを考えているような顔をしていたので、ジーニアスが声をかけた。
「レガードさん、どうされたのですか?」
ジーニアスの問いかけに、レガードは、少し言いにくそうに答えた。
「いえ……これまで私はイドレ国の兵というだけで、敵だ、と思っていたのですが……彼らには彼らの守るべきものや、生活があるのだなと……実感しまして……。彼らと……イドレ国の兵ではなく、個人として接してしまい……いつか、彼らと剣を交える機会があるのかと思うと……複雑な心境になりまして……上手く言えないのですが」
レガードは、最年少で幹部になった若き天才剣士ではあるが、ずっとハイマ国にいたので、騎士として他の国の人間と関わるという経験はなかった。そんな彼にとって、敵国の兵との交流は心に大きな波紋が広がる出来事だった。
それはジーニアスも同じで、これまでイドレ国は他国を侵略する敵だ、と……その国の兵もまた敵だと思ってた。
だが、彼らと話をしてしまうと、彼らも困った時には悩み、楽しい時には笑う同じ人間なのだということを知ってしまった。
ジーニアスが「確かに、そうですね」と言い、黙っていると、再びレガードが口を開いた。
「……ジーニアスさんには感謝しています。ジルベルト殿を無事に地下組織に向かわせることが出来た、ということはもちろんですが……敵だと思っていた相手にも、自分と同じ守るべきものがあるのだ、ということを知れたのは、剣士としてとても貴重な経験だったと思います」
ジーニアスはレガードを見ながら言った。
「それは私も同じです。私もレガードさんと同じように思いましたので……レガードさん、ありがとうございました」
ジーニアスとレガードはお互いの顔を見合わせて目を細めたのだった。
その後、ジーニアスとレガードは、ジルベルトと無事に合流して、ガルドたちが待っている屋敷に戻ったのだった。
――後数時間をすれば……夜明けだ。
ガルドたちは、見張りをしながら少しでも身体を安めることにしたのだった。
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