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第三章 チームお飾りの王太子妃、隣国奪還
38 陽動部隊(1)
しおりを挟む【陽動部隊】
作戦当時の朝。
リリア、レオンとスカーピリナ国の兵は、イドレ国との国境付近にいた。
国境と言っても、とても整備された一本道が続いているだけの場所で、すぐ近くに見張り台がなければ、ここが国境とは気づかないような場所だった。
この道は本来旧ベルン国なので、現在はイドレ国だ。だが、以前のダラパイス国の民と旧ベルン国の民は、この道が国境という意識はなく、生活道として日常的に国境越えをしていた地域だった。ダラパイス国も、旧ベルン国もこの道に関しては、特に厳しい取り調べはしていなかった。そもそも、ダラパイス国と旧ベルン国は、全てが陸続きなので、それほど厳密に国境を管理することなど不可能なのだ。
ところが、ベルン国がイドレ国に奪われてからは、ここには見張り台が置かれて、国境を超える時は、高額な入国料を要求され、イドレ国の許可のない者はこの道を使えなくなってしまった。
そうは言っても、道には何も遮る物もなくまっすぐに続いている。しかも整備され、とてもいい道だった。
今回レオンとリリアは許可を取らずに、ここを通ろうとしていた。
リリアとレオンは、スカーピリナ王室の紋の入った豪華な馬車に、レオンと、レオンの部下とリリアの三人で乗っていた。リリアはクローディアのドレスを着て、髪を結い上げて大きな帽子をかぶり顔や髪を隠していた。
『リリア嬢。そろそろ、イドレ国側に入るぞ。覚悟はいいか?』
レオンの言葉に、リリアは大きく頷き、手に持っていた扇を開くと口元を隠しながら答えた。一緒に乗っていたスカーピリナ国の兵士がレオンの言葉をリリアに伝えると、リリアはハイマ国の言葉で答えた。
「準備は出来ております。いつでもどうぞ」
いよいよ、リリアとレオンは、イドレ国の兵と接触することのなったのだった。
◆
レオンたちの馬車に、スカーピリナ国の兵が馬に乗ったまま近付いて来たので、レオンは窓を開けた。
『どうした?』
スカーピリナ国の兵は、馬車に馬で並走しながら報告した。
『はっ! どうやら、イドレ国は、王都に滞在していた兵を呼び寄せたようです。兵力は、現在のわが軍と同等の兵力を確保しております』
レオンが片眉を上げながら言った。
『この軍と同等か……思ったよりも王都の兵を呼べなかったな。だが、随分と舐められたものだな。我がスカーピリナ国軍相手に、同等で勝てると思っているのか? 使えない上官だな……予定通り、通過する』
兵は『はっ』と答えると、前方に馬で駆けて行った。
レオンはリリアを見ながら言った。
『行くぞ』
リリアは通訳を介さずに、頷きながら答えた。
「ええ」
リリアもレオンもお互い言葉がわかるわけではないので、しっかりとした会話をすることは出来ないが、元々頭の回転の早い二人は、すでに短い単語だけなら、意思の疎通が取れるようになっていた。
しばらくすると、馬車が停車した。
――始まる。
そして、しばらくすると、馬車の前方で激しく剣を交わす音が聞こえた。
レオンは、これまで見せたこともないような、鋭い表情で呟くように言った。
『始まったか……イドレ国の兵のお手並み拝見といこうか……』
レオンは、馬車から降りることはなく、馬車に乗ったままじっと動かなかった。
しばらくすると、馬車の扉を三回ノックする音が聞こえた。
リリアとレオンは警戒しながら、扉を見た。この旅に出る時、扉のノックは五回にすると、スカーピリナ国兵とレオンの間で決まっていた。
そうではなく、三回のノックだった。
――これは、スカーピリナ国の兵ではない!
レオンは、座席に置いていた剣を手に取ると『早かったな……』と呟いた後に、声を上げた。
『誰だ?!』
レオンが問いかけると、馬車の外から声が聞こえた。
『私は、イドレ国皇帝直属の近衛師団所属ドルフと申します。スカーピリナ国王と話がしたい』
レオンはニヤリと笑いながらも恐怖を感じるほどの威圧ある様子で言った。
『イヤだと言ったら?』
……
ドルフは少し沈黙した後に答えた。
『その時は、この馬車を貫き、お顔を拝見するしかありません』
レオンは片眉を上げて『随分と過激だな』と言うと、大剣を持ち、馬車の扉を開けた。
その瞬間、リリアとドルフの目が合った。ドルフはリリアを見ると、目を細めながらハイマ国の言葉で言った。
「その繊細な金細工のネックレス……それはまさしくクローディア殿下が、ご自身の結婚式の時に身につけていた物……。ハイマ国の王太子妃、クローディア殿下……ようやくお会いできました」
リリアの首にはクローディア様が結婚式の時の時に使用した繊細な細工の美しい金のネックレスが光っていた。ドルフの視線を遮るように、レオンが馬車の扉を閉めて、ドルフの視界からリリアを隠しながら言った。
『勝手に見るな、減るだろう? ……生憎と、面倒なのは苦手でね。かかって来い。その自慢のランス、叩き割ってやる』
レオンは自身の大剣を抜き、ドルフの持っていた大きな槍のような武器を見ながら言った。ドルフも自身も巨大なランスを手に持ちながら答えた。
『戦場ではいつも先陣を切る陛下のお姿が見えないと思えば、クローディア様の護衛をされていたのですね。わかりました。レオン陛下、御覚悟を』
次の瞬間、レオンの大剣と、ドルフのランスがぶつかりあい、辺りに大音量の金属音が鳴り響いた同時に、武器を振り上げた衝撃で、風が起こり辺りの砂が巻き上げた。
リリアは馬車の中で、短剣を手にしながら周囲に鳴り響く金属音を確認していた。すると金属音に混じって、足音が聞こえた。
「誰か来ます!!」
リリアが声を上げると、レオンとリリアの通訳をしていたスカーピリナ国の兵が「わかりました。お下がり下さい」と言いながら、剣を構えた。そして、馬車の扉が開いたと思うと、リリアを守ろうと扉の前にいた兵が音を立てて倒れた。
馬車の扉の前に立っていたのは、長い茶色の髪を後ろで一つで結んだ女性だった。女性は、リリアを見ながら声を上げた。
「クローディア様。お迎えに……」
女性は、そこまで言うと即座に剣を構えた。
「お前……いつかの鉄扇女!! くっ!! クローディア様が結婚で身につけていた金のネックレスを身につけているというから……!!」
鉄扇と言われれば、リリアにも身に覚えがあった。リリアは、短剣を持ったまま言った。
「あなたは……ゲイル伯爵邸でクローディア様にを狙った刺客?! ……やはりイドレ国の人間だったのですね」
リリアは即座に馬車の座席から立ち上がり、馬車から少し身体を出して、短剣で女性の待っていた剣を払い飛ばした。
「剣使いだったのか……!!」
女性は、急いでリリアから距離を取ると、レオンと剣を合わせているドルフに向かって大声を上げた。
「ドルフ様!! この者はクローディア様ではございません!! 偽物です!! 本物のクローディア様はすでにダラパイス国の王都に向かった可能性があります!!」
ドルフは、レオンから距離を取るとレオンを見ながら言った。
『まさか……我々とクローディア様を接触させないように囮に?! イーダ、急ぎクローディア様を追うぞ!!』
『はい』
その後、ドルフとイーダと呼ばれた女性は馬車から距離を取ると、煙幕を使いレオンたちの視界を奪うと、馬に乗って姿を消したのだった。
レオンは、馬車の前に倒れていた兵を抱えて、馬車に乗せると馬車の扉の前に立ったままリリアに声をかけた。
『大丈夫か?』
通訳がいないので、リリアは心配そうなレオンの顔を見て「無事です」と答えた。
レオンは、リリアの無事を確認すると、前方で剣を交えるスカーピリナ軍とイドレ国兵を見て、戦局はこちらに随分と有利なことを確認すると、ドルフと剣を交えたことを思い出した。
あのような巨大なランスに太刀打ちできる兵はほとんどいないだろう。加えて、王太子妃をさらっているのは、男性だけではなくイーダと呼ばれた女性もいた。しかも、二人ともクローディアの持ち物までわかるほどクローディアのことを調べているようだった。
レオンは、眉を寄せた。
――想像以上に厄介だな……。
今回に限って言えば、今からでは、リリアをクローディアだと思い込んだ者たちは、本物のクローディアのいる王都には間に合わない。それに、王都内の兵もこちらに呼び分散することが出来たので、レオンたちの作戦は成功したと言える。
その作戦成功の決め手になったのは……。
レオンは、倒れた兵を介護するリリアを見ながら呟いた。
『そのネックレスに助けられたな……』
リリアにはレオンの呟きは聞こえたが、言葉はわからなかったので聞き返すことはしなかったのだった。
◆
私は、アドラーと一緒に馬に乗りながら服の中で揺れるフィルガルド殿下に貰った金のネックレス服の上から手で押さえるように触れていた。するとアドラーが話かけてきた。
「クローディア様。今更ではありますが、ご自身の結婚式で使った物を妹にお貸ししても本当によかったのですか?」
私はアドラーに抱きかかえられながら前を見たまま答えた。
「いいのよ」
実はリリアの身に着けているネックレスは、私がハイマ国を出る前に、兄に用意するように頼んでおいたものだった。
スカーピリナ国へ旅は、断罪回避には不可欠な旅だが、実際には何があるかわからないし、逃げることになったら路銀が必要なので、路銀になりそうな装飾品を用意するようにお願いしたのだ。
そうしたら、兄は私が結婚式で身に着けたイゼレル侯爵家の金細工の技術を広く宣伝するために作った超高級ネックレスを持たせてくれたのだ。
結婚式が終わった後に、ネックレスの保管をどうするか迷ったが、私はどうせいつかは実家に戻るのだから、実家に置いてもらうように頼んだのだ。
ちなみに王宮内にある私物と呼べる物は、結婚してすぐに殿下に貰ったネックレスくらいだ。後は正妃として支給されている物だ。……もしかしたら、あのネックレスもある意味正妃としての支給の品かもしれないが……。
アドラーが静かに言った。
「そう……ですか……貴重な物を妹に預けて下さり、光栄です……あとはネックレスを無事にお返しできることを祈るばかりです」
私は妹のことを思うアドラーと話をしていて、ハイマ国を出る時の兄の小言を思い出した。
――これがお前に頼まれていた例の物だ。クローディア、忙しいというのはわかるがいつもいつも、頼むが遅すぎる。もっと余裕を持ってだな……。
兄は時間が無かったと言いながらも、すでに用意してあった中で一番高額なネックレスを路銀として渡してくれたのかもしれない。確か……結婚前にあのネックレスを作る時、兄は『他国の要人も見えるのだ。宣伝効果を期待して、イゼレル侯爵家の技術を尽くした最高のネックレスを作ろう』と息まいていた。後に兄から『宣伝効果は絶大だった!!』と喜びの声を聞いたので、かなりの物なのかもしれない。
「そんなことよりも、リリアが無事ならいいわ」
私にとって、後悔と痛苦しか感じなかった結婚式で身につけていたネックレスなど、比べ物にならないくらいリリアが大事だ。だがネックレスを預けたことがリリアにとって、よかったのか、悪かったのか、それだけが心配だった。例えネックレスを失ったとしてもリリアが無事に戻って来てくれれば問題ない。
アドラーは少しだけ笑って「クローディア様、ありがとうございます」と言ったのだった。
私たちもそろそろ、ベルン国王都に到着する。
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