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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて
9 突然の知らせ
しおりを挟むその日の夜。私たちの想像もしていなかったことが――起きた。
窓の外は大雨で雷鳴も聞こえる。そんな中、みんなで夕食を摂っているとガラマ領邸の執事が顔色を変えて食堂に飛び込んで来た。
「ご歓談中失礼いたします。スカーピリナ国より伝令がいらしております」
「通して」
和やかだった空気が一瞬で冷え切ったものになった。そして伝令が入って来て声を上げた。
「レオン陛下、レイヴィン参謀!!」
「どうした?」
レオンが尋ねると伝令は、「はっ」と姿勢を正しながら言った。
「バリアント山脈の北部に、イドレ国の兵を確認しました。戦力はおよそ十万、指揮官にはイドレの勇将トンカー将軍。十五日後には我がスカーピリナ国国境に到着予定です。現在、大将閣下、中将閣下総出で迎え撃つ準備をしておりますが、王太子殿下が『お披露目式も控えたこの状況で、陛下と参謀閣下両名を欠いた状態で迎え撃つのは荷が重いゆえ、至急お戻りください』とのことです」
レオンが呟くように言った。
「兄上が……」
スカーピリナ国は現在、レオンが国王の座に就いているが、兄が王太子として実質国政の全てを請け負っていた。
レオンは「ご苦労だった……ゆっくりと休め」と言って、執事に部下を頼んで食堂に戻った。食堂に戻る途中、レイヴィンが口を開いた。
「レオン陛下。私だけでも先にスカーピリナ国に戻ります。陛下は、クローディア様の護衛を」
レオンは眉を寄せた後に「そうだな」と答えた。その言葉に、私は思わず声を上げた。
「え? レイヴィンだけ? レオンは戻らなくていいの?」
確かレオンは兵の士気を上げる天賦の才に恵まれ、軍神だと言われていると聞いた。レオンが優しく微笑みながら言った。
「安心しろ。私はお前を送り届けると言ったはずだ」
確かにそう言ったが……本当にいいのだろうか?
私は不安に思っていると、サフィールが声を上げた。
「ディアの護衛なら、我がダラパイス国の大公家が引き受けよう。元々ディアの護衛は、ハイマ国内はハイマ国の兵、ダラパイスからは我が大公家が受けるはずだったのだ。当初の計画に戻っただけだ」
私がブラッドに尋ねた。
「そうなの?」
ブラッドは、眉を寄せながら答えた。
「そういう話も確かにあった。だが、最終的にはハイマの兵がスカーピリナ国まで同行するという話で落ち着いたはずだ。スカーピリナ国の王が護衛を申し出るまではな……」
サフィールが兵を出してくれるのなら頼った方がいいのではないだろうか?
もしここで、レオンが指揮を執らずにスカーピリナ国に何かあれば、同盟同士の繋がりにも影響が出る。
ずっと話を聞いていたラウルが声を上げた。
「戻られた方がよろしいかと……その数、かなり現実的です。脅しではないように思えますので覚悟して迎え撃つ必要があります」
私は真っすぐに目を逸らさずに、レオンを見ながら尋ねた。
「ねぇ、レオン。私を守りたいっていうのなら、スカーピリナ国防衛を優先するべきじゃないかしら?」
レオンが私を見ながら目を大きく開けた。
スカーピリナ国の軍は同盟国を維持する最大の要だ。ハイマの技術、スカーピリナ国の軍事力、ダラパイスとダブラーンの資源はこの同盟でもかなり重要な位置にある。
特に諸外国に最強の軍事力を誇るスカーピリナ国は兵力で負けるわけにはいかない。そしてその軍事力の要が、レオンの統率力と、レイヴィンの策略なのだ。
「クローディア……」
レオンが私を見ながら後ろ髪を引かれるように私の名前を呼んだ。
「レオン、お願い。私たちを守るためにも、イドレ国に負けないで」
迷うレオンに向かってブラッドが口を開いた。
「クローディア殿の護衛は大公家の私兵を出してもらえるなら問題ない」
ブラッドもレオンに対して、暗に『行って来い』と言っていた。
レオンは音が聞こえるくらい奥歯を噛み締めると、椅子から立ち上がり私の前まで来て、私の手を取った。私はレオンに手に導かれるように立ち上がると、レオンに抱きしめられていた。
「こちらから申し出た護衛を、途中で投げ出す真似をして本当にすまない、クローディア。だが、必ず勝ってクローディアだけではなく、皆をイドレ国の脅威から守ると約束しよう! お互い、無事にスカーピリナ国で会おう。イドレ兵を……蹴散らしてくる!!」
私はレオンの大きな背中に両手を回しながら言った。
「ご武運を、今度会う時は、スカーピリナ国の王都で会いましょう」
「ああ」
こうして、レオンとレイヴィンは先にスカーピリナ国に戻ることになったのだった。
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