ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番

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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて

27 ハイマ国の王太子の決断(2)

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 次の日。ハイマ国の円卓の間。
 ここで緊急円卓会議が始まった。テール侯爵とラヴァン侯爵は欠席で、代理で王都に住むそれぞれの侯爵子息が出席していたが、他は皆、公爵、侯爵の爵位を持つ者が出席していた。
 会議が始まると、騎士団を管理するフルーヴ侯爵が口を開いた。

「私から説明いたします。昨日、イドレ国からの親書を受け取りました。内容は――」

 ――現在ダラパイス国に滞在中の王族の方と話がしたい。和平の道も模索したいと考えている。ぜひ我が国への招待を受けてほしい。身の安全は約束する――   

「え?」

 フィルガルドが目を大きく開けて、フルーヴ侯爵を見つめた。

「ダラパイス国に滞在中の王族……まさか……イドレ国皇帝は、クローディアを?」

 レナン公爵は表情を変えずに言った。

「間違いないでしょう」

 再び円卓の間が水を打ったように静かになった。
 場が冷え切り、膠着状態の中、その沈黙を破ったのはカルム公爵だった。

「国のためです。良いのではないでしょうか」

 カルム公爵言葉にフィルガルドが声を上げた。

「私は……クローディアをイドレ国に行かせるなど反対です」

 エルガルドはフィルガルドの発言を聞き息をのんだ。フィルガルドはこの公の場でクローディアをイドレ国に行かせることに反対した。エルガルドはフィルガルドの言葉に驚きを隠せなかった。
 エルガルドの動揺を察したレナン公爵が口を開いた。

「イゼレル侯爵はどうだ?」

 イゼレル侯爵の背中に冷や汗が流れた。クローディアがベルン国奪還に関わっていることをもちろん知っている。今回の件は、もしかしたら、その報復かもしれない。だがクローディアはブラッドと共にいる。ブラッドが絡んでいる以上、この誘いはブラッドが仕組んだ可能性もある。その辺りはイゼレル侯爵にも読み切れなかった。

「……クローディアの判断に――委ねたいと思います……」

 イゼレル侯爵はこう答えるのが精一杯だった。本来ならクローディアをイドレ国になど行かせたくはない。だが、この状況でイドレ国からの誘いを断って攻め込まれたら、後にクローディアは戦を引き起こした王太子妃として裁きを受ける可能性もある。もしかしたら、イドレ国にとってこの誘いは、戦をするための引き金かもしれないのだ。
 親書に書かれていた『身の安全を約束する』という言葉にすがるしかない。
 イゼレル侯爵の奥歯を噛み締める音が周囲に響いた。

 騎士団を管理するフルーヴ侯爵も、クローディアのベルン奪還の功績を知っているので、イゼレル侯爵と同じように考え何も言えずにいた。

 イゼレル侯爵が口を閉じた途端、フィルガルドがこれまで彼が皆の前で見せたこともないほど、周囲を威圧するほどの剣幕で立ち上がった。

「イゼレル侯爵よ、何を言っている?! 自分の娘を単身イドレ国などに!! 私は反対です。クローディアは私の妻です。彼女をイドレ国になど行かせることはできません!! それでしたら……――私がイドレ国に行きます!!」

 フィルガルドの発言に、皆はフィルガルドを見ながら石像のように固まったのだった。
 なぜなら、皆、フィルガルドもクローディアをイドレ国に派遣することを受け入れると思っていたので、まさかフィルガルド自らイドレ国に行くと言い出したことに内心激しく動揺していた。

「お前は次の王だ!! それに側妃との結婚も控えているだろう?! 行けるはずがない」

 円卓の間という公の場でエルガルドが大きな声を上げた。フィルガルドは、鋭い目つきでエルガルドを見ながら答えた。

「なぜです? 国の命運をかけた交渉だからこそ……王太子の私が行くというのは自然です。それにこの場には、侯爵以上が揃っています。皆が賛同すれば、側妃候補との結婚を保留にすることが可能だ」

 王族の結婚は王の一存で決まるわけではない。後に問題が起きないようにクローディアとの結婚もエリスとの結婚も三公爵と四侯爵家の内、半数の承認を得ている。結婚の延期も同様に承認がいる。
 フィルガルドの言葉にレナン公爵が声を上げた。

「落ち着いて下さい、フィルガルド殿下。イドレ国に呼ばれているのは、クローディア殿だ。それでしたら、フィルガルド殿下が結婚を保留にしてまで行く必要はない」

 レナン公爵もまさかフィルガルドがこんなことを言い出すとは予想していなかった。皆フィルガルドは王族として自覚ある完璧な人間だと思っていたので動揺を隠せなかった。
 フィルガルドは、威圧ある瞳でレナン公爵を見つめた。

「では、あちらの国に返事をする時、私が行くと伝えて下さい。それでもイドレ国の皇帝が彼女と話がしたいと言うのなら……クローディアと共に行きます。彼女だけをイドレ国に送るなどということは夫として、。どうしても今後のハイマ国のために、クローディアを行かせるというのなら――私も行きます」

 人は窮地の時にその本質を見せるという。 
 イゼレル侯爵は、まさかフィルガルドがこの状況で、クローディアを守る発言をしてくれると思わずに胸が締め付けられる思いで呟いた。
 
「フィルガルド殿下……」

 そんな呟きにフィルガルドが気づくことはなく、円卓の間は再び重苦しい空気に支配された。

 クローディアがイドレ国に呼ばれたのは、ブラッドが裏で糸を引いている可能性がある。
 だが、もしブラッドも全く知らないことなのだとしたら……今回のイドレ国からの誘いを断れば、戦の引き金になるかもしれない。
 誰も何も発言できずに固まる中、フィルガルドがこれまで彼が見せたこともないほど、威厳ある様子で言った。

「イドレ国の皇帝とは、次代のハイマ国の王として、一度話をする必要があると思います。それに我々はイドレ国のことを何も知らない。向こうが招待してくれるというのです。このような機会を逃す手はありません」

 フィルガルドの言葉の後、円卓の間に声が響いた。

「私は――フィルガルド殿下の意思を尊重したいと思います。イドレ国との良好な関係築けるなら、今後のハイマにとっても有益です。その交渉の場に王太子が立ち会うというのは理にかなっています。それにこれ以上重要な役目を王太子妃殿下だけに押し付けるというのは賛同できません」

 意外なことにフィルガルドに賛同したのは、代替わりしたばかりの若きロウエル公爵だった。しかも、彼は円卓の間というこの場所で声高らかに、クローディアをお飾りの王妃など皆に呼ばせて放置しているエルガルドや、フィルガルドを遠回しに責めるような発言をした。

「イドレ国との和平がかかっているのに、クローディア殿だけに任せるのはいささか不安ではある」

 そんなカルム公爵の一言で、円卓会議の流れはすでに決まった。
 クローディアの実家のイゼレル侯爵家が、クローディアの判断に委ね、王太子が自ら向かうと言い、公爵二家がフィルガルドの発言を擁護しているのだ。いくら王であろうとも余程の理由がなければ、覆すことはできない。
 エルガルドは信じられないと表情で皆を見ていた。
 円卓の間での決定がフィルガルドの発言に傾いているというにも関わらず、エルガルドが口を開いた。

「フィルガルド。自分の見つけた理想の側妃との結婚を保留にし、を危険にさらし、それでも行くと言うのか?」

 エルガルドは最後の望みをかけて、あえてというようにあえて自覚させるような言い方をしてフィルガルドの王族としての責任感に訴えかけた。
 そんなエルガルドを、フィルガルドは真っすぐに見据えながら答えた。

「はい。行きます」

 円卓の間に緊張が走った。もう例え王と言えども、この状況を覆すことなど出来なかった。
 こうして、フィルガルドがイドレ国に向かうことと、その場でフィルガルドと側妃との結婚が保留になることが決まったのだった。





 円卓会議終了直後。 
 ブラッドの父レナン公爵と、騎士団の総監フルーヴ侯爵と、クローディアの実家イゼレル侯爵家は手段は違えど同じことをしていた。

 ブラッドの父レナン公爵は『影』と呼ばれる諜報部隊に手紙を託した。
 フルーヴ侯爵は、騎士団に向かい騎士団長カイルに円卓会議の内容を報告した。すると騎士団長カイルは慌てて騎士団最速の男ロニをダラパイス国王都に派遣した。
 イゼレル侯爵は、ダラパイス国への独自のルートを使って手紙を届けさせた。

 
 ――ブラッドに報告を!!

 
 ほぼ同時期に三組がブラッドへの手紙を持ってダラパイス国へ向けて出発した。
 フィルガルドとクローディアのイドレ国行きを伝えるために……



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