ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番

文字の大きさ
160 / 308
第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて

28 側妃への報告

しおりを挟む

 円卓の会議の翌日。
 フィルガルドは緊張した様子で、離宮に向かっていた。
 離宮――そこでは現在、フィルガルドの側妃候補のエリス・ベルトが生活していた。
 フィルガルドはエリスが城に入った時も研究施設におり、会ってはいない。さらに研究施設から戻った後は激務続きで、常にクローディアと二人のために用意した寝起きしていた。エリスとは、彼女の親戚にお披露目するパーティーをした時以来、実に数ヶ月ぶりの再会だった。
 
 離宮までは馬車で数分。フィルガルドが馬車を降りると、どこかから花の蜜のような甘い匂いが漂ってきた。

(……この匂いはなんだ?)

 ふとフィルガルドが辺りを見回すと離宮の近くにかつてフィルガルドが研究のために作った温室の窓が換気のためか全開になっていることに気付いた。

(これが例の花か……不思議な匂いだ)

 フィルガルドはエントランスに向かった。扉を開けるとエリスがエントランスで迎えてくれていた。

「久しぶりですね、エリス」

 するとエリスは元々礼儀作法は出来ていたが、この国の最高峰の教育である王妃教育でマナーを身につけたせいか、以前とは比べ物にならないほど優雅な立ち振る舞いであいさつを返してくれた。

「殿下、お待ちしておりました」

 エリスのあいさつは、とても優美で聡明さがにじみ出ている。どこに行っても誰に会っても皆『素晴らしい』と絶賛するだろう。
 そんな王族として理想的なエリスのあいさつを見たはずなのに、フィルガルドの心は動かなかった。
 そればかりか彼は、ふと結婚式の後の披露宴でのクローディアのあいさつを思い出してしまった。エリスほど完璧ではないが、とても一生懸命にあいさつをするクローディアの姿を皆は微笑ましという表情で見ていた。フィルガルドは彼女なりに懸命にあいさつをする姿に胸が高鳴り、クローディアの隣に立っていることを誇らしくなったことを思い出した。

「お話があると伺っておりますので、お部屋にご案内いたします」

 エリスの言葉に、フィルガルドは意識をエリスに向けた。

「ああ、ありがとうございます。エリス、離宮の暮らしに不便はありませんか?」

 フィルガルドは、歩きながらエリスに尋ねた。エリスは美しく微笑むと淑女らしく優雅に答えた。

「不便などございません。皆様には大変良くして頂いております」

 フィルガルドは、エリスの言葉を聞いてほっとした後に尋ねた。

「では……温室は気に入って頂けましたか?」

 するとまるで人形のようだったエリスの表情が少しだけフィルガルドのよく知るエリスの表情に戻った。

「殿下から頂いた温室は想像以上の設備でした。土の状態も専属の庭師の方も素晴らしく、王妃教育を受けていない時間と、睡眠の時間以外は温室で過ごさせて頂いております」

 フィルガルドは嬉しそうに微笑みながら言った。

「そうですか、気に入ってくれてよかった。あの温室は解体しようかと思っていたので、あなたが使ってくれてよかった」

 フィルガルドが微笑むと、エリスがゆっくりと立ち止まった。

「……こちらです」

 フィルガルドとエリスは応接室に入ると向かい合って座り、円卓会議の内容を報告した。エリスの反応が怖くて、両手を握りしめていたフィルガルドに向かってエリスは顔色一つ変えずに「かしこました」とだけ答えた。そして優雅に微笑みながら言った。

「殿下のお心のままに」

 フィルガルドはその後、馬車で城の執務室に戻ってクリスフォードにエリスの言葉を伝えた。
 ただそれだけ。
 たった数分の義務的なあいさつ。

 フィルガルドは離宮を出ると執務室に戻ったのだった。



しおりを挟む
感想 955

あなたにおすすめの小説

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。

新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。 趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝! ……って、あれ? 楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。 想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ! でも実はリュシアンは訳ありらしく…… (第18回恋愛大賞で奨励賞をいただきました。応援してくださった皆様、ありがとうございました!)

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?

荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」 そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。 「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」 「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」 「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」 「は?」 さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。 荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります! 第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。 表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。