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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて
28 側妃への報告
しおりを挟む円卓の会議の翌日。
フィルガルドは緊張した様子で、離宮に向かっていた。
離宮――そこでは現在、フィルガルドの側妃候補のエリス・ベルトが生活していた。
フィルガルドはエリスが城に入った時も研究施設におり、会ってはいない。さらに研究施設から戻った後は激務続きで、常にクローディアと二人のために用意した寝起きしていた。エリスとは、彼女の親戚にお披露目するパーティーをした時以来、実に数ヶ月ぶりの再会だった。
離宮までは馬車で数分。フィルガルドが馬車を降りると、どこかから花の蜜のような甘い匂いが漂ってきた。
(……この匂いはなんだ?)
ふとフィルガルドが辺りを見回すと離宮の近くにかつてフィルガルドが研究のために作った温室の窓が換気のためか全開になっていることに気付いた。
(これが例の花か……不思議な匂いだ)
フィルガルドはエントランスに向かった。扉を開けるとエリスがエントランスで迎えてくれていた。
「久しぶりですね、エリス」
するとエリスは元々礼儀作法は出来ていたが、この国の最高峰の教育である王妃教育でマナーを身につけたせいか、以前とは比べ物にならないほど優雅な立ち振る舞いであいさつを返してくれた。
「殿下、お待ちしておりました」
エリスのあいさつは、とても優美で聡明さがにじみ出ている。どこに行っても誰に会っても皆『素晴らしい』と絶賛するだろう。
そんな王族として理想的なエリスのあいさつを見たはずなのに、フィルガルドの心は動かなかった。
そればかりか彼は、ふと結婚式の後の披露宴でのクローディアのあいさつを思い出してしまった。エリスほど完璧ではないが、とても一生懸命にあいさつをするクローディアの姿を皆は微笑ましという表情で見ていた。フィルガルドは彼女なりに懸命にあいさつをする姿に胸が高鳴り、クローディアの隣に立っていることを誇らしくなったことを思い出した。
「お話があると伺っておりますので、お部屋にご案内いたします」
エリスの言葉に、フィルガルドは意識をエリスに向けた。
「ああ、ありがとうございます。エリス、離宮の暮らしに不便はありませんか?」
フィルガルドは、歩きながらエリスに尋ねた。エリスは美しく微笑むと淑女らしく優雅に答えた。
「不便などございません。皆様には大変良くして頂いております」
フィルガルドは、エリスの言葉を聞いてほっとした後に尋ねた。
「では……温室は気に入って頂けましたか?」
するとまるで人形のようだったエリスの表情が少しだけフィルガルドのよく知るエリスの表情に戻った。
「殿下から頂いた温室は想像以上の設備でした。土の状態も専属の庭師の方も素晴らしく、王妃教育を受けていない時間と、睡眠の時間以外は温室で過ごさせて頂いております」
フィルガルドは嬉しそうに微笑みながら言った。
「そうですか、気に入ってくれてよかった。あの温室は解体しようかと思っていたので、あなたが使ってくれてよかった」
フィルガルドが微笑むと、エリスがゆっくりと立ち止まった。
「……こちらです」
フィルガルドとエリスは応接室に入ると向かい合って座り、円卓会議の内容を報告した。エリスの反応が怖くて、両手を握りしめていたフィルガルドに向かってエリスは顔色一つ変えずに「かしこました」とだけ答えた。そして優雅に微笑みながら言った。
「殿下のお心のままに」
フィルガルドはその後、馬車で城の執務室に戻ってクリスフォードにエリスの言葉を伝えた。
ただそれだけ。
たった数分の義務的なあいさつ。
フィルガルドは離宮を出ると執務室に戻ったのだった。
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