55 / 95
第六章 選ばれた新たな未来
54 友人との時間(1)
しおりを挟む侯爵家に向かう馬車の中では、エカテリーナとゲオルグと一緒に、たわいのないおしゃべりをしていた。
そして、ランゲ侯爵家に着くと、エカテリーナが、すぐにゲオルグに言った。
「少し、シャルロッテと話がしたいわ。誰も近づけさせないで」
「配慮します」
エカテリーナは、そう言うと、近くに立っていた侍女に「サロンにすぐにお茶の用意を。お茶を置いたら下がっていいわ。誰も近づけないで」と言った。
エカテリーナと一緒にサロンに向かうと、すぐにお茶の用意がされ、エカテリーナと2人っきりになった。
エカテリーナは、私の隣に座ると、私の目をじっと見つめながら言った。
「きっと気づいているとは思うけど……シャルロッテ、婚約破棄の事を聞いたわ」
それは、気づいていた。
そして、今日、侯爵家に招かれたのは、婚約破棄のことを話すためなのだろうとも思っていた。
「うん、気づいていたわ」
私が呟くように答えると、エカテリーナが真剣な顔をしながら言った。
「つらいなら、何も話さなくていいわ。それよりも、私に何か出来ることはないかしら?」
「え?」
てっきり、私はエカテリーナに、婚約破棄について、色々聞かれると思っていた。だから、私はどうやって伝えようかと、ずっと考えていたのだ。
「こういう時、普通なら、そっとしておいた方がいいかもしれないと思ったの。でも、シャルロッテは、色々我慢して……ずっと、1人でつらい思いをするのではないかと、心配で……余計なお世話だったら、このまま送って行くわ。私もこういう時どうしたらいいのか、わからなくて……ただ、居ても立っても居られなかったの……」
いつも、自信に溢れたエカテリーナが、心配そうに眉を寄せて、切なそうな顔をしていた。
お父様やお母様、シャロンや、エマやエイド。みんなが私のことを心配してくれた。
そして、たくさん甘やかしてくれた。
でも、家族以外の人に、これほど心配して貰うのは、また違った嬉しさと感謝と様々な感情が混じって、私は涙を流しているのに笑顔になった。
「ありがとう、エカテリーナ」
「シャルロッテ……」
エカテリーナは、優しく私の背中をさすってくれたのだった。
☆==☆==
しばらくして、私は、エカテリーナに向かって言った。
「ねぇ、エカテリーナ。話を聞いてくれる?」
「ええ、もちろんよ」
自分でも、一度言葉にすることで、心の中を整理したいと思ったのかもしれない。
「ホフマン伯爵が亡くなって、私は、不安だったの。恥ずかしいけど、全く冷静じゃなかったわ」
「それは……当たり前よ」
「でも、ハンスは冷静に見えたわ。伯爵が亡くなって、すぐに今後のことを話合うために、ハンスのお父様に呼ばれたの。その時、ハンスは、『侯爵になるために騎士になる』と、『宝石の仕分けを鑑定士に任せる』と言ったの。私は、その時まで、ハンスがそんなことを考えていたなんて……何も知らなかった」
「え?! 侯爵になるために騎士に?! ホフマン伯爵家は、鉱山を管理しているから、それなりに広い土地を与えられているはずよ? 領地を経営しながら、鉱山も管理して、宝石の管理。さらに騎士ですって?! 無茶だわ……。それに、婚約者のあなたに、相談もせずにそんな重大なことを決めるだなんて……」
エカテリーナは、信じられないと言う顔で、私を見ていた。
「その時は、『きっと、私が頼りないから、ハンスは私に相談できなかったのだ』と思って落ち込んだの。でも、次の日。婚約破棄をしたいと言われたの。これは、後でエイドが、理由を聞いてくれたおかげでわかったことだけど……ハンスは、騎士として後ろ立てを得るために、私以外の方と婚約するから、婚約を破棄したらしいわ」
「……は?」
エカテリーナは、無表情で動かなかった。だが、私は、話を続けることにした。
「ハンスは、婚約破棄を言い出す、数日前まで私に『好き』だと言ってくれていたわ。
……でも、その『好き』というのは、これほど簡単に手放せる程の『好き』だったの。
いえ、きっと私は初めから、ハンスに好かれていたわけではなかったのかもしれないわ。
そう思ったら、ハンスとこれ以上、一緒に居ることがつらくて……婚約破棄を受け入れたの。
私と婚約破棄をすれば、ハンスは侯爵になって、好きな方と結婚できて、幸せになれるのでしょうから………」
私が顔を上げると、エカテリーナは私の手を取って、大きな声を上げた。
「本当によかったわ!! あなたが、そんな男と婚約破棄して!!」
「え?」
私は、予想外の反応に、思わず唖然としてエカテリーナを見つめた。
「サフィールから話を聞いて、ある程度予測はしていたけど……私の想像を遥かに越えた酷さだわ」
エカテリーナは、怒りを無理やり抑え込めるように、震えながら、いつもより低い声で言った。
「もし、あの男と、あなたが結婚していたとしたら、間違いなく、あの男は『領地経営』も、『宝石の仕事』もあなたに押し付けたでしょうね。それだけではなく、あなたの仕事に口出しもして、あなたを、壊してした可能性もあるわね……」
エカテリーナに言われて、冷静に考えてみたが、確かにハンスが騎士になれば、騎士としてのお勤めがある。そうなったら、私は領地の経営と、鉱山の管理と、宝石の仕分けをすることになる。
宝石の仕分けだけでも、大変なのだ。さらに、領地の経営と、鉱山の管理、さらに貴族としての社交、そして、次期領主を育てるための子育て……。そして、その子に宝石の知識を教えるための師になる。それを全部1人で……?
「それは……かなり難しいわ」
「自分のするべきことを全て誰かに押し付け、さらには、ホフマン伯爵が亡くなって、冷静ではなかったあなたを、混乱させてからの、婚約破棄……そんな配慮のない男と別れたのよ。友人として、心からよかったとしか言えないわ」
私はこれまで、ハンスの心が離れていたことを悲しんでいた。
私の想いが足りなかったと、私のことなど好きではなかったのだと。
だが、感情を横に置いて、考えてみると、婚約破棄は必然だったのかもしれないとさえ思えた。
まさか、自分がこんなに感情に支配されて、物事が冷静に考えられなくなるなんて思わなかった。
もし、私がハンスと結婚していたら?
今となっては、そんなもしも話をしても仕方がない。
けれど、その未来を失ったことは、私にとって、それほど悲観することでないのかもしれないと思えた。
長い長い沈黙の後、私は静かに言った。
「エカテリーナ、ありがとう」
するとエカテリーナは困った顔をして、微笑んだ。そして、恐る恐る尋ねてきた。
「ねぇ、ゆっくりお菓子でも食べない? シャルロッテの好きなベリーのタルトを用意したのよ」
「嬉しいわ……」
その後は、エカテリーナと一緒に、美味しいお茶とお菓子を食べなら、穏やかな時間を過ごした。
エカテリーナが心配してくれたことが、私はとても嬉しかったのだった。
家に戻る時間になり、エントランスに向かうと、ゲオルグが立っていた。
私の姿を見つけると、ゲオルグが私のそばに歩いて来た。
「シャルロッテ、家まで送ってもいいだろうか?」
そう言ってゲオルグが手を差し出したので、私は少し戸惑った後に、ゲオルグの手を取った。
「ありがとう、お願いします」
「ゲオルグ、失礼のないようにね」
エカテリーナがじっとゲオルグを見ながら言った。
「もちろんです」
「エカテリーナ、今日はありがとう。またね」
「ええ、またね。気を付けてね」
私はエカテリーナに別れを告げると、ゲオルグと共に馬車に乗り込んだのだった。
236
あなたにおすすめの小説
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい
木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」
私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。
アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。
これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。
だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。
もういい加減、妹から離れたい。
そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。
だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。
婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね
ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。
失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。
王命により、婚約破棄されました。
緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる