我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番

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28 本物の休暇です

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朝食を食べた後は、ひたすらヴァイオリンの練習をした。
いつもは時間制限があるので、どうしても心の余裕がなくて、譜面をじっくりと見れないが、時間制限がないと安心して練習に没頭することが出来た。


昼食の時間になり、食堂に行くと兄が待っていてくれた。

「お兄様。待っていて下さったのですか?」
「ああ。久しぶりだろ?昼食を共に食べるのは。」
「そうですね・・。」

いつもの席に座って、にこやかに笑った。

「サミュエルが午後から来るそうだぞ?」
「本当ですか?」
「ああ。少し指導をして、お茶も一緒にとる時間があるそうだ。」
「嬉しいです。実は、どうしてもわからない箇所がありまして。」

王妃教育が始まる前まで、兄と昼食をとるのは当たり前だったが、最近では昼は忙しくて誰かと一緒に食べることがなかったので、懐かしく感じた。

(たった数カ月前のことが懐かしいだなんて・・・。)

そして昼食が終わり、またヴァイオリンを弾いていると、サミュエル先生が来てくれた。
宮廷楽団での指導もいいのだが、やはり自宅で集中して指導してもらう時間も大切だなと感じた。
時間制限もないので、いつもは聞けない細かいところまで質問できた。

練習が終わり、3人でテラスでお茶を飲むことになった。

「あの曲は、降りしきる雨の激しさを表現することで、人間の無力さと、自然の強大さを印象付けたかったのだと思います。」
「それでプレストを用いるのですね。」
「ええ。」

サミュエル先生と以前のように音楽の話に夢中になった。

「プレストとはなんだ?」

それに、兄が偶に話に混じる。

「早さなのですが、弾いてみましょうか?」
「え?!弾いて下さるのですか?」
「簡単にですよ?」
「ああ。頼む。」

サミュエル先生がヴァイオリンを持つと、簡単にさわりだけ弾いて説明した。

「こんな感じかな。」
「なるほど、確かに嵐のようだな。」

ほんの数カ月前までは、当たり前だったこの光景が今ではこんなにも貴重で大切な時間だったことに気付いた。

(当たり前だと思っていたけれど・・。失って初めて、この時間がどれだけ私にとって幸せな時間だったのかに気付いたわ。人って本当に失ってみないと気付かないのね・・。)

「おい、ベルどうした?」
「ベルナデット様、大丈夫ですか?」

兄とサミュエル先生が同時に顔を覗き込んできた。

「え?」
「どうして泣いているんだ?」

(泣く?)

兄に指摘されて、ようやく自分が泣いていることに気付いた。

「どうされました?何かありましたか?」

サミュエル先生が心配そうに手を握ってくれた。

「熱がぶり返しのか?」

兄の手がおでこに触れた。

「ふふふ。ご心配おかけしました。違うんです。」
「「違う?」」

兄と、サミュエル先生の声が重なった。

「はい。今までの私は幸せだったんだな~って。この時間が幸せで・・でも以前の私にとっては当たり前で・・。もうこんな時間は最後かもしれないと思ったら・・・。」

王妃になったら、例え兄といえども異性と一緒にお茶の時間を持つことは難しいだろう。
現に今では、クリスとしかお茶の時間は取れない。宮廷楽団に行ってもお茶どころか、曲のことをゆっくりと話す時間さえとれない。私はあの場所では、公爵家の令嬢であり、王子様の婚約者なのだ。
そう思うと止まらなかった。

「お休みもなく、お兄様ともサミュエル先生ともゆっくりとお話する時間も取れず、時間を気にしてヴァイオリンを弾く日常とつい比べてしまって・・。つい。・・恥ずかしいところをお見せしました。すみません。」
「ベル・・。」
「ベルナデット様・・。」

2人の心配そうな顔に罪悪感が襲ってきた。

「すみません。折角の貴重な時間です。それで、サミュエル先生やはり、第三楽章は・・。」

それから私たちは3人で夕食前まで、話をした。
とても楽しい時間だった。
サミュエル先生は3日後の午後もお時間がとれるとおしゃったので、3日後にもう一度、指導とお茶の時間をとれることになった。

1日が終わり、最高の気分でベットに入った。

(今日は最高の1日だったわ!!これぞ、休暇だわ。)

明日は、兄とハイキングだ。早く寝なきゃ。







~アトルワ公爵書斎にて~

ベルナデットが私室に入った後、エリックは父であるアトルワ公爵の私室を訪れた。

「失礼します。」
「ああ。エリック。どうかしたのかい?明日の許可はセバスから聞いていないかい?」
「それは伺いましたので、明日、行って参ります。」
「そうか。気をつけて。」
「・・・・。」

珍しく言い淀んでいるエリックに公爵は尋ねた。

「どうしたんだい?」
「イズール侯爵へ融資はされるのですか?」
「ああ。先日、次期侯爵殿の演奏を聴かせてもらった。問題ないだろう。」
「そうですか。」

エリックの返事に公爵が目を細めた。

「エリックが本当に聞きたかったことではなさそうだね。」

エリックは硬く拳を握りしめた。

「・・・・彼女は音楽の高等教育を望んでいます。」

エリックには、以前ベルナデットがサミュエルの演奏を聴かせてほしいとお願いした時に、父が承諾したのか理由がわかっていた。
恐らく父はベルナデットの環境を調べたかったのだろう。
エリックもこの問いに父が答えられないことは充分に承知していたが、聞かずにはいられなかった。

「いつも同じ答えですまない。いづれ時がきたら。ベルナデットが真に幸せになることがあの方の望みだからね。」
「真の幸せ。」

すると、アトルワ公爵は真剣な顔で続けた。

「そうだ。一時の感情に流されるような幻想の幸せではなく、長期的な幸せだ。」

エリックは頭を下げると、父に背中を向けて扉に向かって歩き出した。

「恨んでいるかい?私を。」
「いえ。」

エリックは背を向けたまま答えた。

「エリック。すまない。」
「ふっ。父上の謝罪は、聞き飽きました。・・・・それに。」
「それに?」
「私はこの立場で感謝しています。」

エリックは小さく笑うと、部屋を後にした。

部屋を出ると廊下から月が見えた。
明日はきっといい天気になるだろう。

「幸せか。私の幸せは今なのかもしれないな・・・。」
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