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第十話
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朝の光が差し込む孤児院の一室。机の上には今日も広げられた羊皮紙や木簡、そしてユリウスが用意した分厚い本が並んでいた。
「さて、ルミナ様。前回は成人と、それに伴う選択――学院に進むか、働くか、あるいは冒険者となるかについて触れましたね」
執事ユリウスの声は落ち着いていて、ルミナの心を自然と授業に引き込む。
「きょうは、もっとくわしく……?」
「ええ。その通りです」
ユリウスは姿勢を正すと、まずは一冊の本を手に取った。表紙には「王立学院年鑑」と金文字が刻まれている。
「王都にある王立学院は、この国で最も権威ある教育機関です。主に貴族の子弟が学ぶ場であり、例外として優れた才を持つ平民も、推薦や試験によって入学を許されます」
「どんなことを、べんきょうするの?」
「学問はもちろん、魔法、剣術、政治学、歴史、礼儀作法……将来の役目に応じて多岐にわたります」
ユリウスは本を開き、いくつかの絵を見せた。
「こちらは魔法科の授業の様子ですね。生徒たちは杖を構え、詠唱の訓練をしています。魔力の制御を学び、実際に小規模な魔術を発動させることもあるのです」
描かれているのは若者たちが一列に並び、青白い光を灯している姿だった。
「わぁ……きれい」
ルミナの目が輝く。
「こちらは剣術科。防具を着け、師範相手に模擬戦を行っています。剣士を志す者は、騎士団への道が拓けるでしょう」
「すごい……でも、いたそう」
「ええ、努力は必要です。しかし彼らは国を守る大切な戦力となります」
ページをめくるごとに、学院での様子が次々と映し出されていく。図書館で学問に励む者、舞踏を練習する令嬢たち、実習で草原を歩く生徒たち。
「学院生活は規律正しく、厳しいものです。しかし、学んだ者には大きな未来が待っています。官僚として国政に関わる者、学者として歴史を紐解く者、あるいは王の側近となる者……。いわば、王国の中枢を担う人材を育てる場なのです」
ユリウスは言葉を区切ると、静かにルミナの目を見た。
「ルミナ様も、もし望むなら――学院に進む道は、あり得るでしょう」
「……わたしが?」
ルミナは驚いたように自分を指差した。
「そうです。孤児であっても、才能ある者には門戸が開かれています。貴女が歩む未来を決めるのは、他ならぬ貴女自身です」
ルミナは唇を噛み、そっと視線を落とした。学院で学ぶ自分――想像は難しいが、胸の奥が少しだけ高鳴る。
「さて、ルミナ様。学院で学ぶもののひとつに――魔法があります」
「まほう……!」
ルミナの目がぱっと輝く。
「はい。この国に生きる人は皆、少なからず魔力を持っています。ですが、ただ魔力を持つだけでは魔法は扱えません。水が器にあるだけでは川にはならぬように、力を制御する訓練が必要なのです」
ユリウスは机に小さな青い石を置いた。
「これは水の魔石。人の魔力に反応して、水を生み出します。……どうぞ、手を置いてみてください」
「いいの?」
「ええ」
ルミナがおそるおそる石に触れると、ぽたり、と透明な水滴が滴った。
「わぁっ!」
思わず声を上げるルミナを見て、ユリウスは優しく笑う。
「このように、魔石は生活のあらゆる場面に使われています。例えば台所のコンロには火の魔石が埋め込まれていますし、夜を照らすランプには光の魔石が用いられます。誰でも自分の魔力を注げば簡単に使えるのです」
「じゃあ、まほうつかいって、みんなできるんじゃないの?」
「ふむ……良い質問です」
ユリウスは少し得意げに頷く。
「確かに誰もが魔石を通して力を扱えますが、自ら魔術を発動できる者は限られています。一定以上の魔力量を持ち、さらに正しい制御法を学んだ者だけが“魔法使い”と呼ばれるのです」
「なるほど……」
ルミナは真剣に聞き入っていた。
「学院では、この魔力制御を専門に学ぶ科もあります。魔法使いは軍でも重宝され、学者や宮廷魔導師となる者もおります。大変栄誉ある道なのですよ」
「すごいなぁ……」
ルミナはうっとりとため息をついた。
自分が魔石に触れて水を出したときの感覚が、まだ指先に残っている。
「ルミナ様の魔力は……そうですね、かなり豊かなように見受けられます」
「えっ!?」
急に褒められ、ルミナは顔を赤くした。
「ですが、慌てることはありません。魔力は鍛え、制御を学ぶことでようやく役立つもの。今はただ、その存在を知っておくことが大切なのです」
ユリウスは穏やかに結んだ。
「さて、学院に対してもうひとつの選択肢が――冒険者です」
ユリウスは今度は別の巻物を取り出した。そこには「冒険者ギルド規定」と書かれている。
「冒険者は、自由を求める者が選ぶ道。規律は緩く、身分も問いません。依頼を受け、報酬を得て生活を成り立たせます」
「どんなことをするの?」
「魔物の討伐、遺跡の探索、護衛や運搬、時には災害地の救援まで……。内容は多岐にわたります」
ユリウスは巻物を開き、挿絵を見せる。鎧に身を包んだ者、弓を構える者、杖を掲げる者――さまざまな冒険者たちが描かれていた。
「彼らは仲間を組み、力を合わせて困難に挑みます。その自由さゆえに夢を追う者も多いですが、同時に危険と隣り合わせ。命を落とす者も少なくありません」
ルミナは眉を寄せ、小さな声で尋ねた。
「……こわい、の?」
「はい。学院で学ぶ者よりも、はるかに多くの危険を背負います。しかし、それを承知で選ぶ者もいるのです」
ユリウスはふっと微笑んだ。
「例えば、世界を旅したい者。己の腕を試したい者。誰にも縛られたくない者。――冒険者は、そんな人々にとっての道です」
ルミナの心は揺れた。
規律正しい学院。
自由で危険な冒険者。
どちらも眩しく、どちらも遠い。
----
授業のあと、ルミナは孤児院の庭に出て、空を見上げた。
青空を横切る鳥の群れが、自由に羽ばたいていく。――冒険者のように。
けれども孤児院の仲間たちと一緒に歌い、遊ぶ時間は、学院の学び舎を思わせる。
「……わたし、どっちになるんだろう」
小さな声は、風に消えていった。
----
夕暮れ時。再びユリウスがルミナの部屋を訪れた。
「本日の授業は少し難しかったかもしれませんね」
「うん……でも、たのしかった」
「それは何よりです」
ユリウスは一瞬だけ考え込み、そして柔らかく続けた。
「未来はまだ遠いことです。今は知識として、いろいろな道を知っておけばよい。大切なのは――その時が来たとき、自らの心に従って選ぶことです」
「……ユリウスは、どっちがいいとおもう?」
問いかけられ、ユリウスは穏やかに笑った。
「それはルミナ様だけが答えを出せることです。ですが……私はどの道を選ばれても、貴女をお支えいたします」
その言葉は、幼い胸に確かな安心をもたらした。
「ありがとう」
ルミナは笑顔を浮かべ、ユリウスもまた深く頭を下げた。
――未来への分かれ道はまだ遠い。けれど、その一歩を踏み出す準備は、少しずつ始まっていた。
「さて、ルミナ様。前回は成人と、それに伴う選択――学院に進むか、働くか、あるいは冒険者となるかについて触れましたね」
執事ユリウスの声は落ち着いていて、ルミナの心を自然と授業に引き込む。
「きょうは、もっとくわしく……?」
「ええ。その通りです」
ユリウスは姿勢を正すと、まずは一冊の本を手に取った。表紙には「王立学院年鑑」と金文字が刻まれている。
「王都にある王立学院は、この国で最も権威ある教育機関です。主に貴族の子弟が学ぶ場であり、例外として優れた才を持つ平民も、推薦や試験によって入学を許されます」
「どんなことを、べんきょうするの?」
「学問はもちろん、魔法、剣術、政治学、歴史、礼儀作法……将来の役目に応じて多岐にわたります」
ユリウスは本を開き、いくつかの絵を見せた。
「こちらは魔法科の授業の様子ですね。生徒たちは杖を構え、詠唱の訓練をしています。魔力の制御を学び、実際に小規模な魔術を発動させることもあるのです」
描かれているのは若者たちが一列に並び、青白い光を灯している姿だった。
「わぁ……きれい」
ルミナの目が輝く。
「こちらは剣術科。防具を着け、師範相手に模擬戦を行っています。剣士を志す者は、騎士団への道が拓けるでしょう」
「すごい……でも、いたそう」
「ええ、努力は必要です。しかし彼らは国を守る大切な戦力となります」
ページをめくるごとに、学院での様子が次々と映し出されていく。図書館で学問に励む者、舞踏を練習する令嬢たち、実習で草原を歩く生徒たち。
「学院生活は規律正しく、厳しいものです。しかし、学んだ者には大きな未来が待っています。官僚として国政に関わる者、学者として歴史を紐解く者、あるいは王の側近となる者……。いわば、王国の中枢を担う人材を育てる場なのです」
ユリウスは言葉を区切ると、静かにルミナの目を見た。
「ルミナ様も、もし望むなら――学院に進む道は、あり得るでしょう」
「……わたしが?」
ルミナは驚いたように自分を指差した。
「そうです。孤児であっても、才能ある者には門戸が開かれています。貴女が歩む未来を決めるのは、他ならぬ貴女自身です」
ルミナは唇を噛み、そっと視線を落とした。学院で学ぶ自分――想像は難しいが、胸の奥が少しだけ高鳴る。
「さて、ルミナ様。学院で学ぶもののひとつに――魔法があります」
「まほう……!」
ルミナの目がぱっと輝く。
「はい。この国に生きる人は皆、少なからず魔力を持っています。ですが、ただ魔力を持つだけでは魔法は扱えません。水が器にあるだけでは川にはならぬように、力を制御する訓練が必要なのです」
ユリウスは机に小さな青い石を置いた。
「これは水の魔石。人の魔力に反応して、水を生み出します。……どうぞ、手を置いてみてください」
「いいの?」
「ええ」
ルミナがおそるおそる石に触れると、ぽたり、と透明な水滴が滴った。
「わぁっ!」
思わず声を上げるルミナを見て、ユリウスは優しく笑う。
「このように、魔石は生活のあらゆる場面に使われています。例えば台所のコンロには火の魔石が埋め込まれていますし、夜を照らすランプには光の魔石が用いられます。誰でも自分の魔力を注げば簡単に使えるのです」
「じゃあ、まほうつかいって、みんなできるんじゃないの?」
「ふむ……良い質問です」
ユリウスは少し得意げに頷く。
「確かに誰もが魔石を通して力を扱えますが、自ら魔術を発動できる者は限られています。一定以上の魔力量を持ち、さらに正しい制御法を学んだ者だけが“魔法使い”と呼ばれるのです」
「なるほど……」
ルミナは真剣に聞き入っていた。
「学院では、この魔力制御を専門に学ぶ科もあります。魔法使いは軍でも重宝され、学者や宮廷魔導師となる者もおります。大変栄誉ある道なのですよ」
「すごいなぁ……」
ルミナはうっとりとため息をついた。
自分が魔石に触れて水を出したときの感覚が、まだ指先に残っている。
「ルミナ様の魔力は……そうですね、かなり豊かなように見受けられます」
「えっ!?」
急に褒められ、ルミナは顔を赤くした。
「ですが、慌てることはありません。魔力は鍛え、制御を学ぶことでようやく役立つもの。今はただ、その存在を知っておくことが大切なのです」
ユリウスは穏やかに結んだ。
「さて、学院に対してもうひとつの選択肢が――冒険者です」
ユリウスは今度は別の巻物を取り出した。そこには「冒険者ギルド規定」と書かれている。
「冒険者は、自由を求める者が選ぶ道。規律は緩く、身分も問いません。依頼を受け、報酬を得て生活を成り立たせます」
「どんなことをするの?」
「魔物の討伐、遺跡の探索、護衛や運搬、時には災害地の救援まで……。内容は多岐にわたります」
ユリウスは巻物を開き、挿絵を見せる。鎧に身を包んだ者、弓を構える者、杖を掲げる者――さまざまな冒険者たちが描かれていた。
「彼らは仲間を組み、力を合わせて困難に挑みます。その自由さゆえに夢を追う者も多いですが、同時に危険と隣り合わせ。命を落とす者も少なくありません」
ルミナは眉を寄せ、小さな声で尋ねた。
「……こわい、の?」
「はい。学院で学ぶ者よりも、はるかに多くの危険を背負います。しかし、それを承知で選ぶ者もいるのです」
ユリウスはふっと微笑んだ。
「例えば、世界を旅したい者。己の腕を試したい者。誰にも縛られたくない者。――冒険者は、そんな人々にとっての道です」
ルミナの心は揺れた。
規律正しい学院。
自由で危険な冒険者。
どちらも眩しく、どちらも遠い。
----
授業のあと、ルミナは孤児院の庭に出て、空を見上げた。
青空を横切る鳥の群れが、自由に羽ばたいていく。――冒険者のように。
けれども孤児院の仲間たちと一緒に歌い、遊ぶ時間は、学院の学び舎を思わせる。
「……わたし、どっちになるんだろう」
小さな声は、風に消えていった。
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夕暮れ時。再びユリウスがルミナの部屋を訪れた。
「本日の授業は少し難しかったかもしれませんね」
「うん……でも、たのしかった」
「それは何よりです」
ユリウスは一瞬だけ考え込み、そして柔らかく続けた。
「未来はまだ遠いことです。今は知識として、いろいろな道を知っておけばよい。大切なのは――その時が来たとき、自らの心に従って選ぶことです」
「……ユリウスは、どっちがいいとおもう?」
問いかけられ、ユリウスは穏やかに笑った。
「それはルミナ様だけが答えを出せることです。ですが……私はどの道を選ばれても、貴女をお支えいたします」
その言葉は、幼い胸に確かな安心をもたらした。
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