その聖女、神の愛し子です!

一路(いちろ)

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第十一話

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その日、孤児院の子どもたちはユリウスに連れられて森へ出かけることになった。課外授業――といっても遊びではない。森に生きる動植物を知ることは、生きる力に直結する。王都の学院でも同じような授業があるが、孤児院の子どもたちにとっては貴重な学びの時間だった。

森の入り口は、夏の陽を受けて緑が濃く、ひんやりとした空気が広がっている。鳥の声がこだまし、子どもたちは少し興奮ぎみにきょろきょろと辺りを見回していた。

「皆さん、足元に注意を。森には薬草や毒草が混ざって生えています。むやみに触ってはいけません」

ユリウスが冷静な声で告げる。その声音は凛としていながらも、どこか子どもを安心させる響きを持っていた。

「ねぇ、ユリウス。動物たちもいるの?」

ルミナが目を輝かせて尋ねる。

「ええ。この森にいる動物はすべて、程度の差はあれ魔力を宿しています。我々はそうした存在を〈魔獣〉と呼んでいるのです」

子どもたちから小さなどよめきが上がる。魔獣と聞くと、恐ろしい怪物を思い浮かべる者が多い。しかしユリウスは淡々と続けた。

「すべてが危険なわけではありません。人に害をなすことなく、森の生態系を守る役割を果たしている魔獣も数多くいます。ただし――」

彼は足を止め、木々の合間に生えた白い花を指し示した。

「彼らの体には魔力を蓄える《魔石》が存在します。何らかの影響で魔力の均衡が崩れると、穏やかな魔獣でも突如として狂暴化するのです。そうなった場合、人の命を奪うほどの脅威となる。覚えておきなさい」

子どもたちの表情が引き締まる。ルミナだけは小さく頷きながら、森の奥を見つめていた。彼女には、言葉は分からずとも動物の気配や感情がほんのりと伝わってくるのだった。

しばらく歩いたあと、子どもたちは植物の採集を体験することになった。ユリウスが一つひとつの草を指差しては名前を告げ、その効能や毒性を語っていく。

「これが《ヒール草》。傷薬や解熱剤の材料になります。似た葉を持つ《ヒールモドキ》は毒草ですから、注意が必要ですよ」

子どもたちは真剣に耳を傾け、小さな袋に採集した草を収めていく。

そのとき――ルミナの足元で、何かがカサリと動いた。視線を向けると、茶色い毛並みの小さなリスのような魔獣が立っていた。大きな瞳でルミナをじっと見つめ、やがて彼女の裾をちょん、とつついた。

「……ついて来て、って言ってるみたい」

ルミナは無意識に口にしていた。子どもたちは驚いて後ずさるが、魔獣は敵意を示さず、何度も振り返りながら森の奥へ跳ねていく。

「ルミナ、危険です」

ユリウスが制止しようとしたが、彼女は揺るがぬ瞳で彼を見上げた。

「でも、何か……見せたいみたいなの」

ユリウスはしばし考え、他の子どもたちに待機を命じた。

「私が同行します。他の皆はここで待ちなさい」

こうしてルミナとユリウスは小さな案内役の後を追い、森の奥へと分け入っていった。

数分後、彼らは木漏れ日の差す小さな空き地にたどり着いた。そこには一面に、白く光を放つような花が群生していた。

「……これは……《聖光草》」

ユリウスの瞳が大きく見開かれる。

《聖光草》は高い治癒効果を持つ薬草で、薬師や神殿が血眼になって探すほどの希少種だった。人の目に触れることはほとんどなく、ましてや群生地など伝説に近い。

ルミナは花々に近づき、そっと指先を伸ばした。花弁が柔らかく揺れ、淡い光を放つ。まるで彼女に応えるかのように。

「ありがとう……教えてくれて」

ルミナが小さく微笑むと、リスの魔獣は満足げに鳴き、森へと消えていった。

ユリウスは言葉を失っていた。やがて、低くつぶやく。

「……普通、人が案内されることはあり得ません。あなたはやはり……特別な存在なのですね」

その穏やかな時間を破るように――森の奥から重低音の唸り声が響いた。

現れたのは、黒い毛並みを逆立てた狼型の魔獣だった。通常ならば人を避けるはずの種だが、その瞳は赤く濁り、唾を垂らしている。狂暴化していた。

「ルミナ様、お下がりください!」

ユリウスがすぐさま前に出る。短剣を抜き、魔獣の動きを睨む。

だが、魔獣は一直線にルミナを狙って突進してきた。

「だめ!」

ルミナは思わず両手を広げた。彼女の小さな体から淡い光があふれ出す。狼の魔獣はその光に触れた瞬間、唸り声を上げて苦しみ、やがてその瞳の濁りが消えていった。

光は優しく、温かい。怒りと憎しみを洗い流し、静けさを取り戻す。

狼は荒い息をつきながらも、やがてルミナの足元に伏せた。その姿はもはや脅威ではなく、ただの獣に戻っていた。

「……ルミナ様……」

ユリウスは信じられないものを見たように息を呑んだ。

ルミナは小さな手で狼の頭を撫でる。

「大丈夫……もう、怖くないよ」

狼は目を細め、やがて立ち上がると、森の奥へと消えていった。

残された空間には、ただ穏やかな光と風が流れていた。

「……信じられません。狂暴化した魔獣を……浄化した……」

ユリウスの瞳は震えていた。

ルミナは小首を傾げる。

「私、ただ……怖がらないでって思っただけなの」

その無垢な言葉に、ユリウスは胸の奥に熱を覚えた。彼女が持つ力、それは伝承に記された聖女の力にほかならない。だが、今ここに立つ少女はまだ幼く、何も知らないままにただ人を、獣を、思いやっている。

――聖女。
その名が、ユリウスの脳裏に鮮烈に浮かんだ。

やがて彼は深く息をつき、ルミナを見やった。

「戻りましょう。皆が心配しています」
「うん」

ルミナは聖光草の群生地を振り返り、小さく手を振った。まるで森そのものに感謝を伝えるように。

二人の姿が木々の影に消えると、空き地には再び静けさが戻った。だがそこには確かに――特別な少女と魔獣の絆が刻まれていた。
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