その聖女、神の愛し子です!

一路(いちろ)

文字の大きさ
13 / 33

第十二話

しおりを挟む
森での出来事をノエル殿下へ報告した翌朝、私は殿下と共に、ふたたび森へ足を運ぶことになった。
目的はただひとつ。あの小さな少女――ルミナ様に、一体どれほどのことができるのかを確かめるためだ。
昨日の課外授業で、彼女は狂暴化した魔獣を浄化してみせた。癒しの力だけでなく、光そのものを宿すかのような奇跡。
 
報告を受けた殿下は静かにうなずき、「……やはり、確かめた方がいいか……」とだけ言った。
その声音は、子を思う保護者のようでありながら、どこか運命を見定める覚悟を秘めているようでもあった。
 
そして今、私たちは小さな少女を伴って森の奥へと足を進めている。

「ルミナ、ここで少し試してみようか」

殿下が穏やかに声をかける。
ルミナ様は不安そうにこちらを見上げたが、やがてこくんとうなずいた。

「何をすればいいの?」
「まずは……そうだな。火を灯せるかな」

院長が指差したのは、乾いた枝の束。焚き火用に組まれたそれは、普段なら火打石か魔道具を使って火を起こす。
ルミナは小さな手をそっと枝の上にかざした。

次の瞬間、淡い光が彼女の指先に集まり――ぼうっと炎が生まれる。
ただ燃えるだけではない、暖かく包み込むような炎だった。

私は思わず息をのむ。

「……魔道具を介さずに直接……?」
「ユリウス。驚くのはまだ早い」

院長が微笑を含んで言う。
今度は水だ。

ルミナはそばの土に手を向けると、地面から澄んだ水が湧き出すようにあふれ出した。
それはすぐに小さな水たまりとなり、太陽を受けてきらめく。

「……まさか」

私は低くつぶやいた。魔法とは通常、魔石を媒介にしなければ発動しない。魔石も魔道具もなく発動させることは、常識ではあり得ない。

「ルミナ。君は他にも……」

そう殿下が問いかけかけた瞬間、ふと森のざわめきに気づいた。

――ざっ、ざっ。

ルミナ様の足元に、小さなリスのような魔獣が駆け寄ってくる。その後ろから、小鳥、兎、そして鹿。
まるで呼ばれるように、次々と森の動物たちが集まってきたのだ。

ルミナはきょとんとした顔で動物たちに囲まれ、やがて嬉しそうに笑った。

「みんな、こんにちは!」

その声は透明で、森に溶け込むようだった。

信じられないことに、警戒心の強いはずの動物たちが、争うこともなく寄り添っている。

――そのときだ。

「……あれは……」

私の目には、淡い光が揺らめいて見えた。森の木々の間に、漂う小さな光の粒子。
だがそれは光でも埃でもない。よく目を凝らすと、小さな人のような形をしている……?
思わず息を呑んだ瞬間――ルミナ様が振り返った。

「ねぇねぇ! ユリウス、先生! 妖精さんがいるよ!」

「……妖精?」

私と殿下の声が重なる。

「そう! さっきから、ずっとお話してるの。『ここは安全だよ』って。かわいいでしょ?」

彼女はにこにこと笑いながら、宙に漂う何もない空間へ手を伸ばした。

私にはかすかな光のゆらめきしか見えない。しかし、ルミナには確かに「そこに誰かがいる」のだろう。

「ルミナ様……誰とお話を?」

「妖精さん!」

無邪気な答えに、私は思わず言葉を失う。

妖精――それは伝説の存在。古の書物には記されているが、現実には確認されたことがない。
だが今、目の前の少女が自然に語っている。

「ユリウス」

殿下が小さく私を呼ぶ。その声には、驚愕と共に、深い覚悟の色があった。

「どうやら……ルミナの力は、我々の想像を超えているようだな」

私は静かにうなずく。
癒し、浄化、炎も水も自在に操り、動物たちを惹きつけ、そして伝説の妖精にまで好かれる。
その存在は、もはや一人の子供として片付けられるものではない。

けれど――彼女はただ笑っていた。

動物に頬ずりされ、宙に向かって「妖精さん、また遊んでね!」と手を振る。
その姿は、どこまでも年相応の無垢な少女にしか見えなかった。

森を後にする頃、私は心の中でひとつの答えを得ていた。
ルミナ様が持つ力はあまりにも規格外だ。だが彼女自身はそのことを誇るでも恐れるでもなく、ただ自然に受け入れている。

「……この子は、やはり特別だ」

誰に言うでもなく、そう呟く私の隣で、殿下もまた深く頷いていた。

孤児院へ戻る途中、私は歩調を緩めて殿下に声をかけた。

「……殿下。先ほどの……本当に、妖精だったのでしょうか」

殿下は少しの間、無言のまま歩き続けた。
やがて森の風が静まった瞬間、低く答える。

「妖精は伝承にしか存在しないと、学者たちは言う。だが――わたしはそうは思わない。かつて人が神話に封じたものの中には、真実も混ざっている」
「すると……」
「ルミナが見ていたのが妖精ならば、あの子は……人ならざる存在からも認められている、ということだ」

その言葉に、私は背筋がぞくりとした。
ただでさえ規格外の力を持つ少女が、伝説の存在にまで愛されている。
それが意味するものは――。

「……殿下。やはり、あの子は……」
「ユリウス」

殿下は歩みを止め、振り返った。
その瞳には深い憂いと、確固たる決意が宿っている。

「まだ断定するな。あの子は、ただのルミナだ。それ以上でも、それ以下でもない」

その声音に、私は言葉を飲み込む。
だが同時に、院長の胸奥にある葛藤も痛いほど理解できた。

――聖女。

この国で最も特別な存在であり、数百年前に一度現れただけの奇跡。
誰もが忘れかけていた伝説。

もしルミナ様がその再来であるならば、彼女の未来は……。
 
だが今はまだ、その名を口にすることすらためらわれた。
私と殿下は互いに言葉を交わさぬまま、ただ森を背にして歩き続けた。
 
小さな少女の笑い声が、孤児院の方角から風に乗って届いた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

辺境で静かに暮らしていた俺、実は竜王の末裔だったらしく気づけば国ができていた

平木明日香
ファンタジー
はるか五億四千万年前、この星は六柱の竜王によって治められていた。火・水・風・土・闇・光――それぞれの力が均衡を保ち、世界は一つの大きな生命のように静かに巡っていた。だが星の異変をきっかけに竜の力は揺らぎ、その欠片は“魂”となって新たな生命に宿る。やがて誕生した人類は文明を築き、竜の力を利用し、ついには六大陸そのものを巨大な封印装置へと変えて竜王を眠りにつかせた。 それから幾千年。 現代では六つの大国がそれぞれ封印を管理し、かろうじて世界の均衡を保っている。しかし各地で異常な魔獣が出現し、封印の揺らぎが噂されはじめていた。 そんな世界を気ままに旅する青年がいる。名はブラック・ドラグニル。三年前からハンターとして魔獣を討伐し、その肉を味わいながら各地を渡り歩く放浪者だ。規格外の実力を持ちながら名誉や地位には興味がなく、ただ「世界のうまいものを食べ尽くす」ことを楽しみに生きている。 ある日、光の王国ルミナリア近郊で王女ユリアナが大型魔獣に襲われる事件が起きる。死を覚悟した騎士団の前に現れたブラックは、その怪物をわずか数十秒で討ち倒す。彼にとっては雑魚同然だったが、その圧倒的な強さは王国中に知れ渡る。王女は自由に生きる彼の姿に心を奪われるが、ブラックは次の目的地へ向かう計画を練るばかり。 だが彼自身はまだ知らない。 自らが竜族の末裔であり、世界を再び“統合”へ導く鍵となる存在であることを。 竜の封印が揺らぐとき、自由を愛する青年は世界の命運を左右する選択を迫られる。 これは、竜の記憶と人の魂が交錯する壮大なファンタジー叙事譚である。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

犬の散歩中に異世界召喚されました

おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。 何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。 カミサマの許可はもらいました。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

辺境追放された「植物魔導師」の領地開拓 ~枯れ果てた死の大地は、俺の魔力で聖域(楽園)へと変貌する~

リーフレット
ファンタジー
​「植物魔法? ああ、農作業にしか使えないあの地味な魔法か」 ​帝国騎士団の専属魔導師だったアルトは、無能な二世皇太子レオンによって、一方的に追放を言い渡された。 アルトがどれほど魔導植物を駆使し、帝国の食糧難を裏から支えていたかを知らぬまま、彼は「戦闘に役立たない役立たず」という烙印を押されたのだ。 ​帝国を出て行き着いた先は、魔物が跋扈し、草一本生えないと言われる最果ての荒野。 死を待つだけの地。しかし、アルトは絶望するどころか、晴れやかな顔で笑っていた。 ​「やっと、気兼ねなく『植物』を愛でられる。……よし、ここを世界一の庭(楽園)にしよう」

処理中です...