その聖女、神の愛し子です!

一路(いちろ)

文字の大きさ
14 / 33

第十三話

しおりを挟む
昼下がりの孤児院は、子供たちの笑い声で賑わっていた。外では元気な子らが追いかけっこをし、室内では小さな子らが絵本を囲んでいる。そんな温かな光景の傍らで、ユリウスは静かに封蝋の施された手紙を受け取った。

「王都の学院からの……いや、正しくは王宮経由、か」

彼は廊下の窓辺に立ち、封を切って中を読み取る。その整った顔に、わずかな緊張が走った。

「……教会の視察が学院に入った、か」

視線を紙から離し、眉間に手をやる。書かれている内容は淡々としたものだった。――「教会の高位神官が、将来有望な子供の調査を名目に学院を訪れた」という報告。だが、ユリウスにはそこに潜む意図がすぐに察せられた。

彼は紙をたたみ、執務室の扉を叩いた。

「どうぞ」

中から落ち着いた声が返り、ユリウスは静かに入室した。机の前に座るのは院長ノエル。山積みの帳簿を整理しながらも、その栗色の瞳はユリウスの表情を一瞥で見抜いた。

「……何かあったんだね」

「はい。王宮経由で知らせが届きました」

ユリウスは封書を差し出し、ノエルに簡潔に説明する。

「教会が学院を視察したそうです。表向きは将来有望な子供を探す調査。しかし……内容の裏には、浄化の力を持つ子供の存在を探っている気配が濃厚です」

ノエルは手紙を受け取り、流し読むと小さく息をついた。

「やはり、噂が漏れているか」

窓の外からは子供たちの笑い声が響く。その明るさと、ここに舞い込んだ影の濃さとの落差に、ノエルは胸の奥に重みを覚えた。

「孤児院も、いずれ視察対象となるでしょう」

ユリウスの声は冷静だったが、僅かに硬さが滲んでいた。

「……ルミナをどう守るかが問われるな」

ノエルは机に肘をつき、指を組んだ。

----

教会――正確には「聖女教団」と呼ばれる組織は、王国の信仰を担ってきた。しかしその性質は二分される。神殿は王族の管理下に置かれ、国家と共に歩む。だが各地に根を張る教会は、教団という独自の機関が運営し、しばしば王権と摩擦を生んだ。

特に聖女を祀る教団の中には、過激な一派が存在する。彼らは数百年前の「蒼翠の聖女セレフィナ」を絶対視し、それ以外の神をも「偽物」と断じる思想を持つ。――伝説に心酔するがゆえに、他の信仰を排除するのだ。

「表向きは未来の子供を見守る視察……だが、実際は“浄化”を行える存在の探索だ」

ユリウスは、手元の手紙を再び確認した。そこには「学院で複数の子供が試問を受けたが、特別な力を見せた者はいなかった」と結ばれていた。

「学院で見つからなければ……次は孤児院か」

「……間違いないな」

ノエルは深く頷いた。

----

その日の夕刻。子供たちが眠りについた後、ノエルとユリウスは執務室で再び向かい合った。

「ルミナの力について、外部に知られている範囲は?」

「王宮の一部の者のみです。ただ、人の口に戸は立てられませんので……保証はありません」

ユリウスは声を落とした。直接見聞きしたのが王の信頼を置いた部下だけであろうと、王宮には様々な人が出入りしている。噂になっても不思議ではなかった。
今の今まで噂が広がらなかったのは、王が制御していたおかげだろうか。

「過激派の耳に入れば、彼女は“排除の対象”となる」

「……だからこそ、表向きはごく普通の孤児として過ごさせる必要がある」

ノエルの目は鋭く光った。

「ルミナを守る。それが私に課せられた役割だ」

「承知しました」

ユリウスは一礼した。その動作に一片の迷いもない。

----

翌日から、ユリウスは孤児院の子供たちの生活に、さりげなく新しい習慣を組み込んだ。

「今日は読み書きの時間を少し増やそう。外に出るのは午後に」

「遊ぶ場所を変えようか。庭の奥よりも、こちらの広場が安全だ」

一見すれば、教育方針の変更にしか見えない。だが、実際は子供たちを守る動線を整えるための工夫だった。ルミナを特別扱いせず、全員を同じように扱うことで、彼女だけが注目されるのを避ける。

ノエルもまた、外部との連絡に注意を払った。物資の受け取り、商人との取引、王宮との報告――そのすべてに目を光らせる。

孤児院の日常は変わらず続いているように見えた。だが、見えない場所で水面下の緊張が高まっていた。

----

数日後。
その日の午後、孤児院に来訪を告げる鈴の音が響いた。
扉を開けたユリウスの前に立っていたのは、灰色の法衣を纏った中年の司祭と、その従者たちだった。従者は二名、背後には護衛らしき兵士が二人。表向きは「視察」という名目だが、その眼差しには露骨な探る色が宿っている。

「突然の訪問、失礼いたします。子供たちの健やかな成長を確かめるのも、我ら教会の務めですので」

言葉は丁寧だが、声に温かみはなかった。
応対に現れたノエルは微笑みを崩さず、客間へと案内する。

「ようこそ。子供たちは裏庭で遊んでおります。お茶を用意いたしますので、どうぞ」

やがて庭の窓越しに、子供たちが駆け回る姿が見える。年長の子が年少を手助けし、笑い声が絶えない。その中で、ルミナは小さな子に絵本を読み聞かせていた。栗色の髪を揺らしながら、穏やかな声で言葉を紡ぐ姿は、まるで陽だまりのようだった。

司祭の目がそこへ吸い寄せられる。

「……あの子は?」

「ルミナです。大人しいが、皆から慕われていますよ」

ノエルがさらりと答えると、司祭は目を細め、じっと観察するように黙り込んだ。しばらくしてから、鼻を鳴らす。

「見たところ、ただの娘にしか見えませんな」

「ここにいる子供たちは皆、“ただの子供”です。それ以上を求められても、困りますよ」

ノエルの声音は柔らかいが、静かな棘を含んでいた。ユリウスも傍らで控え、無言でそのやり取りを見守る。

司祭は薄い笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。

「ええ、もちろん。本日のところは、形式的な確認だけに留めましょう。ただ――」

わざとらしく視線を再びルミナへ。

「もし“特別な兆し”が現れる子がいれば、どうか我らに隠さず知らせていただきたい。聖女の御名を汚さぬよう、未来を誤らぬように、ね」

そう言い残し、司祭と従者たちは退いていった。

重い扉が閉じた後、客間にはしばし沈黙が落ちる。
ユリウスは低く息を吐き、険しい表情でノエルに視線を向けた。

「……狙いは明らかですね」

ノエルは微笑を消し、深く頷く。

「ええ。彼らは“探している”。そして――見つけてしまえば、容赦はしない」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

辺境で静かに暮らしていた俺、実は竜王の末裔だったらしく気づけば国ができていた

平木明日香
ファンタジー
はるか五億四千万年前、この星は六柱の竜王によって治められていた。火・水・風・土・闇・光――それぞれの力が均衡を保ち、世界は一つの大きな生命のように静かに巡っていた。だが星の異変をきっかけに竜の力は揺らぎ、その欠片は“魂”となって新たな生命に宿る。やがて誕生した人類は文明を築き、竜の力を利用し、ついには六大陸そのものを巨大な封印装置へと変えて竜王を眠りにつかせた。 それから幾千年。 現代では六つの大国がそれぞれ封印を管理し、かろうじて世界の均衡を保っている。しかし各地で異常な魔獣が出現し、封印の揺らぎが噂されはじめていた。 そんな世界を気ままに旅する青年がいる。名はブラック・ドラグニル。三年前からハンターとして魔獣を討伐し、その肉を味わいながら各地を渡り歩く放浪者だ。規格外の実力を持ちながら名誉や地位には興味がなく、ただ「世界のうまいものを食べ尽くす」ことを楽しみに生きている。 ある日、光の王国ルミナリア近郊で王女ユリアナが大型魔獣に襲われる事件が起きる。死を覚悟した騎士団の前に現れたブラックは、その怪物をわずか数十秒で討ち倒す。彼にとっては雑魚同然だったが、その圧倒的な強さは王国中に知れ渡る。王女は自由に生きる彼の姿に心を奪われるが、ブラックは次の目的地へ向かう計画を練るばかり。 だが彼自身はまだ知らない。 自らが竜族の末裔であり、世界を再び“統合”へ導く鍵となる存在であることを。 竜の封印が揺らぐとき、自由を愛する青年は世界の命運を左右する選択を迫られる。 これは、竜の記憶と人の魂が交錯する壮大なファンタジー叙事譚である。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

犬の散歩中に異世界召喚されました

おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。 何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。 カミサマの許可はもらいました。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

辺境追放された「植物魔導師」の領地開拓 ~枯れ果てた死の大地は、俺の魔力で聖域(楽園)へと変貌する~

リーフレット
ファンタジー
​「植物魔法? ああ、農作業にしか使えないあの地味な魔法か」 ​帝国騎士団の専属魔導師だったアルトは、無能な二世皇太子レオンによって、一方的に追放を言い渡された。 アルトがどれほど魔導植物を駆使し、帝国の食糧難を裏から支えていたかを知らぬまま、彼は「戦闘に役立たない役立たず」という烙印を押されたのだ。 ​帝国を出て行き着いた先は、魔物が跋扈し、草一本生えないと言われる最果ての荒野。 死を待つだけの地。しかし、アルトは絶望するどころか、晴れやかな顔で笑っていた。 ​「やっと、気兼ねなく『植物』を愛でられる。……よし、ここを世界一の庭(楽園)にしよう」

処理中です...