その聖女、神の愛し子です!

一路(いちろ)

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第二十六話

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王都の賑わいを背中に感じながら王宮へ向かって歩くルミナとヴァルガ、そしてユリウス。大通りを真っすぐに進めば王宮へ着く。もうそこに見えているのにそこそこの距離だ。

「わぁ……!大きいねぇ……」

ようやくたどり着いた王宮は、高くそびえる白亜の壁に囲われていた。綺麗だが、同時に威圧感を覚え、ルミナは少し緊張していた。
そんなルミナとは対照的に勝手知ったるユリウスは正規の手続きを終え、ルミナを王宮内へ入るよう促した。

「ではルミナ様、参りましょう」
「うん!」

ユリウスに続いて、ヴァルガと共に扉へと歩く。
以前来たときは先生が一緒で手をつないでここを歩いたんだっけ。と、ルミナはぼんやりと思い出していた。あのときは自分が冒険者になると考えてもいなかった。この選択を国王はどう思うのだろう。

扉の前に着くと、扉が開かれ、中で待機していた執事がユリウスへ何かを告げた。

「ルミナ様、こちらです」

ユリウスの案内で王宮内を進む。すれ違う執事や侍女や騎士が手を止め、頭を下げる。洗練されたその動作にルミナは初めて会ったときのユリウスを思い出していた。

ルミナは背筋を伸ばして歩こうと意識するが、慣れない空気にどこかぎこちなくなる。広々とした回廊は磨き上げられた大理石の床が光を反射し、壁には豪奢な装飾が施されている。天井は高く、そこから吊り下げられた大きなシャンデリアが黄金の光を放っていた。

「すごい……」

小さくつぶやいたルミナに、ユリウスが振り返り、優しく微笑む。

「緊張なさらずに。大丈夫ですよ」

その言葉に少し安心するが、ルミナの心臓は高鳴りを止めない。ヴァルガが小さな姿のまま足元を並んで歩き、ちらりと彼女を見上げた。まるで「大丈夫だ」と言わんばかりの瞳に、ルミナは思わず頬を緩める。

やがて立派な扉の前に辿り着く。扉の両脇に立つ騎士たちが槍を持ち、恭しく一礼した。執事が軽く合図を送り、重厚な扉が音を立てて開かれていく。

「さぁ、ルミナ様」

ユリウスが一歩下がり、彼女を先に促した。

扉の奥に広がっていたのは、玉座の間のような威圧的な空間ではなく、落ち着いた調度品でまとめられた応接室のような広間だった。大きな窓から柔らかな陽光が差し込み、絨毯は深い紅色で整えられている。

その中央の椅子に腰を掛けていたのが、この国の王――レオン=アルシアス・セリオナード。

「大きくなったな、ルミナ」

第一声は、玉座に座る王というよりも、旧知の者に声をかけるような気安さだった。

ルミナは思わず息を呑み、そして膝を折って深く礼をした。

「お招きいただき、ありがとうございます……陛下」

「かしこまらんでいい。寂しいではないか」

王は手を振って笑みを浮かべる。

「ここは公式の場ではない。今日は私が君の話を直接聞きたくて呼んだだけだ。気楽にすればよい」

その言葉にルミナは少し緊張を解き、顔を上げた。ユリウスが隣に控えるのを感じながら、彼女は王のまっすぐな眼差しを受け止める。

「それにしても……」

王の視線はルミナの足元のヴァルガへ移る。小さく姿を変えた黒い魔獣が、静かに伏せてこちらを見返していた。

「随分と、面白い従者を連れてきたものだな」

ルミナは言葉を詰まらせたが、ヴァルガは落ち着き払って王を見返し、尾を小さく振った。

「ふむ……」

王は意味ありげに目を細めた。

まさにその時だった。扉が再び開かれ、慌ただしく鎧姿の青年が現れた。

「陛下!失礼いたします!」
「なんだ、フェルディナント。顔が険しいぞ」

王が軽く眉を上げると、フェルディナントと呼ばれたその青年は第二王子であった。第二王子は膝をつき、声を整えながら報告した。

「近郊の村で火災がありました。……その際、家屋に子どもが取り残されており……黒い魔獣を連れた少女が救助したとの報告が、あったの……ですが」

王子の言葉が部屋を満たす。同時に彼の鋭い視線が、ルミナとヴァルガに向けられた。

「……まさか」

王子の瞳がルミナと重なる。

ルミナは一瞬、言葉を失い、足元のヴァルガに視線を落とす。ヴァルガは静かに低く唸り、しかし攻撃の意思は見せず、ただ主人を守るように寄り添っていた。

「……なるほど」

王は楽しげに口元を緩め、椅子の背に深く身を預けた。

「ルミナ。件の少女は君のことかな」
「……そうだと、思います」
「――君は、自分の力を人のために使うつもりなのだな?」

ルミナは緊張しつつも、しっかりと王を見据えて頷いた。

「はい。私は……人を助けたいと思っています。そのために冒険者になろうと決めました」

その声に、部屋の空気が少し変わった。
第二王子が歩み出て、王の隣に立つ。鍛え上げられた体に騎士の気配が漂う青年で、その眼差しは厳しいが真っ直ぐだった。

「父上、この者が……」
「うむ。黒い魔獣を連れていると言ったな」
「はい。村人の報告では、人語を解さぬただの魔獣に見えたと……」

王は顎に手を当て、視線をヴァルガに移す。ヴァルガは小型の姿のまま、静かに頭を垂れた。その仕草は野生の獣というより、忠誠を誓う従者のようであった。

「魔獣がここまで従順に振る舞うのは珍しい。しかも、ただの家畜のようではないな……」

王の目が鋭さを帯びる。

「――ルミナ。これは君の力なのか?」
「……いえ。ヴァルガは、自分の意思で私についてきてくれました」

ルミナは正直に答え、ヴァルガに優しく視線を送る。ヴァルガは低く喉を鳴らして応じた。

「ふむ……」

王は一瞬黙し、そして豪快に笑った。

「実に面白い! 魔獣であれ何であれ、意思ある者が共に歩むというなら、それを否定する理由はない。なぁ、フェルディナント」

「……父上、しかし……」

第二王子は口ごもる。彼の真面目さが、そのまま懸念となっていた。

「黒い魔獣を王都へ迎え入れるなど、軽々しく認めてよいことではありません」
「そう堅くなるな。見よ、ルミナとヴァルガを。――敵意など微塵もないではないか」

王は片手を広げ、軽く笑う。

「それに、村で子どもを助けたという報告は事実なのだろう?」

王子は言葉を失い、ちらりとルミナを見やった。ルミナは真剣な眼差しで彼を見返す。

「……はい。助けたいと思ったから、助けました」

その真っ直ぐな声に、王子は小さく息を吐き、口を閉ざした。

王は満足げに頷く。

「よし。では改めて聞こう、ルミナ。君はこれから冒険者として、旅立とうとしているのだな?」

ルミナは大きく頷いた。

「はい。この力を人を助けるために使いたいんです」
「うむ。気持ちはよく分かった」

王は立ち上がり、彼女へ歩み寄る。その歩みは堂々としているが、どこか親しみを含んでいた。

「ならば――この国の王として、そして一人の父として、私は君を応援しよう」

王は朗らかに笑ったが、その声音には王としての威厳が滲んでいた。

「ただし条件がある。君の身を守るために、必ず護衛をつけさせてもらう」

ルミナが小さく瞬きをしたとき、王は隣に立つ青年へ視線を向ける。

「……父上?」
「うむ。お前だ、フェルディナント。騎士団に属する身としても丁度よかろう。――ルミナに同行せよ」
「なっ……!」

王子は思わず声を上げ、ルミナとヴァルガを見比べた。

「しかし私は王族であり、王宮の務めも……」
「ならば尚更だ。王族自らが共に歩むことで、周囲も彼女を軽んじることはできまい」

王は愉快そうに笑みを深める。

「それに、私は見てみたいのだ。お前が、この少女と黒き魔獣と、どんな未来を紡ぐのかをな」

王子は押し黙り、苦々しい表情でルミナを見た。ルミナは緊張しつつも、小さく頭を下げる。

「……わかりました。父上の命とあらば」

第二王子は深く息を吐き、決意を込めて言葉を続けた。

「この身を賭して、ルミナ殿の旅路を護り抜きます」

王は満足げに頷き、力強く言った。

「よし。それでこそ我が子だ」
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