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第二十八話
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腰に新しい短杖を下げたルミナは、誇らしげに胸を張って歩いていた。大通りの喧騒の中でも、なんだか背筋が伸びて、周囲の視線が自分に向いている気がする。もっとも、それは杖のせいではなく、隣を歩く整った顔立ちのユリウスと、足元を歩く黒い魔獣ヴァルガの存在感によるものだったのだが。
「では、次は冒険者ギルドへ向かいましょう」
「うんっ!」
王都の中心から少し外れた場所に、その建物はあった。立派な石造りの外観に、掲げられた紋章。扉を開ければ、中は木の香りが漂い、広いホールには冒険者たちのざわめきが響いている。大きな掲示板には依頼の紙がびっしりと貼られ、カウンターでは職員が応対していた。
「……わぁ」
ルミナは目を丸くして、辺りを見回した。これこそ憧れの冒険者の世界。孤児院で話を聞いたことはあっても、実際に来たのは初めてだった。
しかし、そんなルミナの隣でユリウスは警戒を解かなかった。視線を感じれば、たしかに周囲の冒険者たちがちらちらとルミナとヴァルガを見ている。無理もない。まだ年若い少女が黒き魔獣を連れて歩いているのだ。
「こちらです」
ユリウスに促され、ルミナは受付カウンターへ向かった。
「ご用件を伺います」
落ち着いた雰囲気の女性職員が微笑む。
「こちらのルミナ様を冒険者登録したく存じます」
「かしこまりました。それでは、登録に必要な魔道具で適性を記録いたします」
職員が取り出したのは、水晶のように澄んだ球体だった。淡い光を宿しており、台座の上で静かに輝いている。
これはあの成人の儀のときの水晶と同じものだろうか。ルミナは儀式のときを思い出して手に汗がにじんだ。またあのときのようなことが起こったら騒ぎにならないだろうか。
「ルミナ様、その球に手を置いてください。成人として登録された情報が確認されます」
「は、はいっ」
ルミナは小さく深呼吸し、両手を球にそっと重ねた。瞬間、水晶はきらきらと眩い光を放ち、周囲の冒険者たちが思わず振り返るほどだった。
「……っ」
受付の女性も一瞬だけ目を見開き、すぐに微笑へと戻した。だが、その声にはわずかな緊張が混じっていた。周囲も「何だ何だ」とざわめいたがそれ以上はなかった。
「確認できました。……問題ありません。登録は可能です」
紙と羽ペンが差し出され、ルミナは名前を書いた。姓はない。姓を持つのは貴族や王族のみだ。彼女にとって「ルミナ」という名だけがすべてだった。
「はい、完了しました。こちらが冒険者カードです。なくさないようにしてくださいね」
「ありがとうございます!」
「あとこちらは、新人冒険者のための初期費用を援助していますのでお使いください」
渡されたカードを胸に抱え、ルミナはぱっと顔を輝かせた。お金はユリウスが預かった。初期装備を整えられるくらいの金額である。
「……本当に、冒険者になっちゃった」
「ええ。おめでとうございます、ルミナ様」
ユリウスが穏やかに微笑む。ヴァルガは尻尾を一度だけ大きく振り、ルミナの足元で静かに寄り添った。
ルミナが登録を終え、受け取った冒険者カードを鞄に大事そうにしまっていると、近くでその様子を眺めていた若い冒険者たちがひそひそと笑い合った。
「おい見たか? あの子が新しい冒険者だとよ」
「へぇ、まだ子どもじゃないか。護衛つきで登録なんて随分甘やかされてるな」
くすくすと笑いながら、ひとりの青年が歩み寄ってきた。革の胸当てに片手剣を提げた、二十歳そこそこの冒険者だ。
「お嬢ちゃん、冒険者になったからには力を見せてもらわないとな?」
挑発めいた笑みに、ルミナは思わず後ずさった。だが青年の口調には本気の敵意というより、からかい半分の色が濃い。ギルド内も「また始まったか」と言わんばかりの視線が集まっていた。
「……止めておいたほうがいい」
ユリウスが静かに制止の声をかける。しかし青年は肩をすくめて応じる。
「別に本気じゃねえよ。軽く手合わせするだけさ。冒険者ならこれくらいの洗礼は受けてもらわないとな」
ルミナは緊張で胸を押さえながらも、ふとヴァルガを見た。漆黒の狼は彼女の傍らで尻尾を一振りし、低く喉を鳴らす。まるで「大丈夫だ、やってみろ」と言っているかのようだった。
「……分かった。お願いします」
小さく頭を下げると、青年の目が少し驚きに見開かれる。子どものように見える少女が、逃げるのではなく正面から受けて立ったからだ。
----
模擬戦の場に立つルミナは、片手に短杖を携え、静かに深呼吸をした。
対する冒険者は屈強な体格の男で、模擬戦用の木剣を構えている。
「では――始めっ!」
審判役の合図とともに、冒険者が勢いよく突進してきた。
ルミナはひるまず、杖を軽く振る。
その瞬間、相手の足元に鋭い風が吹き抜け、男の踏み込みをわずかに逸らした。
だが観客の視線はそれだけでは満足しない。
「もっと本気でやれー!」という野次が飛ぶ。
ルミナはちらりと観客を一瞥した。
次の瞬間―― ごうっと轟音を伴い、広場全体に突風が巻き起こる。
砂塵が宙に舞い、髪や衣服を激しく揺さぶる。
突風はやがて渦を巻き、竜巻のように相手を包み込んだ。
冒険者は目を見開き、体がふわりと浮かび上がる。
観衆が息を呑む中、ルミナは両手をすっと下ろした。
竜巻は勢いを緩め、男の体を地面へと優しく下ろす。
無傷のまま立ち尽くした冒険者は、肩で息をしながら叫んだ。
「……っ、参りました!」
次の瞬間、広場はどよめきと歓声に包まれる。
ルミナは少し照れたように笑いながら、風の余韻が漂う空間を見回した。
「見事……」
ユリウスが低く呟き、満足げに微笑んだ。
「ただ力を誇示するのではなく、誰もを納得させる御業でした。――さすがです、ルミナ様」
ルミナはその言葉に頬を赤らめながらも、胸の奥に小さな誇らしさを覚えていた。
模擬戦を終えたルミナは、風の魔法で見せた迫力に観客の視線を集め、少し照れたように笑った。
「お疲れ様でした」とユリウスが声をかけると、ルミナも小さく頷く。
「これで今日の予定は終わり……じゃないよね?」
ユリウスは微笑みながら、街の方へ歩き出す。
二人は王都の街中へ向かう。
市場は活気に満ち、人々の掛け声や店先の匂いが混ざり合う。ルミナはあちこちの露店を覗き込み、つい目を輝かせた。
「見て!こんなにたくさんの野菜がある!」
「今日は明日からの旅に備えて食材を揃えるのです。ある程度の物だけにしましょう」
ユリウスは少し手綱を引くように言うが、ルミナは楽しげに周囲を眺める。
新鮮な野菜や肉、パン、香辛料までを買い込むと、ルミナは小さな巾着袋に収め、ヴァルガは小型化した体でその横をちょこんと歩く。
「ヴァルガの分も買ったよ」
ルミナが小さく微笑むと、ヴァルガも嬉しそうに尻尾を振った。
買い出しを終えた二人は、王都の外れにある宿屋へと向かう。
小道を抜けると、軒先には暖かな明かりが灯り、旅人たちの話し声が響いていた。
「ここに泊まりましょう。明日からの旅に備えて、しっかり休みましょう」
ユリウスは言いながら、入口の扉を押した。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
中に入ると、カウンターの向こうに若い女性の受付係が立っていた。驚いた様子で、ルミナを見る。黒い獣を従えている少女は、街中ではまず見かけない光景だった。
「はい、二人で一部屋お願いします」
ルミナはにこやかに返答する。受付の女性はヴァルガから視線を戻して、すぐに微笑みを戻した。
「かしこまりました。こちらにお名前を……」
ユリウスが代わりに記帳用紙に筆を走らせる。ルミナはそれを横目に、周囲の様子を好奇心いっぱいに見回す。
「お一人様とお連れ様ですので、こちらの二段ベッドのお部屋になります」
受付の女性は鍵を渡しながら説明する。ルミナは小さく頭を下げ、ユリウスと共に部屋へ向かった。
廊下を歩きながら、ヴァルガはぴんと耳を立て、周囲を警戒している。ルミナは優しく撫でると、ヴァルガは小さく鼻を鳴らした。
「今日の疲れは明日に残さないように……」
ユリウスが荷物を整理しながら言うと、ルミナも嬉しそうに頷いた。
夜が更けると、窓の外には満天の星。街の明かりが遠くに光り、森の静けさとは異なる喧騒を感じさせる。
「明日からは……もっと色々な経験をするんだ」
小さくつぶやいたルミナの瞳は、静かな決意に輝いていた。
「では、次は冒険者ギルドへ向かいましょう」
「うんっ!」
王都の中心から少し外れた場所に、その建物はあった。立派な石造りの外観に、掲げられた紋章。扉を開ければ、中は木の香りが漂い、広いホールには冒険者たちのざわめきが響いている。大きな掲示板には依頼の紙がびっしりと貼られ、カウンターでは職員が応対していた。
「……わぁ」
ルミナは目を丸くして、辺りを見回した。これこそ憧れの冒険者の世界。孤児院で話を聞いたことはあっても、実際に来たのは初めてだった。
しかし、そんなルミナの隣でユリウスは警戒を解かなかった。視線を感じれば、たしかに周囲の冒険者たちがちらちらとルミナとヴァルガを見ている。無理もない。まだ年若い少女が黒き魔獣を連れて歩いているのだ。
「こちらです」
ユリウスに促され、ルミナは受付カウンターへ向かった。
「ご用件を伺います」
落ち着いた雰囲気の女性職員が微笑む。
「こちらのルミナ様を冒険者登録したく存じます」
「かしこまりました。それでは、登録に必要な魔道具で適性を記録いたします」
職員が取り出したのは、水晶のように澄んだ球体だった。淡い光を宿しており、台座の上で静かに輝いている。
これはあの成人の儀のときの水晶と同じものだろうか。ルミナは儀式のときを思い出して手に汗がにじんだ。またあのときのようなことが起こったら騒ぎにならないだろうか。
「ルミナ様、その球に手を置いてください。成人として登録された情報が確認されます」
「は、はいっ」
ルミナは小さく深呼吸し、両手を球にそっと重ねた。瞬間、水晶はきらきらと眩い光を放ち、周囲の冒険者たちが思わず振り返るほどだった。
「……っ」
受付の女性も一瞬だけ目を見開き、すぐに微笑へと戻した。だが、その声にはわずかな緊張が混じっていた。周囲も「何だ何だ」とざわめいたがそれ以上はなかった。
「確認できました。……問題ありません。登録は可能です」
紙と羽ペンが差し出され、ルミナは名前を書いた。姓はない。姓を持つのは貴族や王族のみだ。彼女にとって「ルミナ」という名だけがすべてだった。
「はい、完了しました。こちらが冒険者カードです。なくさないようにしてくださいね」
「ありがとうございます!」
「あとこちらは、新人冒険者のための初期費用を援助していますのでお使いください」
渡されたカードを胸に抱え、ルミナはぱっと顔を輝かせた。お金はユリウスが預かった。初期装備を整えられるくらいの金額である。
「……本当に、冒険者になっちゃった」
「ええ。おめでとうございます、ルミナ様」
ユリウスが穏やかに微笑む。ヴァルガは尻尾を一度だけ大きく振り、ルミナの足元で静かに寄り添った。
ルミナが登録を終え、受け取った冒険者カードを鞄に大事そうにしまっていると、近くでその様子を眺めていた若い冒険者たちがひそひそと笑い合った。
「おい見たか? あの子が新しい冒険者だとよ」
「へぇ、まだ子どもじゃないか。護衛つきで登録なんて随分甘やかされてるな」
くすくすと笑いながら、ひとりの青年が歩み寄ってきた。革の胸当てに片手剣を提げた、二十歳そこそこの冒険者だ。
「お嬢ちゃん、冒険者になったからには力を見せてもらわないとな?」
挑発めいた笑みに、ルミナは思わず後ずさった。だが青年の口調には本気の敵意というより、からかい半分の色が濃い。ギルド内も「また始まったか」と言わんばかりの視線が集まっていた。
「……止めておいたほうがいい」
ユリウスが静かに制止の声をかける。しかし青年は肩をすくめて応じる。
「別に本気じゃねえよ。軽く手合わせするだけさ。冒険者ならこれくらいの洗礼は受けてもらわないとな」
ルミナは緊張で胸を押さえながらも、ふとヴァルガを見た。漆黒の狼は彼女の傍らで尻尾を一振りし、低く喉を鳴らす。まるで「大丈夫だ、やってみろ」と言っているかのようだった。
「……分かった。お願いします」
小さく頭を下げると、青年の目が少し驚きに見開かれる。子どものように見える少女が、逃げるのではなく正面から受けて立ったからだ。
----
模擬戦の場に立つルミナは、片手に短杖を携え、静かに深呼吸をした。
対する冒険者は屈強な体格の男で、模擬戦用の木剣を構えている。
「では――始めっ!」
審判役の合図とともに、冒険者が勢いよく突進してきた。
ルミナはひるまず、杖を軽く振る。
その瞬間、相手の足元に鋭い風が吹き抜け、男の踏み込みをわずかに逸らした。
だが観客の視線はそれだけでは満足しない。
「もっと本気でやれー!」という野次が飛ぶ。
ルミナはちらりと観客を一瞥した。
次の瞬間―― ごうっと轟音を伴い、広場全体に突風が巻き起こる。
砂塵が宙に舞い、髪や衣服を激しく揺さぶる。
突風はやがて渦を巻き、竜巻のように相手を包み込んだ。
冒険者は目を見開き、体がふわりと浮かび上がる。
観衆が息を呑む中、ルミナは両手をすっと下ろした。
竜巻は勢いを緩め、男の体を地面へと優しく下ろす。
無傷のまま立ち尽くした冒険者は、肩で息をしながら叫んだ。
「……っ、参りました!」
次の瞬間、広場はどよめきと歓声に包まれる。
ルミナは少し照れたように笑いながら、風の余韻が漂う空間を見回した。
「見事……」
ユリウスが低く呟き、満足げに微笑んだ。
「ただ力を誇示するのではなく、誰もを納得させる御業でした。――さすがです、ルミナ様」
ルミナはその言葉に頬を赤らめながらも、胸の奥に小さな誇らしさを覚えていた。
模擬戦を終えたルミナは、風の魔法で見せた迫力に観客の視線を集め、少し照れたように笑った。
「お疲れ様でした」とユリウスが声をかけると、ルミナも小さく頷く。
「これで今日の予定は終わり……じゃないよね?」
ユリウスは微笑みながら、街の方へ歩き出す。
二人は王都の街中へ向かう。
市場は活気に満ち、人々の掛け声や店先の匂いが混ざり合う。ルミナはあちこちの露店を覗き込み、つい目を輝かせた。
「見て!こんなにたくさんの野菜がある!」
「今日は明日からの旅に備えて食材を揃えるのです。ある程度の物だけにしましょう」
ユリウスは少し手綱を引くように言うが、ルミナは楽しげに周囲を眺める。
新鮮な野菜や肉、パン、香辛料までを買い込むと、ルミナは小さな巾着袋に収め、ヴァルガは小型化した体でその横をちょこんと歩く。
「ヴァルガの分も買ったよ」
ルミナが小さく微笑むと、ヴァルガも嬉しそうに尻尾を振った。
買い出しを終えた二人は、王都の外れにある宿屋へと向かう。
小道を抜けると、軒先には暖かな明かりが灯り、旅人たちの話し声が響いていた。
「ここに泊まりましょう。明日からの旅に備えて、しっかり休みましょう」
ユリウスは言いながら、入口の扉を押した。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
中に入ると、カウンターの向こうに若い女性の受付係が立っていた。驚いた様子で、ルミナを見る。黒い獣を従えている少女は、街中ではまず見かけない光景だった。
「はい、二人で一部屋お願いします」
ルミナはにこやかに返答する。受付の女性はヴァルガから視線を戻して、すぐに微笑みを戻した。
「かしこまりました。こちらにお名前を……」
ユリウスが代わりに記帳用紙に筆を走らせる。ルミナはそれを横目に、周囲の様子を好奇心いっぱいに見回す。
「お一人様とお連れ様ですので、こちらの二段ベッドのお部屋になります」
受付の女性は鍵を渡しながら説明する。ルミナは小さく頭を下げ、ユリウスと共に部屋へ向かった。
廊下を歩きながら、ヴァルガはぴんと耳を立て、周囲を警戒している。ルミナは優しく撫でると、ヴァルガは小さく鼻を鳴らした。
「今日の疲れは明日に残さないように……」
ユリウスが荷物を整理しながら言うと、ルミナも嬉しそうに頷いた。
夜が更けると、窓の外には満天の星。街の明かりが遠くに光り、森の静けさとは異なる喧騒を感じさせる。
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