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第三十話
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「説明してほしい」
低い声が背後からして、ルミナは振り返った。そこには、フェルディナントが立っていた。寝起きでまだ髪は少し乱れているが、その眼差しは真剣だ。
フェルディナントが起きたとき、ルミナとユリウスは既に起きていて、朝食の準備をしていた。開口一番、説明を求めたフェルディナントにルミナとユリウスは顔を見合わせた。
「えっと、この子はヴァルガです。私たちが寝ている間は外で見張りをしてくれています」
「……!? 何だこの魔獣は! 巨大になっているではないか!」
「こちらが本来の姿で、いつもは周りを驚かせないように小型化してくれているんです」
ルミナがヴァルガの首元に寄り添うと、フェルディナントは首を上下左右に動かしてヴァルガの全体像を把握していた。その姿は、完全に魔獣であり、危険視すべきものなのだが……。ヴァルガは大人しくそこに伏せているだけであった。
「それも含めてだが、昨日のことだ。森に入れば動物は寄ってくるし、食材は傷んでいるどころか、採れたてのように新鮮で、あの風呂や寝床は一体何だ? 遠征の野営とは到底思えなかった。魔道具を使ったのか?」
早口にまくし立てたフェルディナントにルミナは一瞬ぽかんとし、再度ユリウスと顔を見合わせた。
「昨夜ご覧になったのは、すべてルミナ様の力によるものです」
「力……?」
ユリウスが代わりに応え、フェルディナントは怪訝そうに眉をひそめる。
「フェルディナント殿下には知っておいていただかねばなりません」
「ルミナ様、どうぞ」とユリウスが促すと、ルミナは指先に炎を灯した。スイっと指を振ると揃えてあった食器が浮き上がり、カップに入っていた水までもプカプカと宙に浮いていた。トンっと足で地面を鳴らせば、地面が変形し、椅子が出来上がった。
「……その、腰の杖は、飾りか?」
「左様でございます」
フェルディナントが絞り出した言葉を、ユリウスは即座に肯定した。
魔法を使うには魔道具が必要。この世の中の常識だ。それを、目の前の少女は道具を持たず、指先一つで、しかも様々な魔法を操っている。フェルディナントには信じられない光景だった。
「この、特別な力は……まるで聖―――」
フェルディナントが言いかけたとき、ユリウスは自身の口元に人差し指を当て、合図をする。
「おっしゃる通りでございます。しかし、公になれば厄介ごとが舞い込んでくることが予想されます。ルミナ様も育ての親であるノエル殿下もそれを望んでおりません。そしてそれを国王は容認なさいました」
数百年ぶりの聖女の誕生。本来であれば囲って国のためにその力を使わせるところだろう。しかし国王はそれをせず、少女の意思を尊重した。それが何を意図するのか、フェルディナントには図りかねた。そして彼女の旅に自身を同行させたのは、国のためなる者か、それとも仇なす者か、見極めろと言うことなのだろうか……。
「確かに、国の重要人物だな」
フェルディナントはゆっくりと息を吐いた。
目の前で炎が揺れ、土が形を成し、水が宙を漂った光景が、まだ脳裏から離れない。
「国の重要人物」という言葉は、ようやく現実として腹に落ち始めていた。
ユリウスが淡く微笑む。
「そのご理解だけで十分でございます、殿下」
「……昨日からずっと思っていたが、どうして貴殿はそのように平然としていられる?」
フェルディナントは思わず問いかけていた。
「目の前で法則がねじ曲がっているのだぞ? 常識とは何だったのかと疑いたくなるほどだ」
ユリウスは少しだけ視線を伏せ、柔らかく答えた。
「私は、ルミナ様が小さかった頃から、ずっと傍でその力を見てきましたので」
「……そうか」
フェルディナントは納得したように、自分の髪をかき上げた。
その動作には、混乱を押し込めようとする必死さが滲んでいた。
ルミナは困ったように笑って言う。
「私にとっては、普通のことなのですが……フェル様、やっぱり驚きますよね?」
「驚くに決まっているだろう!」
つい声が大きくなり、フェルディナントは慌てて咳払いした。
「……いや、すまない。責めているわけではない。
ただ……その……今日だけで十年分は驚かされたような気がしているだけだ」
「ふふっ、申し訳ありません」
悪気なく笑うルミナに、フェルディナントは一瞬だけ視線を逸らした。
その耳が僅かに赤くなっていることに、ルミナは気付かない。
ユリウスが穏やかに告げる。
「さあ、そろそろ仕度を整えましょう。村までの道のりはまだありますので」
「そうだった!」
ルミナはぱたぱたと荷物をまとめに行く。
フェルディナントはその小さな背中を見つめながら、ぽつりとこぼした。
「……理解していたつもりだったが、実際に見るのと聞くのとでは天地の差だな。
確かに……国の重要人物だ」
その言葉には、昨夜までの懐疑はもうなかった。
代わりに芽生えたのは、王族として、騎士として――
そして何より、一人の人間としての覚悟だった。
「ユリウス」
「はい、フェル様」
「彼女の力は、国にとって祝福であり……同時に、危険を呼び寄せるものであると理解してよいか?」
ユリウスは静かに頷く。
「ええ。だからこそ、彼女の意思を尊重しつつ、守らねばなりません。
――私たちの手で」
「……分かった」
フェルディナントは目を閉じ、深く息を吸った。
朝の冷たい空気は、ぴんと張り詰めた気持ちを引き締めてくれる。
彼はゆっくりと瞼を上げ、ルミナの背中へと視線を向けた。
その瞳には、昨夜までなかったある種の“決意”が宿っていた。
「国王としての父上が、なぜ彼女に干渉せず、自由を与えたのか……
――その答えを、この旅で見極めるとしよう」
柔らかな朝日が差し込み、黒き魔獣ヴァルガのたてがみを照らす。
その隣でルミナは笑顔で振り返り、手を振った。
「フェル様、ご飯できましたよ!」
フェルディナントはかすかに微笑んだ。
「……ああ。今行く」
その一歩は、彼にとって“任務の始まり”であると同時に――
ルミナと共に歩む、まだ見ぬ旅路の第一歩でもあった。
低い声が背後からして、ルミナは振り返った。そこには、フェルディナントが立っていた。寝起きでまだ髪は少し乱れているが、その眼差しは真剣だ。
フェルディナントが起きたとき、ルミナとユリウスは既に起きていて、朝食の準備をしていた。開口一番、説明を求めたフェルディナントにルミナとユリウスは顔を見合わせた。
「えっと、この子はヴァルガです。私たちが寝ている間は外で見張りをしてくれています」
「……!? 何だこの魔獣は! 巨大になっているではないか!」
「こちらが本来の姿で、いつもは周りを驚かせないように小型化してくれているんです」
ルミナがヴァルガの首元に寄り添うと、フェルディナントは首を上下左右に動かしてヴァルガの全体像を把握していた。その姿は、完全に魔獣であり、危険視すべきものなのだが……。ヴァルガは大人しくそこに伏せているだけであった。
「それも含めてだが、昨日のことだ。森に入れば動物は寄ってくるし、食材は傷んでいるどころか、採れたてのように新鮮で、あの風呂や寝床は一体何だ? 遠征の野営とは到底思えなかった。魔道具を使ったのか?」
早口にまくし立てたフェルディナントにルミナは一瞬ぽかんとし、再度ユリウスと顔を見合わせた。
「昨夜ご覧になったのは、すべてルミナ様の力によるものです」
「力……?」
ユリウスが代わりに応え、フェルディナントは怪訝そうに眉をひそめる。
「フェルディナント殿下には知っておいていただかねばなりません」
「ルミナ様、どうぞ」とユリウスが促すと、ルミナは指先に炎を灯した。スイっと指を振ると揃えてあった食器が浮き上がり、カップに入っていた水までもプカプカと宙に浮いていた。トンっと足で地面を鳴らせば、地面が変形し、椅子が出来上がった。
「……その、腰の杖は、飾りか?」
「左様でございます」
フェルディナントが絞り出した言葉を、ユリウスは即座に肯定した。
魔法を使うには魔道具が必要。この世の中の常識だ。それを、目の前の少女は道具を持たず、指先一つで、しかも様々な魔法を操っている。フェルディナントには信じられない光景だった。
「この、特別な力は……まるで聖―――」
フェルディナントが言いかけたとき、ユリウスは自身の口元に人差し指を当て、合図をする。
「おっしゃる通りでございます。しかし、公になれば厄介ごとが舞い込んでくることが予想されます。ルミナ様も育ての親であるノエル殿下もそれを望んでおりません。そしてそれを国王は容認なさいました」
数百年ぶりの聖女の誕生。本来であれば囲って国のためにその力を使わせるところだろう。しかし国王はそれをせず、少女の意思を尊重した。それが何を意図するのか、フェルディナントには図りかねた。そして彼女の旅に自身を同行させたのは、国のためなる者か、それとも仇なす者か、見極めろと言うことなのだろうか……。
「確かに、国の重要人物だな」
フェルディナントはゆっくりと息を吐いた。
目の前で炎が揺れ、土が形を成し、水が宙を漂った光景が、まだ脳裏から離れない。
「国の重要人物」という言葉は、ようやく現実として腹に落ち始めていた。
ユリウスが淡く微笑む。
「そのご理解だけで十分でございます、殿下」
「……昨日からずっと思っていたが、どうして貴殿はそのように平然としていられる?」
フェルディナントは思わず問いかけていた。
「目の前で法則がねじ曲がっているのだぞ? 常識とは何だったのかと疑いたくなるほどだ」
ユリウスは少しだけ視線を伏せ、柔らかく答えた。
「私は、ルミナ様が小さかった頃から、ずっと傍でその力を見てきましたので」
「……そうか」
フェルディナントは納得したように、自分の髪をかき上げた。
その動作には、混乱を押し込めようとする必死さが滲んでいた。
ルミナは困ったように笑って言う。
「私にとっては、普通のことなのですが……フェル様、やっぱり驚きますよね?」
「驚くに決まっているだろう!」
つい声が大きくなり、フェルディナントは慌てて咳払いした。
「……いや、すまない。責めているわけではない。
ただ……その……今日だけで十年分は驚かされたような気がしているだけだ」
「ふふっ、申し訳ありません」
悪気なく笑うルミナに、フェルディナントは一瞬だけ視線を逸らした。
その耳が僅かに赤くなっていることに、ルミナは気付かない。
ユリウスが穏やかに告げる。
「さあ、そろそろ仕度を整えましょう。村までの道のりはまだありますので」
「そうだった!」
ルミナはぱたぱたと荷物をまとめに行く。
フェルディナントはその小さな背中を見つめながら、ぽつりとこぼした。
「……理解していたつもりだったが、実際に見るのと聞くのとでは天地の差だな。
確かに……国の重要人物だ」
その言葉には、昨夜までの懐疑はもうなかった。
代わりに芽生えたのは、王族として、騎士として――
そして何より、一人の人間としての覚悟だった。
「ユリウス」
「はい、フェル様」
「彼女の力は、国にとって祝福であり……同時に、危険を呼び寄せるものであると理解してよいか?」
ユリウスは静かに頷く。
「ええ。だからこそ、彼女の意思を尊重しつつ、守らねばなりません。
――私たちの手で」
「……分かった」
フェルディナントは目を閉じ、深く息を吸った。
朝の冷たい空気は、ぴんと張り詰めた気持ちを引き締めてくれる。
彼はゆっくりと瞼を上げ、ルミナの背中へと視線を向けた。
その瞳には、昨夜までなかったある種の“決意”が宿っていた。
「国王としての父上が、なぜ彼女に干渉せず、自由を与えたのか……
――その答えを、この旅で見極めるとしよう」
柔らかな朝日が差し込み、黒き魔獣ヴァルガのたてがみを照らす。
その隣でルミナは笑顔で振り返り、手を振った。
「フェル様、ご飯できましたよ!」
フェルディナントはかすかに微笑んだ。
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