魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん

羽鳥くらら

文字の大きさ
55 / 246
【第3話】親交を深める鍋パーティー

【3-19】

しおりを挟む
「えっ、そんなことが出来るんですか……!?」

 ジルの中から魔王の魂の欠片を抜けるのならば、彼は再び普通の人間に戻れるのでは? そう考えてそわそわしてしまう僕のテンションを鎮めるかのように、マティ様は片手を翳してきた。ストップ、またはステイ、ということだろうか。

「可能か不可能かを含め、信頼できる者の手を借りて研究を進めている。魔王制度を撤廃しようとするのは、ある意味では反逆行為にあたるから、秘密裏に推し進めねばならない。ミカは他の人間と関わる機会が少ないだろうが、くれぐれも他言無用で頼む」
「はい、承知しました」
「うむ。……それに、魔王の魂の欠片を取り出して封印できたとしても、それがジルのためになるかどうかは分からぬのだ」

 喜ばしくて膨らんでいた心が、一気に萎んだような気がした。それは、次に続くマティ様の言葉を無意識に予想して、不安になったからかもしれない。
 伏し目がちのマティ様は、静かに先を続けた。

「魔王の魂を取り出すことで元のジルに戻れたとして、既に八十年を生きた肉体が急速に衰えて死に至る可能性もある。そもそも、既にジルの命が魔王の魂に喰らわれていたとしたら、魂の欠片を抜いた瞬間に死ぬかもしれぬ」
「そんな……」
「無論、そうではない可能性もある。魔王の魂の欠片に乗っ取られて止まっていた時間が動き出し、人生を全う出来るかもしれない。……ただ、おそらくは、その可能性は低いのだ」

 そう言って、マティ様は項垂れる。この五年、彼は必死に研究したんだろう。それを踏まえての言葉だと思えば、とても重い。

「──しかし、それでも。……仮にすぐに死んでしまうとしても、暴走する前に魔王の魂を取ってやりたいと、私は思うのだ。きっと、ジルもそれを願うだろう」
「……なぜですか?」
「暴走したジルは、真っ先にそなたを殺す。彼はきっと、それに耐えられない」

 言葉に詰まった。咄嗟に返事も反応も出来ない。呼吸も止まってしまったのではないかと思うほど、息苦しい。口の中に謎の苦味が沁みていった。

「暴走状態の魔王は、手近な者を手にかける。代々、魔王の城では異世界の者を侍らせているが、彼らは暴走した際の第一の被害者となるのだ。最低でも一人は異世界の者を傍で召し抱えよという契約は、このときのためにある」
「……、……魔王が暴走したとき、すぐに殺せる対象を傍に置いておきたい、から……ですか?」
「左様。湧き上がった殺戮への衝動を手近にぶつけられなければ、魔王はすぐさま手近な村や町を襲うだろうと、古の王たちは考えたんだろうな。数人殺したところで魔王の破壊欲が鎮まるとは思えぬが……、まぁ、そういうことだ。実に忌々しい考え方だ」

 やはり、なんと答えればいいのか分からない。ぐるぐると考えを巡らせる中、ふと心配になったことを尋ねてみる。

「カミュは……、魔の者は、大丈夫なんですか?その……、魔王が暴走したときは……」
「ああ。悪魔は問題ない。かつての大魔王であれば拮抗していたかもしれないが、能力が七等分されたうちの一人の魔王など、彼のような上級の悪魔が負けるはずもない、との言い伝えだ。実際、あの悪魔は代々の魔王の暴走を傍で見届けている。ジルが殺そうとしても出来ないだろうな。そもそも不老不死のようであるし、死にたくとも死ねないのではないか」
「そう、かもしれません。……それに引替え、僕なんて一撃で殺されてしまうんでしょうね」

 魔力を持たない僕が魔王に抵抗する術なんか、無い。何らかの手段があったとしても、僕はきっと抵抗できない気がする。
 対するジルは、暴走してしまえば自我が伴わず、魔王の魂の本能に唆されて、僕を一瞬で殺すのだろう。──でも、もしも、暴走の狭間に自意識が戻ってしまったとしたら? 自らの手で僕を殺したと知ったジルは、どんなに苦しむだろう。そして、それを間近で見守っているカミュも、どれだけ悲しむだろう。
 いつか殺してしまう相手である可能性が高いと知りながら、それでも僕に温かく接してくれる彼らは、優しすぎるんだ。そして、そんな優しい彼らが生きるには、この世界は残酷すぎる。

「ミ、ミカ……、その、ミカ……」

 狼狽えた声で名前を呼びながら、マティ様は僕の顔へ手を伸ばそうとして、けれでも引っ込め、再び伸ばし……という行為を繰り返す。その仕草の意図を探っているうちに、僕は自分がいつしか涙を流していたことに気がついた。

「私はどうも言葉が冷たいらしいというのは自分でも分かっておるのだが、決してそなたを虐めたいわけではなくてだな……」
「はい、分かっています、マティ様」

 この人は不器用なだけで、とても誠実だということは分かっている。言葉がまっすぐすぎて、相手の地雷をピンポイントに打ち抜いてしまうこともあるけれど、思いやりのある人なんだということも分かっている。

「すみません、マティ様。ちょっと感情が昂ぶってしまっただけで……、すぐに落ち着きますから」

 そう言って作り笑いを浮かべつつ、僕はズボンのポケットの中を探った。カミュお手製のハンカチを取り出すと同時に、ジルから貰った小さなベルがポケットから落ちてしまう。あっ、と思って慌てて手を伸ばしても間に合わない。
 床に落ちたベルは割れはしなかったけれど、チリンチリンとカランカランの中間みたいな音が鳴った。……音が鳴った? これって、もしかして、まずいのでは──、

 そんな予感がした、次の瞬間。僕とマティ様の椅子の中間あたりに凄まじい殺気を感じたかと思いきや、いつの間にかジルが立っていた。まるで手品のように、唐突に。いや、魔法なのかな? ……なんて悠長に考える間も無く、魔王は怒りで血走らせた黒眼で王子様を睨み下ろし、唸るような怒号を発した。

「ミカを決して傷つけるなと言っただろうが! マティアス!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...