56 / 246
【第3話】親交を深める鍋パーティー
【3-20】
しおりを挟む
「……」
「おい、何とか言ったらどうなんだ、マティアス!」
何も答えないマティ様に、ジルは怒りを募らせていくようだった。どうして何も言い返さないんだろうとオロオロしながら、こっそり涙を拭っていると、マティ様は落ち着いた様子で唇を開く。
「……私が話している途中でミカが泣いたのは、事実だ」
「つまり、お前が泣かせたんだな?」
「まぁ、そう捉えられても致し方あるまい」
いやいや、致し方あるから!
その言い方では、誤解を招いてしまう。マティ様は真面目だからこそ、事実を事実として語り、その原因が自分にあると思い、責められても良いと考えているんだろうけど、それは違う。
訂正の言葉を挟もうとした途端、奇妙な風が吹き荒れ、今度はカミュが唐突に現れた。僕と王子様を挟む形で魔王と対角線上に出現した悪魔は、美しい瞳に憤りを滾らせている。
「ミカさんの頬に、涙の跡が残っております。マティアス様、これはどういうことでしょうか」
「私の話を聞いている途中で、彼は涙を流したのだ」
「それほどまでに酷い内容のお言葉をぶつけられたのですか」
「そうなるのだろうな」
「……ッ」
カミュの眉がつり上がり、黒い翼がバサリと唸った。ジルの肩も怒りで震えている。マティ様は相変わらずの無表情で押し黙ったままだ。
ああ、これはまずい。早く誤解をとかなければ、大変なことになってしまう。
「ち、違うから!」
重苦しく冷えきった空気に抗うべく、上擦りながらも大きめの声を出した僕に、三対の視線が突き刺さる。
「マティ様は何も悪くないよ。僕を責めるようなことは何も言われていないし、ただ事実を教えてくれただけ。酷いのはマティ様じゃなくて、……この世界だよ」
その言葉で、ジルもカミュも納得してくれたらしい。憤怒のオーラを瞬時に引っ込めてくれる。そして、彼らはどこか痛ましげに僕を見下ろしてきた。
──ジルも、カミュも、きっと察したんだろう。僕が魔王の暴走時のことを、つまり、自分がいずれ殺される立場にある異世界人だと知ってしまったということを。
確かに、ショックじゃないと言えば嘘になる。殺されるのが怖くないわけじゃない。でも、それ以上に、僕を殺してしまった後の彼らがどうなってしまうのか、それが一番気がかりであり、恐ろしかった。
でも、今はまだ、その話は置いておきたい。彼らと話し合うにしても、少し一人で考えてからにしたい。──だから、僕は笑ってみせた。
「心配かけて、ごめんね。つい泣いちゃったから、涙を拭こうと思ってハンカチを出したら、ジルにもらった御守も一緒に出て落ちちゃったんだ。だから、そんなつもりはないのに鳴っちゃって……、でも、それだけなんだ」
「……。……そうか、それならいい」
ジルはうっすらと微笑んで、僕の頭を撫でる。そして彼は、マティ様へ軽く頭を下げた。
「誤解をしていたようだ。すまなかった」
「私も、とんだご無礼を申しました。申し訳ございません」
ジルに続いて、カミュは主の何倍も深々と頭を下げる。マティ様はふんぞり返ることも憤慨することもなく、静かに首を振った。そして、場の空気を和らげるように、落ち着いた口調で話す。
「いや、私がミカに負担をかけたのは事実だろう。……今日はこのあたりにしておく。平静を装っているが、ミカはだいぶ傷心していらるはずだ。真面目な話は次回にでも持ち越して、今日はもう彼を喜ばせてあげたほうがいい。今日届けたのは、ミカのためのものだろう?」
「えっ……?」
確かに、マティ様が何を運んできてくれるのか、楽しみではあった。キカさんからは入手できない食材が色々あると、ジルとカミュの話からも、マリオさんの書き置きからも知っていたから。特に、チーズに相当する食材に期待していたりする。チーズがあるだけで、料理にかなり幅が出るからね。
でも、それらは僕のためというより、ジルのためという部分のほうがウエイトが大きいはずだ。そもそも、マティ様がわざわざ自ら様子を見にきて物資を届けてくれるのは、恩人であるジルを想ってのことなんだから。
「ホラマロバ王国の食材をお願いしていたのです。もしかしたらミカさんがお好きなのでは、と思って」
サプライズを企画してニヤニヤしている子どものように無邪気な表情で、カミュが説明してくれる。ホラマロバ王国って、確かキカさんが帰り際に言ってたところかな……? 和食に近い雰囲気と思われる郷土料理が特徴的、という感じだったような。
「本当にミカが好きなものなのか? 仕入れてはみたが、私には何が何だか分からぬものばかりだったぞ。薄切りの肉は『肉だな』とは思ったが」
「どうだろうな。……だが、俺が調べたところ、ミカが生まれ育った場所の料理と近しいものがある、ような、ないような」
ジルが調べたというよりも、キカさんが話しているのをこっそり立ち聞きして覚えていたんだろうけど、それをマティ様に言うわけにいかないんだもんね。
「僕、見てみたいです。マティ様がお持ちくださった品々を」
「うむ。いいだろう。ついてきたまえ!」
あえてマティ様に向けて言うと、王子様は心なしか得意気に口角を上げて立ち上がり、手にした杖を優雅に振って入口の扉を指し示したのだった。
「おい、何とか言ったらどうなんだ、マティアス!」
何も答えないマティ様に、ジルは怒りを募らせていくようだった。どうして何も言い返さないんだろうとオロオロしながら、こっそり涙を拭っていると、マティ様は落ち着いた様子で唇を開く。
「……私が話している途中でミカが泣いたのは、事実だ」
「つまり、お前が泣かせたんだな?」
「まぁ、そう捉えられても致し方あるまい」
いやいや、致し方あるから!
その言い方では、誤解を招いてしまう。マティ様は真面目だからこそ、事実を事実として語り、その原因が自分にあると思い、責められても良いと考えているんだろうけど、それは違う。
訂正の言葉を挟もうとした途端、奇妙な風が吹き荒れ、今度はカミュが唐突に現れた。僕と王子様を挟む形で魔王と対角線上に出現した悪魔は、美しい瞳に憤りを滾らせている。
「ミカさんの頬に、涙の跡が残っております。マティアス様、これはどういうことでしょうか」
「私の話を聞いている途中で、彼は涙を流したのだ」
「それほどまでに酷い内容のお言葉をぶつけられたのですか」
「そうなるのだろうな」
「……ッ」
カミュの眉がつり上がり、黒い翼がバサリと唸った。ジルの肩も怒りで震えている。マティ様は相変わらずの無表情で押し黙ったままだ。
ああ、これはまずい。早く誤解をとかなければ、大変なことになってしまう。
「ち、違うから!」
重苦しく冷えきった空気に抗うべく、上擦りながらも大きめの声を出した僕に、三対の視線が突き刺さる。
「マティ様は何も悪くないよ。僕を責めるようなことは何も言われていないし、ただ事実を教えてくれただけ。酷いのはマティ様じゃなくて、……この世界だよ」
その言葉で、ジルもカミュも納得してくれたらしい。憤怒のオーラを瞬時に引っ込めてくれる。そして、彼らはどこか痛ましげに僕を見下ろしてきた。
──ジルも、カミュも、きっと察したんだろう。僕が魔王の暴走時のことを、つまり、自分がいずれ殺される立場にある異世界人だと知ってしまったということを。
確かに、ショックじゃないと言えば嘘になる。殺されるのが怖くないわけじゃない。でも、それ以上に、僕を殺してしまった後の彼らがどうなってしまうのか、それが一番気がかりであり、恐ろしかった。
でも、今はまだ、その話は置いておきたい。彼らと話し合うにしても、少し一人で考えてからにしたい。──だから、僕は笑ってみせた。
「心配かけて、ごめんね。つい泣いちゃったから、涙を拭こうと思ってハンカチを出したら、ジルにもらった御守も一緒に出て落ちちゃったんだ。だから、そんなつもりはないのに鳴っちゃって……、でも、それだけなんだ」
「……。……そうか、それならいい」
ジルはうっすらと微笑んで、僕の頭を撫でる。そして彼は、マティ様へ軽く頭を下げた。
「誤解をしていたようだ。すまなかった」
「私も、とんだご無礼を申しました。申し訳ございません」
ジルに続いて、カミュは主の何倍も深々と頭を下げる。マティ様はふんぞり返ることも憤慨することもなく、静かに首を振った。そして、場の空気を和らげるように、落ち着いた口調で話す。
「いや、私がミカに負担をかけたのは事実だろう。……今日はこのあたりにしておく。平静を装っているが、ミカはだいぶ傷心していらるはずだ。真面目な話は次回にでも持ち越して、今日はもう彼を喜ばせてあげたほうがいい。今日届けたのは、ミカのためのものだろう?」
「えっ……?」
確かに、マティ様が何を運んできてくれるのか、楽しみではあった。キカさんからは入手できない食材が色々あると、ジルとカミュの話からも、マリオさんの書き置きからも知っていたから。特に、チーズに相当する食材に期待していたりする。チーズがあるだけで、料理にかなり幅が出るからね。
でも、それらは僕のためというより、ジルのためという部分のほうがウエイトが大きいはずだ。そもそも、マティ様がわざわざ自ら様子を見にきて物資を届けてくれるのは、恩人であるジルを想ってのことなんだから。
「ホラマロバ王国の食材をお願いしていたのです。もしかしたらミカさんがお好きなのでは、と思って」
サプライズを企画してニヤニヤしている子どものように無邪気な表情で、カミュが説明してくれる。ホラマロバ王国って、確かキカさんが帰り際に言ってたところかな……? 和食に近い雰囲気と思われる郷土料理が特徴的、という感じだったような。
「本当にミカが好きなものなのか? 仕入れてはみたが、私には何が何だか分からぬものばかりだったぞ。薄切りの肉は『肉だな』とは思ったが」
「どうだろうな。……だが、俺が調べたところ、ミカが生まれ育った場所の料理と近しいものがある、ような、ないような」
ジルが調べたというよりも、キカさんが話しているのをこっそり立ち聞きして覚えていたんだろうけど、それをマティ様に言うわけにいかないんだもんね。
「僕、見てみたいです。マティ様がお持ちくださった品々を」
「うむ。いいだろう。ついてきたまえ!」
あえてマティ様に向けて言うと、王子様は心なしか得意気に口角を上げて立ち上がり、手にした杖を優雅に振って入口の扉を指し示したのだった。
2
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~
チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!?
魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで!
心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく--
美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』
恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。
戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。
だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】
導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる