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【第5話】君に捧げるフレンチトースト
【5-26】
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「アビーさんは、そのときのことは、その……平気だったのかな?」
「ええ。彼女曰く、怪我も魔法ですぐに治療できましたし、それで何も問題が無いと。それよりも問題なのは、ジル様と私だと。物凄い勢いで怒鳴られました」
そこでカミュは数回咳払いをして、唐突にカッと目を見開いた。
「アンタたち、いい加減にしな! そうやっていじけていれば事態が好転するとでも思ってるのかい! ジルは魔王なんだから、もっと堂々としな! 殺戮の現場を見たくらいのことで、魔王が半泣きになってんじゃないよ! 情けないねぇ! そんな陰気くさい面構えだから人間にナメられるんだ! カミュはカミュで、もっと怒りを抑え込む訓練をしな! あの程度で激昂してるようじゃ駄目だ! 誇り高い悪魔なら、あんな俗物なんか高貴に微笑んでいなしてやんな!」
「……」
「……と、アビーさんに叱られたのです」
驚いて呆けている僕に対し、少し照れくさそうに言ってから、カミュは表情と口調を改める。
「目が覚める思いでした。それからジル様は魔王の立場と役割への理解を深めつつ、人間へ苦痛を与えずに済む道を探り始めました。そして、私も自身の怒りの衝動を軽減できるように、精神を鍛え始めました。──そうこうしているうちに、私の性格は人間たちに寄り添えるものになっていったと思います」
「うん。カミュはいつも優しくて、穏やかで、でも無理をしている様子もなくて、すごいなって思っているよ」
「いいえ、そんな大層な者ではないのです。……だからこそ、今日のようなことが起きてしまいました。……ミカさんが止めてくださらなければ、私はきっと彼女たちに惨い苦痛を与えていました。ミカさんの目の前で、ミカさんが会話を交わして心を寄せていた相手を、です。……私は結局、どうしたって悪魔なのです。魔の者である自分自身が、私は大嫌いです」
カミュは唇を閉ざし、項垂れる。せっかく少し戻りかけていた元気が、また萎んでしまったみたいだ。僕はカミュのフォークを取り、フレンチトーストを一口分掬い、彼の口の前へ差し出した。
「ミカさん……?」
「食べて」
カミュは少し躊躇った後、おとなしくフレンチトーストを食べてくれる。おやつを口に含んだ瞬間、彼の表情がふわっと和らいだ。心に隙間が空いてくれたのかな。そう思った僕は、カミュと目を合わせて言った。
「僕は、カミュのことが大好きだよ。ジルも同じだと思う。カミュが自分のことを嫌いでも、僕はカミュのことが好きだよ」
「ミカさん……」
「僕だって、自分の嫌いな部分って色々とあるよ。僕なんか、僕なんて、って何度思ったか知らない。でも、そんな僕を、カミュもジルも大切にしてくれるよね。それと同じだよ。完璧な人格なんて、きっと無いんだ」
「……皆、同じ?」
「そうだよ。それに、アビーさんに叱られる前のカミュだったら、イラさんのこともリュリちゃんのことも、すぐに殺しちゃったんじゃないかな。だから、君だって成長しているんだよ。……僕が偉そうに言えることじゃないけどね」
「いいえ。……いいえ、ありがとうございます」
カミュは穏やかに首を振り、微笑んでくれた。その顔にはもう、憂いは無かった。どこかスッキリした様子で笑いながら、美しい悪魔は軽く頭を下げてくる。
「ありがとうございます、ミカさん。こうしてお話していただけたことで、大切なことを思い出せました。塞ぎ込んでいても、事態は好転しません。今日は失敗してしまいましたが、最悪の結末は避けられました。しっかりと反省はいたしますが、より成長できるよう、前を向いていこうと思います」
「うん、その意気だよ!」
カミュが元気になってくれたことが嬉しくて、僕も思わず笑顔になってしまう。カミュも、いつも通りの微笑を返してくれた。
「ミカさん。貴方も、この世界に来てくださったあの日から、随分と成長されましたね。攫われた先でも、この城に帰りたいと自然に考えてくださったことも、とても嬉しかったです」
「僕が成長できているとしたら、それはカミュとジルのおかげだよ」
「ありがとうございます。……何をしても、どんな手段であろうとも、必ずお守りいたしますからね」
「……え?」
カミュが小声で呟いていた言葉が何やら不穏な雰囲気を孕んでいたような気がしたけれど、当の本人はフォークを手に取り、幸せそうにフレンチトーストを食べ始める。
「本当に美味しいです。こんなに美味しいものを、ジル様を差し置いていただいてしまってよいのでしょうか」
「いいんだよ。今日のおやつは、カミュのために作ったんだから。それは、感謝と励ましの意味を込めて、君に捧げるフレンチトーストなんだ」
「ありがとうございます。ミカさんの気持ちを感じられる、幸せで優しい味がします。絶対に忘れられないおやつになりました」
そう言っておやつを食べているカミュは、本当に幸せそうな顔をしていた。紅い瞳が輝いているのを見て、僕も嬉しくなる。──リュリちゃんも、イラさんに無事にフレンチトーストを作ってあげられたらいいな。
今日の出来事のあれもこれも、何が正しくて、何が間違っていたのか、明確な答えが出せているわけじゃない。今後も、同じ間違いをしてしまったり、同じ悩み方をしてしまうこともあるかもしれない。
それでも、過去には戻れないし、明日へ向かって進んでいくしかない。その先に待つ結末が何だったとしても、一日一日を大切に、信じ合える人たちを大事にして生きていくしかないんだ。
──願わくば、僕の大切な人たちが迎える明日が、幸福なものでありますように。
心の中でそっと願いながら、僕もカミュと一緒におやつをつついた。
--------------------------------------------------
第5話はここまでとなります。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
よろしければ、ご感想などいただけると励みになります。
次話からも引き続きお付き合いいただけますと、とても嬉しいです!
「ええ。彼女曰く、怪我も魔法ですぐに治療できましたし、それで何も問題が無いと。それよりも問題なのは、ジル様と私だと。物凄い勢いで怒鳴られました」
そこでカミュは数回咳払いをして、唐突にカッと目を見開いた。
「アンタたち、いい加減にしな! そうやっていじけていれば事態が好転するとでも思ってるのかい! ジルは魔王なんだから、もっと堂々としな! 殺戮の現場を見たくらいのことで、魔王が半泣きになってんじゃないよ! 情けないねぇ! そんな陰気くさい面構えだから人間にナメられるんだ! カミュはカミュで、もっと怒りを抑え込む訓練をしな! あの程度で激昂してるようじゃ駄目だ! 誇り高い悪魔なら、あんな俗物なんか高貴に微笑んでいなしてやんな!」
「……」
「……と、アビーさんに叱られたのです」
驚いて呆けている僕に対し、少し照れくさそうに言ってから、カミュは表情と口調を改める。
「目が覚める思いでした。それからジル様は魔王の立場と役割への理解を深めつつ、人間へ苦痛を与えずに済む道を探り始めました。そして、私も自身の怒りの衝動を軽減できるように、精神を鍛え始めました。──そうこうしているうちに、私の性格は人間たちに寄り添えるものになっていったと思います」
「うん。カミュはいつも優しくて、穏やかで、でも無理をしている様子もなくて、すごいなって思っているよ」
「いいえ、そんな大層な者ではないのです。……だからこそ、今日のようなことが起きてしまいました。……ミカさんが止めてくださらなければ、私はきっと彼女たちに惨い苦痛を与えていました。ミカさんの目の前で、ミカさんが会話を交わして心を寄せていた相手を、です。……私は結局、どうしたって悪魔なのです。魔の者である自分自身が、私は大嫌いです」
カミュは唇を閉ざし、項垂れる。せっかく少し戻りかけていた元気が、また萎んでしまったみたいだ。僕はカミュのフォークを取り、フレンチトーストを一口分掬い、彼の口の前へ差し出した。
「ミカさん……?」
「食べて」
カミュは少し躊躇った後、おとなしくフレンチトーストを食べてくれる。おやつを口に含んだ瞬間、彼の表情がふわっと和らいだ。心に隙間が空いてくれたのかな。そう思った僕は、カミュと目を合わせて言った。
「僕は、カミュのことが大好きだよ。ジルも同じだと思う。カミュが自分のことを嫌いでも、僕はカミュのことが好きだよ」
「ミカさん……」
「僕だって、自分の嫌いな部分って色々とあるよ。僕なんか、僕なんて、って何度思ったか知らない。でも、そんな僕を、カミュもジルも大切にしてくれるよね。それと同じだよ。完璧な人格なんて、きっと無いんだ」
「……皆、同じ?」
「そうだよ。それに、アビーさんに叱られる前のカミュだったら、イラさんのこともリュリちゃんのことも、すぐに殺しちゃったんじゃないかな。だから、君だって成長しているんだよ。……僕が偉そうに言えることじゃないけどね」
「いいえ。……いいえ、ありがとうございます」
カミュは穏やかに首を振り、微笑んでくれた。その顔にはもう、憂いは無かった。どこかスッキリした様子で笑いながら、美しい悪魔は軽く頭を下げてくる。
「ありがとうございます、ミカさん。こうしてお話していただけたことで、大切なことを思い出せました。塞ぎ込んでいても、事態は好転しません。今日は失敗してしまいましたが、最悪の結末は避けられました。しっかりと反省はいたしますが、より成長できるよう、前を向いていこうと思います」
「うん、その意気だよ!」
カミュが元気になってくれたことが嬉しくて、僕も思わず笑顔になってしまう。カミュも、いつも通りの微笑を返してくれた。
「ミカさん。貴方も、この世界に来てくださったあの日から、随分と成長されましたね。攫われた先でも、この城に帰りたいと自然に考えてくださったことも、とても嬉しかったです」
「僕が成長できているとしたら、それはカミュとジルのおかげだよ」
「ありがとうございます。……何をしても、どんな手段であろうとも、必ずお守りいたしますからね」
「……え?」
カミュが小声で呟いていた言葉が何やら不穏な雰囲気を孕んでいたような気がしたけれど、当の本人はフォークを手に取り、幸せそうにフレンチトーストを食べ始める。
「本当に美味しいです。こんなに美味しいものを、ジル様を差し置いていただいてしまってよいのでしょうか」
「いいんだよ。今日のおやつは、カミュのために作ったんだから。それは、感謝と励ましの意味を込めて、君に捧げるフレンチトーストなんだ」
「ありがとうございます。ミカさんの気持ちを感じられる、幸せで優しい味がします。絶対に忘れられないおやつになりました」
そう言っておやつを食べているカミュは、本当に幸せそうな顔をしていた。紅い瞳が輝いているのを見て、僕も嬉しくなる。──リュリちゃんも、イラさんに無事にフレンチトーストを作ってあげられたらいいな。
今日の出来事のあれもこれも、何が正しくて、何が間違っていたのか、明確な答えが出せているわけじゃない。今後も、同じ間違いをしてしまったり、同じ悩み方をしてしまうこともあるかもしれない。
それでも、過去には戻れないし、明日へ向かって進んでいくしかない。その先に待つ結末が何だったとしても、一日一日を大切に、信じ合える人たちを大事にして生きていくしかないんだ。
──願わくば、僕の大切な人たちが迎える明日が、幸福なものでありますように。
心の中でそっと願いながら、僕もカミュと一緒におやつをつついた。
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ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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