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【第8話】優しさが溶け込むフルーツフラッペ
【8-1】
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第八星図期間の半ばは、プレカシオン王国の一年を通して一番暑い時期だ。湿気はさほどでもないが、気温がグンと上がり、日差しが容赦ない強さで降り注ぎ、喉が渇きやすい。
それは日が昇ったばかりの早朝でも同じであり、魔王ジルベールは城の最上階にある私室から外を見渡しつつ、額にうっすらと滲んでいる汗を拭った。魔法で室内を涼しくすることは可能だが、この程度であれば、そのまま過ごすほうが心地よい。ただの宿屋の息子だったとき、汗を流して働くことが好きだったから、その名残かもしれない。
朝食の支度を終えたミカがここへ声を掛けに来てくれることを待ってはいるが、ジルベール自身は魔王の体質ゆえかさほど睡眠時間を必要としないため、日の出と共に起床している。そして、注意深く城外の様子を観察することにしていた。
傍目からは呆然と外を眺めているだけのように見えるかもしれないが、魔王の目は集中すればかなり遠くの様子まで「視る」ことが出来る。ジルベールは、私室から視察可能な範囲で魔獣の暴走種が生まれていないか確認することを、毎朝の日課としていた。
魔王になって八十年が経ち、流石に魔王である己を受け入れているジルベールだが、自身に埋め込まれている魔王の魂の欠片がいつ暴走するか分からない日々に疲弊している。それを忘れさせてくれるのは共に暮らす家族たちの存在であり、それを恐怖させるのもまた彼らの存在だ。
魔王の魂の欠片の影響を殆ど受けていないとはいえ、多少は受けているからこそ、ジルベールの瞳と髪の色は変化し、角が生えて魔王となった。いつ、自我が魂の欠片に負けて、大切な者たちを傷つけてしまうのかと思うと、恐ろしい。心を強く保つことを意識しつつも、ジルベールは常に不安を抱えていた。
「……妙だな」
不意に魔王が独りごちる。 「視て」いる遠方範囲に不審な点があるわけではない。むしろ、ジルベールが不思議に思っている不穏な空気は、もっと間近──城内だ。
毎朝、このくらいの時間になると、階下で人が動く気配を感じられる。無論、常時いつでも気配を探っているわけではないから、大体の感覚ではあるのだが。ただ、いつも今頃はカマルティユがミカとクックとポッポを伴って調理場へ移動しているはずで、その近辺へ少しばかり意識を向けるだけで彼らが和やかに過ごしているのを感じられるのだ。──しかし、今は静寂のままである。
「……」
胸騒ぎをおぼえたジルベールは視察を打ち切り、今度はミカの私室の辺りの様子を探ってみることにした。
彼の部屋のほうへ意識を集中させると、ミカとカマルティユとクックとポッポがいると分かる。過不足なく、いつもの二人と二羽だ。少なくとも、盗賊女に攫われたり、他国の悪魔が襲来したりしたわけではないと分かり、安堵したジルベールは集中を解いた。魔力量はほぼ無限とはいえ、詳細な視察をするために長時間集中すると頭が茫然としてしまうので、暴走化の隙を作らないためにも気をつけるようにしている。
「──さて、どうするか」
またも独り言を落としながら、ジルベールはしばし考える。
彼らがまだミカの部屋に留まっているのは珍しいことではあるが、何か危機的状況であるならばジルベールの元に報せが来るはずだ。和気藹々としている中に空気を読まずに乱入するのも気が引ける上に、この魔王はマティアス王子から「あまり積極的に甘やかそうとはせず成長を見守ってやったほうがミカの実りになるだろう」と釘を刺されてもいる。
緊迫した様子は感じなかったが、先程探ったのは彼らが皆きちんと揃っているかという点を重視していたため、空気感にはさほど意識を割いていない。もう一度集中して様子を窺うべきかと悩み始めたところ、向こうで動きがあった。──カマルティユの気配が、ここを目指して来ている。
「……?」
すぐに転移魔法で駆けつけるべきかと考えて翳しかけた手を、ジルベールは静かに下ろした。
カマルティユがまっすぐ調理場へ向かわず魔王の私室へ向かってきているということは何かあったのだろうが、切羽詰まった問題があれば、それこそ転移魔法で飛んで来るはずだろう。歩行で向かってきているのだから、そこまで大ごとではないはずだ。そう判断したジルベールは、扉の前で腕を組み、仁王立ちの体勢で待ち受けることにした。
少しして、魔王の予想通り扉がノックされる音がする。訪問者がカマルティユだと知っているジルベールは「入れ」とだけ返し、それを聞いた訪問者はすぐに扉を開いて入室してきた。
「おはようございます、ジル様。……随分と扉の間近にいらしたのですね」
「ああ、おはよう」
「私がこちらに伺うことを察していらっしゃいましたか?」
「ああ、知っていた。……ミカに何があった?」
堪えきれずに尋ねてくるジルベールに対し、魔の者の中でも最高峰の美しさを誇る悪魔は、柔らかな微苦笑を浮かべる。場合によっては国が傾くか戦争が起きそうな美貌を前にしても、魔王は一切揺らがない。彼が思考の全てを注ぎそうな勢いで何を心配しているのか把握しているカマルティユは、ジルベールの黒い瞳をまっすぐに見つめて言った。
「ミカさんが、風邪をひかれたようです」
それは日が昇ったばかりの早朝でも同じであり、魔王ジルベールは城の最上階にある私室から外を見渡しつつ、額にうっすらと滲んでいる汗を拭った。魔法で室内を涼しくすることは可能だが、この程度であれば、そのまま過ごすほうが心地よい。ただの宿屋の息子だったとき、汗を流して働くことが好きだったから、その名残かもしれない。
朝食の支度を終えたミカがここへ声を掛けに来てくれることを待ってはいるが、ジルベール自身は魔王の体質ゆえかさほど睡眠時間を必要としないため、日の出と共に起床している。そして、注意深く城外の様子を観察することにしていた。
傍目からは呆然と外を眺めているだけのように見えるかもしれないが、魔王の目は集中すればかなり遠くの様子まで「視る」ことが出来る。ジルベールは、私室から視察可能な範囲で魔獣の暴走種が生まれていないか確認することを、毎朝の日課としていた。
魔王になって八十年が経ち、流石に魔王である己を受け入れているジルベールだが、自身に埋め込まれている魔王の魂の欠片がいつ暴走するか分からない日々に疲弊している。それを忘れさせてくれるのは共に暮らす家族たちの存在であり、それを恐怖させるのもまた彼らの存在だ。
魔王の魂の欠片の影響を殆ど受けていないとはいえ、多少は受けているからこそ、ジルベールの瞳と髪の色は変化し、角が生えて魔王となった。いつ、自我が魂の欠片に負けて、大切な者たちを傷つけてしまうのかと思うと、恐ろしい。心を強く保つことを意識しつつも、ジルベールは常に不安を抱えていた。
「……妙だな」
不意に魔王が独りごちる。 「視て」いる遠方範囲に不審な点があるわけではない。むしろ、ジルベールが不思議に思っている不穏な空気は、もっと間近──城内だ。
毎朝、このくらいの時間になると、階下で人が動く気配を感じられる。無論、常時いつでも気配を探っているわけではないから、大体の感覚ではあるのだが。ただ、いつも今頃はカマルティユがミカとクックとポッポを伴って調理場へ移動しているはずで、その近辺へ少しばかり意識を向けるだけで彼らが和やかに過ごしているのを感じられるのだ。──しかし、今は静寂のままである。
「……」
胸騒ぎをおぼえたジルベールは視察を打ち切り、今度はミカの私室の辺りの様子を探ってみることにした。
彼の部屋のほうへ意識を集中させると、ミカとカマルティユとクックとポッポがいると分かる。過不足なく、いつもの二人と二羽だ。少なくとも、盗賊女に攫われたり、他国の悪魔が襲来したりしたわけではないと分かり、安堵したジルベールは集中を解いた。魔力量はほぼ無限とはいえ、詳細な視察をするために長時間集中すると頭が茫然としてしまうので、暴走化の隙を作らないためにも気をつけるようにしている。
「──さて、どうするか」
またも独り言を落としながら、ジルベールはしばし考える。
彼らがまだミカの部屋に留まっているのは珍しいことではあるが、何か危機的状況であるならばジルベールの元に報せが来るはずだ。和気藹々としている中に空気を読まずに乱入するのも気が引ける上に、この魔王はマティアス王子から「あまり積極的に甘やかそうとはせず成長を見守ってやったほうがミカの実りになるだろう」と釘を刺されてもいる。
緊迫した様子は感じなかったが、先程探ったのは彼らが皆きちんと揃っているかという点を重視していたため、空気感にはさほど意識を割いていない。もう一度集中して様子を窺うべきかと悩み始めたところ、向こうで動きがあった。──カマルティユの気配が、ここを目指して来ている。
「……?」
すぐに転移魔法で駆けつけるべきかと考えて翳しかけた手を、ジルベールは静かに下ろした。
カマルティユがまっすぐ調理場へ向かわず魔王の私室へ向かってきているということは何かあったのだろうが、切羽詰まった問題があれば、それこそ転移魔法で飛んで来るはずだろう。歩行で向かってきているのだから、そこまで大ごとではないはずだ。そう判断したジルベールは、扉の前で腕を組み、仁王立ちの体勢で待ち受けることにした。
少しして、魔王の予想通り扉がノックされる音がする。訪問者がカマルティユだと知っているジルベールは「入れ」とだけ返し、それを聞いた訪問者はすぐに扉を開いて入室してきた。
「おはようございます、ジル様。……随分と扉の間近にいらしたのですね」
「ああ、おはよう」
「私がこちらに伺うことを察していらっしゃいましたか?」
「ああ、知っていた。……ミカに何があった?」
堪えきれずに尋ねてくるジルベールに対し、魔の者の中でも最高峰の美しさを誇る悪魔は、柔らかな微苦笑を浮かべる。場合によっては国が傾くか戦争が起きそうな美貌を前にしても、魔王は一切揺らがない。彼が思考の全てを注ぎそうな勢いで何を心配しているのか把握しているカマルティユは、ジルベールの黒い瞳をまっすぐに見つめて言った。
「ミカさんが、風邪をひかれたようです」
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