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【第8話】優しさが溶け込むフルーツフラッペ
【8-12】
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◇
「おい、いい加減に手を離せ。新妻が他の男の腕なんか掴むんじゃない」
調理場に着くやいなや、ジルベールは振り払うようにしてマレシスカの手から逃れる。新妻と称された娘は、鼻で笑った。
「お堅いわねー。うちの旦那は、このくらいのことで浮気だなんて騒がないわよ」
「……まぁ、お前の人間性を把握してるからこそ、単身でここまで来ているのを許可しているんだろうがな」
「そーよ。ていうか、旦那の許可なんか無くたって、あたしは来るけどね! 結婚したからって、なんでもかんでも旦那にお伺いを立てるなんてまっぴらごめんだわ。そもそも、あっちが婿入りしてきたんだし。……って、あたしの話はどうでもいいのよ! ジルに訊きたいことがあるんだから!」
「……俺に?」
尋ねたいことがあるならさっさと訊けばいいだろうに、と魔王は怪訝そうに眉を顰める。ミカの看病をしながら、いくらでもその時間はあったはずだ。
そんなジルベールの心情が分かったのか、マレシスカは小さく首を振る。
「ジル的には、ミカに聞かれたくない質問かもしれないから。だから、ここまで引っ張ってきたの」
「はぁ? ミカに聞かれたくないことなど、俺にはもう無いが」
ミカは既に、この世界の、そして魔王の在り方を理解しているのだ。流石に全てを伝えきれているわけではないが、それは隠しているのではなく、機会があれば話してもいいものだ。質問されれば何でも答えるし、他者との会話をミカに聞かれても不都合は無い。
首を傾げるジルベールをじっとりと睨むように見上げながら、マレシスカはやや緊張した声音で言う。
「……隠し子のことも?」
「隠し子? 何のことだ?」
「ジル、あんた、隠し子がいるんじゃない?」
「はぁ……?」
全く身に覚えがないことを言われ、ジルベールは困惑する。彼のそんな複雑そうな表情をどう捉えたのか、マレシスカは疑惑の眼差しを魔王へ向けた。
「水色の髪と、金色の瞳の、五歳くらいの男の子。……何か覚えがあったりしないの?」
「いや、なんのことか全く……、いや、待て。水色の髪? 自然色ならば、湖畔の一族の子どもか?」
この世界では、あらゆる色の毛髪が存在するが、水色はかなり珍しい。というよりも、とある特定の一族しか持ちえないものだった。
その一族は「湖畔の一族」と呼ばれており、現存している子孫は限りなく少ない。そのため、彼らの存在自体を知らない者も多いだろう。「湖畔の一族」は魔王の城から程近くにある大きな湖畔の傍で暮らしており、かつては魔物が魔王の領域から出ないよう見張る役割を担っていたのだが、一族の血を引く人間が減少するに従って、役目から解放されたのだ。
魔法で髪を染色することも出来るため、絶対にとは言い切れないが、発育途中の身体に一部とはいえ魔法で手を加えることは成長への妨げが懸念されているため、子どもが髪を染めることはあまり無く、水色の髪の五歳児であれば「湖畔の一族」の子どもだと考えるのが妥当だろう。──そんな思考に耽っていた魔王の意識は、目の前の娘による怒りの声で現実に引き戻される。
「ちょっと、ジル! 聞いてるの!? やっぱり身に覚えがあるんじゃないの!」
「何を言ってるんだマレシスカ……って、おい! 殴るな!」
「子どもを作っておいて認知すらしないなんて、あんまりだわ! 最低! そんな奴だと思わなかった!」
「はぁ!? お、おい、ちょっと待て、何か誤解をしているぞ」
「ミカに言いつけてやる! 起こしてでも言いつけてやるんだから!」
「ちょっと待て! とりあえず待て!」
ミカに話を聞かれないためにここまで来たはずだが、そのミカに言いつけるとは、これいかに。それだけマレシスカが正常な判断を失い、興奮している証だろう。
ジルベールはマレシスカの両肩に手を置き、諭すように言った。
「冷静になれ。──俺は、水色の髪と聞いて、湖畔の一族を思い浮かべただけだ。生まれつき水色の髪を持つ、とても珍しい一族なんだ。五歳程度の幼い子どもが髪を染めているとは思えないから、それならば、その子は湖畔の一族の者だろうと考えただけだよ。それ以上のことは、何も分からん。当然ながら、身に覚えもない」
「……ジルが知らないだけで、実は、……ってことはない?」
「無い。俺の血を分けた子どもなど、いるはずがない。……具体的に言わずとも、それで分かるな?」
結婚したばかりの若い娘に生々しい話をするのは避けたい。そんな思惑から曖昧な言葉を選んだジルベールに対し、マレシスカは一応は頷いてくれた。納得したわけではないだろうが、魔王が言いたいことは理解してるのだろう。
「──それで、何故お前は急にそんなことを言い出したんだ? 水色の髪の子どもと会ったのか? そいつが、自分は魔王の子だとでも名乗っていたのか?」
半ば呆れ混じりに尋ねるジルベールを見上げつつ、マレシスカは唇を尖らせながら拗ねたように言った。
「魔王の子だとは言ってなかった。……でも、その子にはとてつもない魔力の持ち主の父親がいて、その父親が自分の子だと認めてくれないから母親がおかしくなってしまったって困ってたの。……あたし、魔力が凄まじい男なんてジルとカミュしか知らないもん。カミュが人間と子どもを作るとは思えないし、消去法でジルが父親なんじゃないかと思っちゃったのよ」
「おい、いい加減に手を離せ。新妻が他の男の腕なんか掴むんじゃない」
調理場に着くやいなや、ジルベールは振り払うようにしてマレシスカの手から逃れる。新妻と称された娘は、鼻で笑った。
「お堅いわねー。うちの旦那は、このくらいのことで浮気だなんて騒がないわよ」
「……まぁ、お前の人間性を把握してるからこそ、単身でここまで来ているのを許可しているんだろうがな」
「そーよ。ていうか、旦那の許可なんか無くたって、あたしは来るけどね! 結婚したからって、なんでもかんでも旦那にお伺いを立てるなんてまっぴらごめんだわ。そもそも、あっちが婿入りしてきたんだし。……って、あたしの話はどうでもいいのよ! ジルに訊きたいことがあるんだから!」
「……俺に?」
尋ねたいことがあるならさっさと訊けばいいだろうに、と魔王は怪訝そうに眉を顰める。ミカの看病をしながら、いくらでもその時間はあったはずだ。
そんなジルベールの心情が分かったのか、マレシスカは小さく首を振る。
「ジル的には、ミカに聞かれたくない質問かもしれないから。だから、ここまで引っ張ってきたの」
「はぁ? ミカに聞かれたくないことなど、俺にはもう無いが」
ミカは既に、この世界の、そして魔王の在り方を理解しているのだ。流石に全てを伝えきれているわけではないが、それは隠しているのではなく、機会があれば話してもいいものだ。質問されれば何でも答えるし、他者との会話をミカに聞かれても不都合は無い。
首を傾げるジルベールをじっとりと睨むように見上げながら、マレシスカはやや緊張した声音で言う。
「……隠し子のことも?」
「隠し子? 何のことだ?」
「ジル、あんた、隠し子がいるんじゃない?」
「はぁ……?」
全く身に覚えがないことを言われ、ジルベールは困惑する。彼のそんな複雑そうな表情をどう捉えたのか、マレシスカは疑惑の眼差しを魔王へ向けた。
「水色の髪と、金色の瞳の、五歳くらいの男の子。……何か覚えがあったりしないの?」
「いや、なんのことか全く……、いや、待て。水色の髪? 自然色ならば、湖畔の一族の子どもか?」
この世界では、あらゆる色の毛髪が存在するが、水色はかなり珍しい。というよりも、とある特定の一族しか持ちえないものだった。
その一族は「湖畔の一族」と呼ばれており、現存している子孫は限りなく少ない。そのため、彼らの存在自体を知らない者も多いだろう。「湖畔の一族」は魔王の城から程近くにある大きな湖畔の傍で暮らしており、かつては魔物が魔王の領域から出ないよう見張る役割を担っていたのだが、一族の血を引く人間が減少するに従って、役目から解放されたのだ。
魔法で髪を染色することも出来るため、絶対にとは言い切れないが、発育途中の身体に一部とはいえ魔法で手を加えることは成長への妨げが懸念されているため、子どもが髪を染めることはあまり無く、水色の髪の五歳児であれば「湖畔の一族」の子どもだと考えるのが妥当だろう。──そんな思考に耽っていた魔王の意識は、目の前の娘による怒りの声で現実に引き戻される。
「ちょっと、ジル! 聞いてるの!? やっぱり身に覚えがあるんじゃないの!」
「何を言ってるんだマレシスカ……って、おい! 殴るな!」
「子どもを作っておいて認知すらしないなんて、あんまりだわ! 最低! そんな奴だと思わなかった!」
「はぁ!? お、おい、ちょっと待て、何か誤解をしているぞ」
「ミカに言いつけてやる! 起こしてでも言いつけてやるんだから!」
「ちょっと待て! とりあえず待て!」
ミカに話を聞かれないためにここまで来たはずだが、そのミカに言いつけるとは、これいかに。それだけマレシスカが正常な判断を失い、興奮している証だろう。
ジルベールはマレシスカの両肩に手を置き、諭すように言った。
「冷静になれ。──俺は、水色の髪と聞いて、湖畔の一族を思い浮かべただけだ。生まれつき水色の髪を持つ、とても珍しい一族なんだ。五歳程度の幼い子どもが髪を染めているとは思えないから、それならば、その子は湖畔の一族の者だろうと考えただけだよ。それ以上のことは、何も分からん。当然ながら、身に覚えもない」
「……ジルが知らないだけで、実は、……ってことはない?」
「無い。俺の血を分けた子どもなど、いるはずがない。……具体的に言わずとも、それで分かるな?」
結婚したばかりの若い娘に生々しい話をするのは避けたい。そんな思惑から曖昧な言葉を選んだジルベールに対し、マレシスカは一応は頷いてくれた。納得したわけではないだろうが、魔王が言いたいことは理解してるのだろう。
「──それで、何故お前は急にそんなことを言い出したんだ? 水色の髪の子どもと会ったのか? そいつが、自分は魔王の子だとでも名乗っていたのか?」
半ば呆れ混じりに尋ねるジルベールを見上げつつ、マレシスカは唇を尖らせながら拗ねたように言った。
「魔王の子だとは言ってなかった。……でも、その子にはとてつもない魔力の持ち主の父親がいて、その父親が自分の子だと認めてくれないから母親がおかしくなってしまったって困ってたの。……あたし、魔力が凄まじい男なんてジルとカミュしか知らないもん。カミュが人間と子どもを作るとは思えないし、消去法でジルが父親なんじゃないかと思っちゃったのよ」
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