光彩

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第一章 朝日奈馨

表現者

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 まだ青い風が吹き荒れる4月。木漏れ日を感じながら思いふけっていた。僕は学校をやめた。
 理由は単純だ。絵画に魅せられたから。すごく自由で、自分を最大限に表現できる。誰にもとやかく言われない自分だけの世界。すごく憧れた。
 もちろん両親には猛反対されたさ。
たかが絵を描き始めて5年。しかも独学で、誰にも正規の絵の描き方なんて教わったことがない。普通に考えればこんな状態で学校をやめさせ、社会のレールから脱落させようとする親がいるはずがない。
 だが、僕は思うんだ。「だからこそいい。」
世の芸術家たちは、美大を出て大手に採用され大きな美のルールに縛られて作品を作ることしか出来ない。そして、自らが作るものに突如違和感を覚え美の最大の醍醐味である自由だったり表現力を失ってしまう。そんなの本末転倒だ。
 「僕は違う。」そこら辺にいる芸術家じゃない。自ら地獄へと足を踏み入れ誰にも表現できないこと見れないものを世に伝えて行く。その時の自分の感情、感覚、精神、全てを絵にぶつける。そこで新たな感性が生まれるはずだ。退学なんてその一歩に過ぎない。辞めたところで日常が変わっただけで感じるものは少なかった。
 そこからは生活のすべてを絵に注いだ。どんな日常生活も絵にいかせないか毎日考えた。音楽、小説、植物、建築物。ありとあらゆる物からインスピレーションを受け続けた。そしてそれを絵にぶつけるという単純作業を時間が許すまで続けた。
 そんなある日、僕はある美術館へと立ち寄った。僕にはただ一人尊敬している表現者がいる。名前は、朝日奈馨。彼女の絵を初めて見た時体中に鳥肌がたった。無造作に置かれたオブジェクト、黒と白の二色だけで完結された一見荒々しくも単純かつ直接的に自らの事を絵という道具を使い表現している。まさに僕の理想とする絵画そのものだった。
 そんな彼女の作品がその美術館に展示されるというのだ。僕は考える間もなく行動に移していた。開館時間は午前10時。逆算し考えても片道おおよそ3時間の道のりになる。朝6時頃に起床し顔を洗い支度を始める。いつもと同じはずなのに何かが違う。体がふわふわするというか、鼓動が少しだけ早くなってるというか...ただ一つわかることとしては確かに僕は興奮している。SNSでしか見たこと無い憧れの作品をこの目で拝むことができるのだ。実際に作品を視たらどういう感情が湧くのか、どんな筆使いをしていて、色の濃淡はどうなっているのか。それを今日ははっきりさせることが出来るんだ。自転車で最寄りの駅へと向かう。発車時刻は7:21。そこからは乗り換えも含め約二時間半ほど電車に揺られながら移動する。
 電車の時間を有効活用するための持ち物もバッチリだ。お気に入りの作家の小説も二、三冊ほど持ってきたし、音楽を聴くためのイヤホン。充電が切れたときのためのモバイルバッテリー。万全の状態で大船へと乗り込んだ。
 時間が立つにつれ外の建物が高くなっていくことに気が付いた。それにつれ、人々の服装も変わってきた。シャツを切り刻んだようなものを見に付けている人や、男性が女性もののワンピースを着ていたりと多種多様だった。住んでいる環境。人との関わりでその人物の感性、考え方は柔軟に対応していくんだなと感動したと共に少し自分に幻滅してしまった。
 「まだ君の感性はとても狭い自分の住んでいる領域でしか完成されていない」
 「男性は男性。女性は女性。と常識に縛られて自らの世界を狭くしてしまっている」
 と見知らぬ人に思い知らされたようだった。
 そうこうしているうちに電車はお目当ての場所へと到着した。電車の中で読んだ小説は内容などすっかり忘れてしまっている。向かうべき美術館はホームの東口を出て二十分ほど歩みを進めた先にあるらしい。
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