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いつの間にか眠っていたのか何かの気配に夢から覚める。おでこに手の感触があって思わずその手を掴んでいた。

「サハ……?」


返事がなくてぼやけた視界がうっとおしく目を擦ると次第にはっきりと映る人物を認識した。途端に飛び起きた。

「な、あ、あ?!」

ベルドラが居る。
言葉にならない驚きで中途半端に叫んでしまい相手は凍てつくような目つきを俺に向けてきた。しかも腕を掴んだまま引っ張ってしまったのも悪かった。びくともしていないが。

「な、何だよ!?ノックぐらいしろよ!てか何しやがる!!」


返事は無いが目だけで煩いと言われているようだ。相変わらず人殺し慣れした目は全身の血を下げるには十分で掴んだ腕が情けなくも震えていた。


「……離せ」

「あ……」


力んでしまった手は広げる事が出来ない。

恐ろしいのだこの男が。
今日のことがあってサハだってウィンだって恐ろしいことには変わりないのに、こいつの怖さは異常だった。

「っ、くそ!」

もう片方の手で自分の手を広げるとようやくベルドラの腕を離すことに成功した。ベルドラは何も言わずにゆっくりと手を引っ込める。

なんだ、こいつ何しにきたんだ。かと言って質問すらしたくない。どうせ聞いたところで答えてもくれないのだから。

「……サハ?」

俺の監視というのならばこんな時でも居てくれないと困る。いくら部屋を探しても広くて豪華な部屋には他に人はいなくて余計に背筋が凍るだけ。無言の時間が過ぎ、耐えきれず中腰だったので仕方なくベッドにもう一度座り込む俺をベルドラはやはり無言で冷え切った目線を向けるだけだ。

今朝のようにすぐに興味を失ってくれればいいものを、何故今はこんなにも俺を見やがる。

「……何だよ」

やはりベルドラは答えない。重苦しい無言の空間がさらに重苦しくなったように感じて紛らわすために大きめに息を吐いた。

今何時で俺はどれくらい眠って居たんだろう。陽の傾きがそこまで変わってないから長くても10分そこらしか寝て居ない筈だ。そうだ、寝る前にサハは出ていったんだった。何か報告しないとと言って……。

なんて言っていた?たしか、俺の報告だと。
サハはこの服を褒めたあと、俺が髪を切った事を報告していないと。
そしてこうしてベルドラは俺の部屋に来た。


衝撃の事実に気づいてしまい俺はさらに警戒心が強くなる。俺がここにいる理由は理解している。だけど夢物語のような事実なのだ。

あのベルドラが俺に興味があり、しかもその理由がこの格好になった俺を見にくるなんて。

たしかにお人形をやってやると俺は言った。だがまだ俺はお人形のモードではなかったし、ドレスだって着ていない。ドレスを着て女になる事がお人形としての価値なのだと勝手に思い込んでいたからだ。


「……ありえねえ」

思わず呟いてしまった。それでもベルドラは何も言わない。俺はどうしたら良いんだ。

「似合いますよねえ、ベルドラ」


張り詰めた緊張のせいでその声に体びくついた。ドアの方にいつのまにかサハが立っていた。変わらぬスーツ姿の彼はなんだかいろんな感情を含んだ笑顔でわざと大きめな声で話し続ける。

「長い前髪も切って愛らしさが増してさらにその服も可愛らしいですし」


背中がむず痒くなるような称賛に俺が眉を寄せると吹き出すのを我慢する顔が一瞬見えた。あの野郎、自分は高みの見物で楽しそうだなあおい!
俺を見ているベルドラはサハの顔なんて気が付かない、まだ視線は真っ直ぐ俺を殺すよな瞳で見ている。

この空気を、この場面を切り抜けるにはどうしたらいい。だいたいサハの言い方も気になった。何故そんなゴリ押しのように俺を誉める。ベルドラに言ったその言葉、それが何故か俺に向けているようにも感じるあの笑顔。


もう一度サハの瞳を確認した。
その目はおそらくこう言っている。

お人形、完璧にやってやるんだろ?


ああ、やっぱりこいつは楽しんでやがる。
でもそうだよ。俺は言ってやった。完璧にやると、そして賢く生きるのだ。ここから逃げ出すために。


男の俺が可愛いを引き出せるかなんて分からない。でもこの顔が最上級のパワーを持っているならあとは動作と少しの言葉遣いでどうにかなる。
頭を巡る走馬灯のような映像の中に今朝ウィンが俺の足を閉じた事を思い出した。
震えそうな足を丁寧に揃えて横に流し、切りたての前髪を指ですいて直す。

暴れ出しそうな言葉を丁寧に変換してベルドラが興味を示したこの顔に加えて上目遣いで質問する。
俺は案外物覚えはいいんだ。
だからもちろん、ハイかイイエで答えられる質問で。


「似合い、ますか?」


ふわりと微笑んだ俺を神は誉めるべきだ。


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