【完結】浮気OKの契約結婚だったはずが、侯爵様の溺愛が止まりません 夫の恋のお相手は私でいいんですか!?

えびのおすし

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 振り返ってみると、結婚後のシルベスタはゆっくりではあるが着実にエレオノーラとの距離を縮めてきていた。
 初めのうちは指先が触れるのも避けている様子だった。それが今となっては照れも隠れもせずに当たり前のような顔をして手を繋いでくる。
 エレオノーラが少しでも躊躇う素振りを見せると即座に離れるのに、またじりじりと近づいてくるものだから堪らない。
 夫に対して少なからず好意を抱いてしまっていることに気付いてしまってからは、彼のその態度は彼女を酷く焦らした。
 契約結婚でもいいと気楽に考えて結婚したことを今ほど後悔したことはない。
 自分には夫の他にいないのに、彼のほうには本命がいるという事実がじんわりと胸を焼く。そのことばかりを考えていると気が狂いそうになる。
 こういうときの対処法は知っている。
 悩んだときは即行動あるのみだ。
 ソファーに俯せになって考え込んでいたエレオノーラは、上半身を跳ね起こした。
 メイドたちが驚いて彼女に注目する中、乱れた髪を手櫛で直して、ぐううっと伸びをする。
「妹に会いに行くわ」
 突然言い出したエレオノーラにメイドたちは目を白黒させた。それでもすぐさま反応して馬車の手配や外行き用のドレスを引っ張り出そうと慌ただしくなる。
 ゆっくりで良いのよと声をかけて窓の外をぼんやりと眺めた。
 良い天気だ。昼前だからお茶と言わず昼食を共にするのがいいかもしれないと胸を弾ませていると、騒ぎを聞いた執事が駆けつけてきた。
 ゼェゼェと息を切らした執事が落ち着くまで、彼女は大人しく姿勢良く座ったまま待つ。
「ゴホッ、ケホッ。わ、若奥様、ご実家に戻られると聞きましたが本当ですか?」
「妹とお茶してくるだけよ。いけないかしら?」
「いえ、とんでもございません。ですが念のため若旦那様に伺ってまいりますので、この場で、こちらにおかけになって、どうぞお待ちくださいませ」
 やたらとその場から動かないようにと強調された。執事は恐縮したように頭を深く下げる。
 いち早くセレフィーナのところに行きたいと思ったが、突然訪ねてはあの子にも都合があるだろうから返って迷惑をかけてしまうかもしれないとエレオノーラも考え直した。
 久々に妹の顔が見れると思ったら気が急いてしまった。
 嫁いだ身なのだからとこれでも我慢していたのだが、そうも言っていられない。妹に現状を話してどう思うのかを知りたいと思った。セレフィーナはいつもエレオノーラとは違った視点で的確なアドバイスをくれるのだ。現状を打破する手立てをきっと彼女なら持ち合わせていることだろう。
 思えば、セレフィーナに相談もなく結婚を決めたこと自体が常ならざることだった。
(大事な決定は必ず妹の意見も聞いていたのに、どうして私はあのとき独断で進めてしまったのかしら。あの子は優しいから話さなかったことに対して怒るなんてことはしなかった)
 結婚のために家を出るとき、妹とは短く言葉を交わしただけだった。
 驚いて困ったようにおろおろしながらも、別れ際には強く抱きしめてくれた。離れるのが名残惜しくてお互いに手を握りしめ、馬車に乗り込むときにも何度も振り返った。
 妹はおっとりしているけれど芯の強い子だから、これまで泣く姿を見たことはほとんどなかった。その妹が大粒の涙を流しているのを見て、エレオノーラは自分の決断に自信が持てなくなった。
 セレフィーナは気丈にも濡れた目元と頬を拭って「お姉さまの門出ですもの。悲しい顔をしたらいけないわね」と微笑んでいた。
 そのとき半身を切り離したような心細さを感じたことをまだ覚えている。
 あれから手紙のやり取りはしているけれど別れ際のやりとりがしこりとなっていることは確かだった。次に会ったときには何を言われるのかと想像すると、とても妹が言いそうにないことまでも思い浮かんでしまって気が重かった。
 しかしこの先一生会わないなんてことはないだろう。いつかは乗り越えなければいけない壁ならば早々に打ち破ったほうが良い。
 妹との間に空いた距離を取り戻し、夫とは程良い関係を築く。姉としても妻としても上手くやっていくつもりだ。聖女でなくなったからには第二の人生を歩んでやるのだと意気込んだ矢先、執事が戻ってきて「若旦那様より許可いたしかねるとのことでございます」とまた深々と頭を下げたのだった。
 その言葉を聞いてメイドたちはホッとしたように外出の準備を取りやめてしまう。
「シルベスタ様はどちらにいらっしゃるの? 直接私が話します」
 釈然としないまま聞くが執事は答えなかった。
 これ以上問い詰めても無駄だろう。エレオノーラは再びソファーに俯せた。
 どうして駄目なのか説明してもらわなければ納得がいかない。
 夫は普段、エレオノーラが誰と会ったり連絡を取っていたとしても気にした様子はなかった。一応、送る前の手紙は彼を通すことになっていたので宛名はチラリと確認していたけれど、結婚前にエレオノーラのことは交友関係も含めて調べ尽くしていたようで深く問いただされるようなことはなかった。
 時折、手紙を何度かひっくり返して眺めたり、しばらく考え込んだ後に「この令嬢には未婚の兄がいたな」とか「屋敷に訪問した際に年頃の弟のほうとは鉢合わせなかったのか?」等々、意図が分からない質問をしてくるくらいで特に興味はないようだった。
 外出にしても同様だ。行き先は毎度訊ねられたがお供に護衛を五人ほどつけるだけで許可はすぐに降りた。
 聖女だった頃は手紙は隅々まで検閲されたし、勝手な外出は許されなかった。それと比べれば随分と放任されているほうだろう。
 やはり夫はお飾りの妻に然程興味はないのだ。
 がっかりしてしまうのは身勝手というものだろう。むしろ初恋の痛手をこの程度で済ませることができたのだから良かったとも言える。
――エレオノーラが夫のことを想って、強がりつつも涙を流していたのを、優秀な執事やメイドたちは漏れなくシルベスタに報告していたらしい。
 その日は、日暮れ前に珍しく夫が仕事を切り上げてきた。
 エレオノーラは妹に会いに行けなかった不満こそあったけれど、にこやかにシルベスタを迎えた。今夜は夕食を一緒にとれるかもしれないと思ったのだ。彼は多忙を極めているおかげで食事の時間は定まらないことが多い。嬉しくて緩みそうになる頬をエレオノーラは両手で抑えた。
 帰宅した彼は妻の顔を見るなり大股で歩み寄ってくる。
 眉間に皺が寄っているのが分かった。エレオノーラとは対照的に彼の機嫌は相当悪いらしい。
 いつもは神経質なくらいに後ろに撫でつけている前髪が一房、額にかかっていた。
「おかえりなさいませ」
「話はターカーに聞いた」
 ターカーというのは執事の名前だ。早々に本題に入るつもりらしく、シルベスタはムッとした表情のまま外套をメイドに預け、首元を緩める。
 彼は睨むような目付きでエレオノーラを見下ろした。
「なぜ今更、実家に帰りたいなんて言うんだ。ここでの暮らしに何の不満がある? 言っただろう。君の望みなら何でも聞く。俺の持つ全てを君は自由にしていいんだ。それでもまだ足りないと言うなら何が欲しいのか言ってくれ。必ず叶えるから」
「何か勘違いなさっているようですわ。私は単に妹に会いたいと思っただけです。お茶をしたらすぐに帰ってくるつもりでした」
「それならどうして泣く? それも報告を受けているぞ。不満がないのなら泣く必要もないだろう。それとも彼女がそんなに恋しいか」
 彼が妹のことについて言及してきたのは求婚されたとき以来だった。お相手がいるあなたにそこまで言われたくないわという気持ちが沸いてくる一方で、どうして唐突にそんなことを言い出したのかと不思議に思う。
 結婚後も浮気でも何でもしていいと言ったのはシルベスタだ。
 彼の気持ちがまるで分からなかった。
 黙り込んだまま夫を見つめる。額に汗をかくほど急いで帰ってきたくせにエレオノーラを問い詰めてばかりで自分の気持ちなんて一つも教えてはくれない。
 出会ったときからずっとそうだ。
「セレフィーナが恋しくて泣いたわけではありません。あなたのことを考えていただけです」
 それだけ言うと踵を返す。いつまでも使用人たちの目があるところで問答していると仲が悪い夫婦だと思われてしまう。それは夫も本意ではないだろう。
 エレオノーラはシルベスタを気遣ったつもりだったが、彼は反射的に手首を掴んできた。話はまだ終わっていないようだ。
 鋭い視線を正面から受け止める。
「あなたは私をどうしたいんですか。約束と違う言動ばかりされているように見えます」
「エレオノーラ。俺は君を大切にしたいんだ」
「でもあなたのせいで私は今とても悲しい気持ちです」
「……俺はどうしたらいい?」
「決まっています。抱きしめてほしいんです」
 責任転嫁にも程があったが、彼はすぐにエレオノーラの肩を抱く。
 その腕の中にいると心が僅かばかり安らいだ。
(今、彼を独占しているのは私)
 そんな優越感すら湧いてきて嫌になってくる。夫が言うことを聞いてくれるのは周囲に対するパフォーマンスであり、契約結婚をした負い目があるからというだけなのに。
 勘違いしてはいけない。
 高鳴る鼓動を厳しく叱りつけた。
 エレオノーラの内心の葛藤を知る由もない彼はこめかみに口付けてくる。
 拒まなかった。手を引かれるままに、寝室まで行く。
 彼はエレオノーラを膝上に乗せるとしばらくの間、彼女を抱きしめたまま動かずにいた。
「……キスはしないんですか?」
 慎重に、切実な言い方にはならないように問う。
 うまくいったようでシルベスタが顔を覗き込んでくる。彼の睫毛の先がエレオノーラの閉じた目蓋に触れた。
 顔にかかった髪をそっと耳にかけ、頬に手のひらを沿わせた。
 顔が熱い。全身がむずむずして、今すぐにでもどこかに隠れてしまいたい。身体中を駆け巡る熱を逃す術をエレオノーラは知らなかった。
 段々と深くなっていく口付けに夢中になった。
 彼の手が自然な動きで服の中に入ってくる。くすぐったくて身を捩らせたけれど本気で嫌がっているわけではないことは分かっているようだった。
 シルベスタがドレスを脱がせようとしてくる。エレオノーラはまだ入浴を済ませていないことを思い出した。
「一緒に入りますか? お風呂」
「いや、いい」
 一度は断られたが彼が迷いの中にいるのは明らかだった。
 もう一度問いかけたら、すぐに折れた。
 お互いの体を洗い合って浴槽に浸かる頃には、すっかり油断している様子でぼんやりとエレオノーラの頭の上の辺りを眺めている。向かい合わせに座っていた彼の膝に手を置いた。
「シルベスタ様。見てください、胸って浮くんです」
 ぷかぷかと水面に浮かぶ胸を夫の前に差し出す。
 彼は浴槽の縁に肘をついて、じいっとエレオノーラを見つめていた。
 その間、何も言ってくれないものだから、やり過ぎたかと後悔しているとようやく手を伸ばしてくる。
 下から掬い上げるように揉んでは手を離して浮かせる。そうして谷間に顔を埋めていた。
 夫が実はおっぱい好きなことなんて、エレオノーラはとっくに見抜いていた。
 肌の上を優しく食むだけだった唇が胸の先端まで辿り着く。輪を描くように周りには舌を這わせるのに核心にはなかなか触れてこなかった。
 焦らされている間にもシルベスタは下半身に手を伸ばしてくる。足の間を探っていた手がどんどん下がってきて割れ目を掻き分けた。
 ぬるぬると濡れていることが分かる。お湯の中だから分からないと思っていたのに思っていた以上に粘度が高い愛液を彼はあえて指に纏わせてクリに触れた。
 優しく単調な動きで擦られているだけなのに、あまりの気持ち良さに腰を押しつけてしまう。
 指で突起を挟まれて体を震わせる。ぐにぐにと摘みあげるのをやめてくれない。
 まだ誰も侵入したことのないソコが求めるように収縮する。シルベスタは擦るだけで挿入してきたことがなかった。
 今日こそは、と思う。元々そういう約束で結婚しているのだから、および腰になる必要はない。
 血管が浮き出るほどに勃起した彼の性器に意を決して触れた。
 男性はそこを上下に動かすと気持ちが良いとメイドたちから事前にアドバイスをもらっている。
(後は流れでどうにかしてやるわ)
 握ったは良いものの想像していたより太くて熱い。
 力加減も分からず緩く掴みながらぎこちなく動かしてみる。不安そうなエレオノーラを不憫に思ったのか上から手を重ねて扱いてくる。
 彼の息が上がっている。悩ましげに表情が歪むのを、見てはいけないものを見てしまっているような気がして目を伏せる。
 それなのにシルベスタはエレオノーラを一途に見つめながら一層手の動きを速くした。
 彼は達する前に手を止めた。
 浴室を出て、碌に体も拭き終わらないうちにエレオノーラを抱き上げてベッドに連れてくる。触れ合ったところが心地良い。さらさらとした手触りを辿っていると、シルベスタは彼女の足の爪先に口付けた。足首、ふくらはぎから膝裏までを伝い、エレオノーラの表情を窺った後で続行を決めたらしい。
 太腿の内側を舌先が這う。そうして足の間の双丘に至ると躊躇いもなく口に含んでくる。舌で舐め上げられながら時折吸われると全身の力が抜けてしまう。
 これまでに感じたことのない快感だった。ぞくりと背筋が粟立ち、膝を閉じようとしても許してもらえない。
 ぢゅううっと吸われる。シーツを握りしめて耐えた。
 ぬるつくソコを執拗に刺激され、舌先が少しずつ性器に入り込んでくる。
(ああ、遂に……)
 やっと彼をその気にさせることができたのだろう。
 舌が引き抜かれた後で硬いものが入ってくる。彼の指がエレオノーラを犯そうとしていた。
 人差し指が抜き差しされる。エレオノーラは自ら足を持って広げた。
 ぬちぬちといやらしい音が寝室に響いた。
 中指と薬指が加わって、指の根元まで入るようになると今度は叩きつけるように突き入れられる。
「あっ、は」
「ここか?」
 エレオノーラは首を振る。それなのに奥を何度も突かれてそのたびにとろとろと愛液が流れ出る。
「シルベスタさま、私もう……」
 彼が欲しくて懇願する。
 指を抜かれ、足を閉じるように言われる。ぼんやりとしながらシルベスタの言うとおりにした。
 重くて熱い性器があてがわれる。太腿でそれを挟んで、彼が前後に動き始めるものだからエレオノーラは夫の二の腕を叩いた。
「それちが……いやっ、いや……ッ!」
 素股で済ませようとする夫を止めようと泣いたり暴れたりしたのに全く聞き入れてもらえなかった。
 クリが擦れて気持ちが良い。もっとしてほしいと思ったけれど、挿入してもらえないのなら意味がない。
 遂には腹の上に精を放ったシルベスタを前にエレオノーラはわっと泣き出す。
(やっぱり私じゃ駄目なんだわ!)
 そう思ったら悲しくて、胸が引き裂かれそうだった。
 シルベスタは淡々と後始末をしている。彼の背中を爪先で蹴って、振り向く前に頭から布団を被って丸くなった。
(あんまりよ……)
 ぐすぐすと泣き声を上げるとシルベスタが布団ごと抱きしめてくる。
 もう何も話す気になれなくて、そのまま不貞腐れているうちにエレオノーラは寝てしまった。


---


 妹セレフィーナに会いに行くのは駄目だとシルベスタはしつこく主張した。
 約束が違うとエレオノーラも反論したけれどお互いに一歩も譲らなかったため話は一向にまとまらない。
 折を見て執事のターカーが控えめに「こちらに足を運んでいただくのはいかがでしょうか」と提案した。
 エレオノーラとしては妹に会えるならば場所はどこでも良かった。シルベスタはまだ何か不満がありそうではあったが、これ以上揉めるのは得策ではないと判断したらしい。
 渋々頷いてからは、いそいそと手紙をしたためる妻の周りをうろうろと落ち着きなく歩き回り、何度も日時を確認しては物言いたげな視線を向けてくる。
 セレフィーナが訪問してくる当日は輪をかけて酷かった。
 妻の薬指に結婚指輪がつけられていることを確認し、出がけには普段より長めにいってらっしゃいのキスとハグを要求してきた。呆れて物も言えないでいるうちに彼は「すぐに戻る」と早口で告げて出かけてしまう。
 気のせいだろうが、シルベスタがまるで妹に嫉妬しているようにも見えて、いまいち拒みきれない自分がいることも自覚していた。


「お姉さまが元気そうで良かった」
 穏やかな微笑みを浮かべる妹にエレオノーラは同じように笑みを返した。
 セレフィーナを迎えての念願のティータイムである。
 別れ際の気まずさなどなかったかのように楽しく近況を共有した。
 テーブルの上には妹が持参した茶葉を淹れたカップがあり、更には彼女はケーキまで作って持ってきてくれていた。果物がたっぷり入った妹のケーキはスポンジに小さく砕いたナッツが入っていて、クリームも一味違うのだ。口に入れると広がる甘味と程良い酸味に夢中になる。
 ニコニコとご機嫌の姉の正面に座っていたセレフィーナは、「それで、お姉さま。何か言いたいことでもあるのでしょう。お顔を見ていれば分かるのよ、私」と相変わらずの察しの良さで核心をついてきた。
「さすが、セレフィーナね」
 何から話すべきなのかを悩みつつも手を止め、フォークを皿の上に置く。
「お姉さまが悩んでいるときってすっごく分かりやすいの。口がもごもごして、じっと見つめてくるんだもの」
 くすくすと笑いながら彼女は立ち上がってエレオノーラの隣に座った。そうして膝上に手を置く。
 エレオノーラは、妹と触れ合っていると悩んでいること全てが吹き飛んでいってしまうような心地になった。
 傍に控えていた執事とメイドたちを退席させる。ターカーは「常に若奥様のお側についているようにと言いつけられております」と訴えたが、エレオノーラが怖い顔をつくると、しおしおと肩を落としていた。
 二人きりになってから、エレオノーラはシルベスタと初めて会ったときのことから、結婚時の約束のこと、彼の為人ひととなり、劇場でのことや夫を好きになってしまったことまで漏れなく話した。
 妹は話を聞いてしばらくは顎に手をあてて考え込んでいた。
「私、お姉さまは離縁なさったほうが幸せになれるのではないかと思うの」
 予想していた返答にエレオノーラは俯く。賢いセレフィーナならば、きっとそう言うであろうことは分かっていた。
「だって、ひどいじゃない。俺も浮気するから君も浮気していいなんて誠実な男性の言うことではないわ。貞操観念が緩い御方というのは、それ以外のこともだらしないに決まってる」
「そうね。ええ、そうかもしれない。でも……」
「お姉さまの言いたいことは分かってるわ。初恋の相手がまさか遊び人だったなんてショックでしょう。自分の見る目が間違っていたのではないか。でも結婚してしまった、離縁はできなくもないけれど大変。自分さえ我慢すれば彼と一緒にいることができる――なんて思ってるのよね。駄目よ、お姉さま。そんな方を選ぶより、もっと良い方がいるはずよ」
「でも、でもね、セレフィーナ。彼、やさしいの。夜には必ず帰ってくるし、贈り物だってくれるし、手も繋いでくれるしキスだって……」
 そこまで言って悲しくなってくる。
 未だにシルベスタは触ってはくるけれど最後までしたことはない。
「私の何がいけないのかしら……」
 思わず呟くと、セレフィーナはエレオノーラの手を握りしめた。至近距離で見つめ合うとヘーゼル色の目が静かに怒りを宿していることにようやく気がつく。
「可哀想なお姉さま。いけないところなんて一つもないわ。シルベスタ様はお姉さまの伴侶に相応しい御方ではなかったのよ。家柄も年齢もお姉さまへの執着も申し分ないのに、ここまで不器用だったなんて。
 ねぇ、お姉さま。離縁しましょう。
 私の結婚についてきて。殿下にお願いすれば王宮内に部屋の一つと言わず五つや六つ用意してくれるはずよ。というか、用意してもらうわ。シルベスタ様のことがなければ最初からそのつもりだったの。二人で仲良く楽しく過ごす日々に戻りましょう」
「ちょっと待って。さっき何て言ったの」
「私、お姉さまを悲しませる人って大嫌い。どうしてもっておっしゃるから身を引いたのにこの体たらくなんですもの。もう任せておけないわ」
 混乱するエレオノーラをセレフィーナは抱きしめる。
 ぽんぽんと優しく背を撫でられて(妹の言うとおりにしたほうがいいのかもしれない)と思い始めた時、応接室のドアが勢い良く開いた。
 ドアに背を向けているせいで誰が入ってきたのか分からなかった。そちらに視線を向けようとしてもセレフィーナが離してくれないせいで首を向けることもできない。
「話が違いますわ、シルベスタ様」
 そう言ったのは、妹だった。
 夫の名を呼んだということは今入室してきたのは彼なのだろう。まるで既知の仲のように話しかけたセレフィーナに驚いてエレオノーラは全身を強張らせた。すると妹は落ち着かせるように更に腕の力を強くする。
「セレフィーナ嬢。そちらこそ決め事を破ってもらっては困る。結婚後は当面の間、妻と会うのは控えるという話だっただろう」
「お姉さまを不安にさせて泣かせるようなやり方をされるのであれば、こちらも強硬手段に出る他ありません。まだ遊び人という噂も撤回できていないというじゃありませんか。今頃は聖女エレオノーラの熱狂的なファンってことくらいはお話ししている頃だと思ったのに。一体今まで何をなさってたのですか?」
「ファン……?」
「そうよ、お姉さま」妹は悪いことをした子を大人に告げ口する子どものような口調で言う。「シルベスタ様は私たちが聖女に着任したときから、もう十数年も聖女エレオノーラオタクなのよ。まともに話したこともないのに、お姉さまに似合う宝飾品とドレスを見つけ出しては買い漁る筋金入りなんだから。私はシルベスタ様ならお姉さまを幸せにしてくれると思って求婚に協力したんです。それなのに閨事しか進んでないなんて。まさか体目当てだったんですか?」
「それは違う!」
 エレオノーラは妹から体を離して夫のほうを向く。
 彼は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「体目当てなんかじゃない。エレオノーラ、君が好きなんだ。一目見たときからずっと君のことで頭がいっぱいだった。……セレフィーナ嬢の言うとおりだ。聖女エレオノーラの肖像画は片っ端から集めてる。数百や数千では足りないくらいだ。君に似合うドレスも首飾りも指輪も山程隠し持ってる。君の交友関係も都度探って、男の影がないか徹底的に調べ上げた。君の趣味も、好きなことも苦手な食べ物だって知り尽くしてる。この家の執事もメイドも、父や母もこのことは知っている。結婚を申し込むにあたってはセレフィーナ嬢、アスティマ伯爵にも協力を願って、それから君のご両親にも事前に話を通した。……気持ち悪いだろう。だがエレオノーラが他の男と結婚するなんて想像したくもなかった。聖女として任を解かれてすぐに根回しをして、どうにか君と接点をもてないものかと画策した。それくらい、どうしても俺の妻になってほしかったんだ」
「……どうして嘘をついたのですか?」
「言ったらきっと君は俺を受け入れてはくれないだろう。こんな、面識もない男に一方的に好かれているだなんて怖がらせてしまうと思った」
 確かに初対面で聞いていたら引いていたかもしれない。肖像画が流通していることは知っていたが、一体どこの誰がそんなものを買い求めるのかと思っていた。
 シルベスタは話している最中は見たことがないくらい顔を真っ赤にしていたのに、話し終えてからは血の気が引いてとんでもない失敗をしたような表情をしていた。そしてエレオノーラのほうを見ない。
 こっちを見てほしくて、エレオノーラはチクリと一言だけ恨み言を口にする。
「でも、私は言ってほしかった」
「すまなかった」彼は目を閉じて懺悔するように首を垂れた。「本当のことを言って君に拒否されるのが怖かったんだ」
 正直に告白した夫を見つめる。
 ここ数日の自分の葛藤は何だったのだろう。そんな怒りじみた感情が沸いてきたけれど、すぐに萎んでいってしまった。
 思い返してみれば、出会ったときから今まで、彼は常にエレオノーラ最優先だった。最初の約束のことが頭にあったから一貫性がないように感じて混乱してしまっただけだ。
 まだ短い結婚生活の中でも彼はあからさまにエレオノーラに尽くしていた。
 自身のあまりの鈍感さに今度は彼女のほうが赤面してしまう。
「私、何も分かっていなかった……」
 両手で顔を覆う。穴があったら入りたいと切実に思った。
「そこが君の愛おしいところだ」
 なぜか胸を張って自慢するように主張する夫をエレオノーラをめつける。
「もっと早く言ってくだされば良かったのに」
 言う機会ならたくさんあったはずだ。初めて手を繋いだ夜なんて絶好の機会だっただろう。
「君が最も愛しているのはセレフィーナ嬢だと本人から聞いたものだから、下手に間に入って警戒されないようにしようと思ったら慎重になり過ぎてしまった」
 まさかの妹本人からの申告だったらしい。恨めしげにセレフィーナを見ると、悪びれもせずに「だってそのくらいで尻込みする男性なんてお姉さまに相応しくないもの」とあっさりと白状する。
 はぁ、とエレオノーラは溜息をついた。いきなりのことでどうにも全てを受け止めきることはできないが、これだけは確認しなくてはならない。
「浮気、されていないのですよね?」
「ああ」
 エレオノーラは妹の腕の中から抜け出して夫の元まで行く。あと数歩のところで立ち止まって手を広げると、彼のほうから近付いてきて抱きしめてくれた。
「私が一番だと言ってください」
「誰よりも愛している。これまでも、これからも君だけだ」
 歯の浮くような台詞だ。
 今まで、どうしてこんなに直球で愛してくれている人の言葉を疑うことができたのだろう。
 まともに受け止めてしまうと表情が緩んでしまうのを堪えられない。
 シルベスタの胸に顔を埋める。今、確実に人に見せられない顔をしているはずだ。
「お姉さま。戻ってきたくなったらすぐに連絡くださいね。私、待ってますから」
 頷くとシルベスタは慌てたように「絶対に離縁はしないからな」と訴える。その必死の様子に思わずエレオノーラは顔を上げ、はにかんだ笑顔を向けた。
 それを直視した夫は眉間に皺を寄せて耳を赤くしている。この表情が彼の照れているときのものだと気付くのにも随分と時間がかかってしまった。
 セレフィーナはとても名残惜しそうにしていたけれど「夫婦の時間を邪魔してはいけませんね」と残念そうに帰っていった。
 シルベスタも恐らく仕事を放り出して帰ってきたのだろう。すぐにまた出かけるものだと思うと寂しくなってきてしまう。
「シルベスタ様。日暮れには戻られますか?」
 手を繋ぎながら拗ねたように唇を尖らせる。今すぐにでも二人きりになりたいと思っていたが、彼の仕事の邪魔になるようなことはしたくない。
 きっと先程の彼の言葉に嘘はないのだろうが、いまだに夢見心地だった。せめて現実だと思えるまでは一緒にいたかった。
「今日は君のそばにいる」
「でもお仕事があるのですよね」
「終わらせてきた。数日前からセレフィーナ嬢が来ることは分かっていたから、多少の無理を押してでも片付けなければならないと思っていた。案の定、途中まで君は実家に戻る気にさせられていただろう。急いで帰ってきて良かったな」
「ええ、ちょうど良いタイミングでした。あそこで割って入っていただかなかったら危うくセレフィーナと王宮で暮らすことになっていたかもしれません」
 意地悪を言うと、シルベスタはわざとらしく顔を顰める。
 それを見てエレオノーラは随分と気を良くした。
「私もあなたのことが大好きです」
 肝心なことを言ってなかったことに気付いて小さな声で告白すると、彼は驚いたように目を見開く。
 エレオノーラは笑い声を上げて、もう一度同じことを言わせようとして捕まえようする夫の手をひらりと躱した。
「エレオノーラ、今言ったことは……」
「私たち、両想いですね」
「いや、そうなんだろうが、それじゃない」
 シルベスタはソファーに足をぶつけながらもエレオノーラを捕まえて腕の中に収めると鬼気迫る様子で「もう一度、言ってくれ」と懇願する。
「嫌ですよ」
「頼む。一回だけでいい」
「うふふ」
 エレオノーラは楽しくなってきてしまう。背に体重をかけると難なく受け止められた。
「浮気しないでくださいね。もし他の方に目移りしたら、こうです」
 拳をつくってみせると彼は目を細めて愛おしいものを見つけたような表情で抱きしめてくる。
 エレオノーラは満ち足りたような気分だった。嬉しくて、これ以上ないくらいに幸せだと思った。
「あなたと結婚して良かった」
 そう微笑むと、顔を赤くして眉間に皺を寄せた彼を抱き寄せた。


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