タイガーカットの願いごと

三屋城衣智子

文字の大きさ
10 / 11

僕が笙を吹いた日 後編(終)

しおりを挟む
 それから僕は、昼はきちんとポーズを取り、夜は場所を探してうろうろと彷徨さまよった。
 知らないところは、知りに行けば、知った場所へと変わっていった。
 他の玩具や、人形たちの邪魔になる場所、ならない場所を段々と把握するようになり。
 なんとなくの、定番の場所ができた。

 その前に入り込んだ床の間の下にあった地袋で、イチャイチャといたしてるカップルと鉢合わせした時には冷や汗をかいた。
 男の人――どうもお内裏様っぽかったけど――の方は気づいたようで。
 ただ女の人に気づかせたくなかったのか、しっしと、まるで猫でも追い払うように手で払われてしまった。
 何か看板でも立てとけよ全く。
 とは流石の僕でも言うわけにはいかず、すごすごと扉から出た。

 とにかく場所を見つけて、繰り返し繰り返し通って。
 しばらく経った。



 今日も、僕の右隣に集まったみんなから、雅楽の艶やかな音色が聞こえてくる。
 何度も何度も聞いていたから、曲は大体覚えたし、どの音がその曲の終わりの音かもわかるようになってきていた。
 そう、ここだ。

「あ、あのっ!」

 僕は震える声で、曲が終わったと同時くらいで、カッキーに声をかけた。

「あん?!」

 カッキーはまだ怒ってるのか、メンチを切りながら振り返ってきた。
 当然だ、僕はまだ前のことを謝っていない。

「この間はごめんなさい!!」

 がばりと頭を下げながら精一杯声を出した。

「古臭いとか暴言吐いてごめんなさい! そんなこと思ってないのに、悔しくて、不安で、僕、ひどいこと言ったんだ。それは言った時からわかってて……でも、不安なこと言いたくなくて、黙って、謝らなくて、ごめん……」

 ぎゅっと目を瞑った。
 怖くて、だから、相手の反応も表情も見えない。

「……不安って、何が、不安だったんだよ。つかその不安は、もういいのか?」

 その声は、なんだかとても柔らかいもので。
 だから驚いて、がばりと頭を上げた。
 それでもまだ顔は見れなくて、そっぽを向きながら聞かれたことにこたえる。

「僕本当は、最初の日に笙を吹こうとしてみたんだ。だけど上手くいかなくて。みんなはあんなに上手にできてるのに。音が鳴らなくて、悔しくて、僕だけってのが不安で……」
「なんだよそれ……」
「だけど!」

 叫ぶなり僕は、指孔ゆびあなを押さえながら笙に口づけ息を入れ込む。
 高らかに、笙の不恰好な音色が響いた。

「練習して、吹けるようになったんだ! だから」
「バカ、そんなの俺らだって最初っから鳴らせてねーよ」
「太鼓はバチで叩けば、音だけは鳴るだろ?」

 カッキーの頭をはたいて、よっこんがツッコミを入れる。

「バレたか」

 照れたのかな? 鼻下を擦りながらカッキーがにかっと笑う。
 その横で、呆れた顔したよっこんが口を開く。

「まぁカッキーの冗談は捨て置くとして。ボクたちも最初はできなかったよ。雅楽だって、人形師が好きで作業しながらよくテレビにディスクだかで流してたから、見ようみまねでボクが覚えてたってだけだったし」
「え?」
「聞いてくれりゃなんでも答えたのによぉ。ま、俺らも浮かれすぎてて説明不足でごめんな?」

 カッキーが頭を下げた。

「わからないことは教えるし、一緒に新しく作ってくのも楽しそうでしょ?」

 よっこんがウインクする。

「……さいあく、たたけば音は、なる」

 カエンが言葉少なに、僕にアドバイスをくれた。

「ちょーっとそれは、乱暴に過ぎないかなぁ」

 ニコニコしながらたっちーがカエンに釘を刺し、そのまま僕に、吹き方一緒に開発してけばいいよと言った。

「……ありがとう!」

 僕は感激のあまり、一番近くにいたカッキーに抱きついてしまったものだから。
 どわぁ! と言いながらカッキーが後ろへ倒れ、その後ろにいたカエンが巻き込まれて倒れ込んでしまった。
 目の端で、さっとたっちーが避けたのが見えた。

「っててて、突然なつきやがっていてーだろが!」

 少し怒った口調で言いながら、でも目が笑っている。
 僕は嬉しくなってしまって、上体を起こして座り込んだまま。
 ポロポロ、ポロポロと涙が止まらなくなってしまった。

 するとカエンがそっとぎゅっとしてくれて、ついでよっこん、たっちーまでぎゅっとしてくる。
 団子みたいになったところで、やれやれ仕方がないかといった体で、カッキーがみんなを包むようにぎゅっとしてきた。
 嬉しくて、顔がニヤケはじめて涙が止まる。

「泣いたカラスがもう笑った」

 みんなが笑う。
 僕も笑う。

 そして誰からともなく離れていって、それぞれが自分の楽器を手に取り始めのいち音。
 僕もそれに加わって。

 そうして僕は拙いながらも、みんなと一緒に笙を吹き音楽を奏ではじめたのだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...