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番外編 王子side
〜婚約者うらやまな王子は隠れたいのでステルス機能を装備する〜
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寝込んで一週間目。
八歳のオレは目が覚めると共にがばっと体を起こすと、天啓がきたかの様に呟いた。
「そうだけっこんしよう」スパコーン!!
言うが早いか誰かの履いていた靴で頭を小気味よく叩かれた。
「いっ! ……酷いぞジャン。いてーじゃねーか!」
「老婆心ながら愛の鞭でございますよ、ぼっちゃま。結婚はお相手とお互いに"したいね"と言い合わないとできないのでございます」
涼しい顔して靴を履き直しながら執事が言った。
片足立ちのままブレもせず靴履くとか体幹すげぇのな、ジャン。
「こんなに好きなのに、何もできないのかよ……」
「……想う事はできますよ」
「っ! 想うだけじゃ、嫌だ!! ずっと一緒にいたい!!」
「……お立場もあり、一緒にいる事は不可能にございます。特に婚約者のいる御令嬢は、むやみやたらと異性と仲良くならぬよう過ごされますので」
「……そうか。じゃあ一緒にいるように見えなければ良いんだな?!!」
名案だ。
オレは自分の天才的な閃きに打ち震えた。
そうと決まれば景色に溶け込む算段だ。
必要なものを頭の中であれこれ思い浮かべながら、早速ジャンに手配するよう指示するのだった。
翌日。
オレは影を動かしあの子の情報収集をして得た場所を目指していた。
「侯爵家の鍛錬場だなんて、デートにしては渋い場所だな? ……っげふぁっ!!」
自分で言っといてその単語から受ける衝撃の大きさに、思わず吐血した。
ジャンが予測していたかのように桶を差し出し事なきを得る。
口から少し垂れた血を手の甲で拭いながら、今日の予定の最終確認をした。
「護衛として雇ってもらう手筈は整ってるのか?」
「ぼっちゃまの言うとおりにしてございます」
「そうか。あの子に会えるんだな、今日……」
高鳴る胸を押さえながら、どこの家の者かわからないように細工した馬車から景色を眺めた。
――これはデートなのか?いや、デートじゃねぇだろ……。
侯爵家の護衛に紛れ込みながら突っ込みを入れる。
目の前では、……っ、こ、こんやく、こんやくしゃって奴とあの子が泥だらけになりながら鍛錬を積んでいた。
時折笑い声が響く。
眩しいほどの笑顔が……そこにあった。
掌に爪が食い込んで、ぬるりとした感触がした。
「……ぼっちゃま」
背後にジャンがきた気配がした。
「……もう、帰る……」
その夜は何だか悔しくて、悲しくて、ひたすら泣いた。
土で滑って転んだのを助け起こすのなら、オレの手が良い。
オレだって剣術を習い始めているんだから、コツだって教えてやれるのに。
ほっぺたの土を拭うあいつの手を、どうしてオレは叩き落とせないんだ…!!
ベッドに突っ伏して涙を隠していると、そろりと、ジャンが近づいて口を開いた。
「強かにおなりなさい殿下。彼女を迎えるに足るだけの貴方に、そして環境にしながら待つのです。さすれば自ずと勝機も見えましょう」
「………………彼女のそばに影を、まずは情報収集からだ。あと鍛錬の時間を増やしてオレに教える影を1人寄越せ」
「……御意」
悔しいけど今はまだ奴に預けておく。
オレには力が圧倒的に足らない……。
脳筋っぽいから変な虫にはならなさそうなのだけが救いだなって思いながら、オレは溜まった涙を振り払うように泣いて腫れすぎた目をゴシゴシと擦った。
きっとこの道はとても困難だ。
けれど諦めるなんて絶対にごめんだ。
オレはコレクションの本日の栞を眺めながら誓った、いつか格好良く姉上が読んで聞かせてくれた王子の物語のようにあの子を攫うんだって。
――――あれから六年。
俺は影に直接師事して隠密技術を手に入れた。
たまに兄上の隠密を手伝えるくらいには成長した……師匠にはまだまだだなと頭をわしゃわしゃされるが、あの子に会いたいが過ぎただけで影に就職したいわけではないので満足だ。
感謝してもしきれないので師匠には足を向けて寝てはならぬと決めている。
その技術を使って、暇さえあれば彼女のことを物陰から眺めた。
こけそうになるのをこっそり助けたりもした。
打ち捨てられていくお手製刺繍ハンカチはバレないように回収し、彼女が庭でお茶をする時なんかは、食べ物の好みも調べることが出来た。
紅茶を一口飲んで微笑む様は――――とても、綺麗で。
「まじてんし」と言いながら俺は鼻血を吹いて倒れた……らしい。
俺を回収した影から報告があったので事実なのだろう。
他の技術も会得して、あの子とは二度ほど遊ぶことができた。
「はぁ…………まじてんし」とか、うっとりしながら本人の前でうっかり言ってしまったのは黒歴史だが、あのたった二つだけの邂逅は、俺の記憶の中で今までもこれからもずっと聖域だ。
あれから、………………デートは情報だけ集めることにした。
何くれと邪魔してやりたくて歯軋りしたが、上に立つ者が無闇にしゃしゃり出てもいけないだろうと影に任せた。
……かっこつけてみたが、正直に言うと、腑が、もたなかった。煮えくり過ぎた。
隠れきれなくなりそうだったので諦めた。
口に国宝突っ込んで奥歯ガタガタいわせたかった……。
今は最後の仕上げ、とばかり付け焼き刃で正統派王子とやらの口真似を練習している。
教本は「どきっ☆秘密だらけの学園生活~私、王子様と結婚してます!~」だ。
なかなか良い本だった。
姉上と一晩語って、まだ語り足りないので姉上と別日に予定を入れている。
まぁこの口調練習はおまけのようなものだ、……疑似餌でもあるかもしれないが。
ようやく準備は整った。
「もうすぐ迎えに行きますよ、我が姫……」
バルコニーでつぶやいた囁きは、春の夜空にとけていった――――。
八歳のオレは目が覚めると共にがばっと体を起こすと、天啓がきたかの様に呟いた。
「そうだけっこんしよう」スパコーン!!
言うが早いか誰かの履いていた靴で頭を小気味よく叩かれた。
「いっ! ……酷いぞジャン。いてーじゃねーか!」
「老婆心ながら愛の鞭でございますよ、ぼっちゃま。結婚はお相手とお互いに"したいね"と言い合わないとできないのでございます」
涼しい顔して靴を履き直しながら執事が言った。
片足立ちのままブレもせず靴履くとか体幹すげぇのな、ジャン。
「こんなに好きなのに、何もできないのかよ……」
「……想う事はできますよ」
「っ! 想うだけじゃ、嫌だ!! ずっと一緒にいたい!!」
「……お立場もあり、一緒にいる事は不可能にございます。特に婚約者のいる御令嬢は、むやみやたらと異性と仲良くならぬよう過ごされますので」
「……そうか。じゃあ一緒にいるように見えなければ良いんだな?!!」
名案だ。
オレは自分の天才的な閃きに打ち震えた。
そうと決まれば景色に溶け込む算段だ。
必要なものを頭の中であれこれ思い浮かべながら、早速ジャンに手配するよう指示するのだった。
翌日。
オレは影を動かしあの子の情報収集をして得た場所を目指していた。
「侯爵家の鍛錬場だなんて、デートにしては渋い場所だな? ……っげふぁっ!!」
自分で言っといてその単語から受ける衝撃の大きさに、思わず吐血した。
ジャンが予測していたかのように桶を差し出し事なきを得る。
口から少し垂れた血を手の甲で拭いながら、今日の予定の最終確認をした。
「護衛として雇ってもらう手筈は整ってるのか?」
「ぼっちゃまの言うとおりにしてございます」
「そうか。あの子に会えるんだな、今日……」
高鳴る胸を押さえながら、どこの家の者かわからないように細工した馬車から景色を眺めた。
――これはデートなのか?いや、デートじゃねぇだろ……。
侯爵家の護衛に紛れ込みながら突っ込みを入れる。
目の前では、……っ、こ、こんやく、こんやくしゃって奴とあの子が泥だらけになりながら鍛錬を積んでいた。
時折笑い声が響く。
眩しいほどの笑顔が……そこにあった。
掌に爪が食い込んで、ぬるりとした感触がした。
「……ぼっちゃま」
背後にジャンがきた気配がした。
「……もう、帰る……」
その夜は何だか悔しくて、悲しくて、ひたすら泣いた。
土で滑って転んだのを助け起こすのなら、オレの手が良い。
オレだって剣術を習い始めているんだから、コツだって教えてやれるのに。
ほっぺたの土を拭うあいつの手を、どうしてオレは叩き落とせないんだ…!!
ベッドに突っ伏して涙を隠していると、そろりと、ジャンが近づいて口を開いた。
「強かにおなりなさい殿下。彼女を迎えるに足るだけの貴方に、そして環境にしながら待つのです。さすれば自ずと勝機も見えましょう」
「………………彼女のそばに影を、まずは情報収集からだ。あと鍛錬の時間を増やしてオレに教える影を1人寄越せ」
「……御意」
悔しいけど今はまだ奴に預けておく。
オレには力が圧倒的に足らない……。
脳筋っぽいから変な虫にはならなさそうなのだけが救いだなって思いながら、オレは溜まった涙を振り払うように泣いて腫れすぎた目をゴシゴシと擦った。
きっとこの道はとても困難だ。
けれど諦めるなんて絶対にごめんだ。
オレはコレクションの本日の栞を眺めながら誓った、いつか格好良く姉上が読んで聞かせてくれた王子の物語のようにあの子を攫うんだって。
――――あれから六年。
俺は影に直接師事して隠密技術を手に入れた。
たまに兄上の隠密を手伝えるくらいには成長した……師匠にはまだまだだなと頭をわしゃわしゃされるが、あの子に会いたいが過ぎただけで影に就職したいわけではないので満足だ。
感謝してもしきれないので師匠には足を向けて寝てはならぬと決めている。
その技術を使って、暇さえあれば彼女のことを物陰から眺めた。
こけそうになるのをこっそり助けたりもした。
打ち捨てられていくお手製刺繍ハンカチはバレないように回収し、彼女が庭でお茶をする時なんかは、食べ物の好みも調べることが出来た。
紅茶を一口飲んで微笑む様は――――とても、綺麗で。
「まじてんし」と言いながら俺は鼻血を吹いて倒れた……らしい。
俺を回収した影から報告があったので事実なのだろう。
他の技術も会得して、あの子とは二度ほど遊ぶことができた。
「はぁ…………まじてんし」とか、うっとりしながら本人の前でうっかり言ってしまったのは黒歴史だが、あのたった二つだけの邂逅は、俺の記憶の中で今までもこれからもずっと聖域だ。
あれから、………………デートは情報だけ集めることにした。
何くれと邪魔してやりたくて歯軋りしたが、上に立つ者が無闇にしゃしゃり出てもいけないだろうと影に任せた。
……かっこつけてみたが、正直に言うと、腑が、もたなかった。煮えくり過ぎた。
隠れきれなくなりそうだったので諦めた。
口に国宝突っ込んで奥歯ガタガタいわせたかった……。
今は最後の仕上げ、とばかり付け焼き刃で正統派王子とやらの口真似を練習している。
教本は「どきっ☆秘密だらけの学園生活~私、王子様と結婚してます!~」だ。
なかなか良い本だった。
姉上と一晩語って、まだ語り足りないので姉上と別日に予定を入れている。
まぁこの口調練習はおまけのようなものだ、……疑似餌でもあるかもしれないが。
ようやく準備は整った。
「もうすぐ迎えに行きますよ、我が姫……」
バルコニーでつぶやいた囁きは、春の夜空にとけていった――――。
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