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第五話 逃してみせる
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(な訳、あるか)
薄々、感じてはいた。アンナ様は、とても、それはとても心こもる話し方で、マルク様を語る。これまで一緒にどんな遊びをしたのか、どういった思い出があるか。もちろん私に対してマウントを取ろうとか、そういうんじゃない。純粋に、ただ楽しかった日々のことを、彼の人となりを、私に理解してもらおうと喋る。
彼が、理解してもらえるように。彼が、奥さんになる人と一緒になって困らないように。
今も。
私がポンコツになってしまったので迎えにきてくれた馬車の中で、気分が悪くなったのかも、と扇であおいでくれている。優しい、女の子。
本当なら彼女がきっと王子の婚約者だったんだろう。
元々の幸せが壊れてしまう。こんな事とっとと終わらせて帰らなくては。
自分の気持ちなんてなかった。
私の気持ちは、行川先生への気持ちだけだ。
気合を入れろ。
――余計なことを考えていたからか、異変に気づかなかった。
いきなり馬車を引いていた馬がいななく声。馬を操っていた御者の悲鳴。それから私たちが乗っている部分が大きく揺れ。
「きゃっ!」
やがて停止した様だった。
「アンナ様! お怪我はっ?!」
横揺れで椅子から転げ落ちたアンナ様の上体に手をかけ起こし、声をかける。ざっと見たところ、見える部分の出血はなさそうでホッとした。
「怪我はないみたい、ありがとうマリー」
「いえ。巻き込んだのは私の方かもしれませんから。いいですか、もし私への声がけがあれば、先に出ますから、貴族子女がはしたないと思われるかもしれませんが、アンナ様は全力で走ってください。少し戻ったところに民家があったはずです、助けを呼んでもらえたら嬉しいです」
「けどっ! マリーは?」
「私、実はこう見えても武道を習っていたので大丈夫です」
「マリー=イケタン! 出てきてもらおうか」
案の定、外からは私を呼ぶ声が聞こえた。多分王太子の政敵が用意した人間だろう。私は返事をした。
「今から出ますわ!」
いいですね、と小声で伝えると、アンナ様は覚悟を決めたようでひとつ、頷いてくれた。
私はなるべく優雅で華奢に見えるよう、心ぼそそうに両手を胸の前で合わせて馬車のドアから外へと出る。
見渡すと、私に声をかけた以外に二人、中心に立つ声をかけた人物の両脇に余裕そうに立っている。そこで、アンナ様がかけてく方向に立っている人をじっと見ながら「ドボン」と言うことにし実行した。その間にアンナ様がドアから勢いよく出てもと来た道を走る。
「おいこらぁぁぁ!」
「ほっとけ。お嬢さんの足じゃ五分五分だろ。それよりこいつだ」
「それは俺が!!」
魔法をかけた人が名乗りをあげた。二人はまだこの人――めんどくさいのであだ名をつける、「ソレオレ」と「オイコラ」と「ゴブ」だ――つまりはソレオレが魔法で魅入られているのには気づいてなさそうだ。
私はろくな抵抗もせずとっつかまった。「っああ、いい匂いだぁ」と、変態に匂いを嗅がれながら。
薄々、感じてはいた。アンナ様は、とても、それはとても心こもる話し方で、マルク様を語る。これまで一緒にどんな遊びをしたのか、どういった思い出があるか。もちろん私に対してマウントを取ろうとか、そういうんじゃない。純粋に、ただ楽しかった日々のことを、彼の人となりを、私に理解してもらおうと喋る。
彼が、理解してもらえるように。彼が、奥さんになる人と一緒になって困らないように。
今も。
私がポンコツになってしまったので迎えにきてくれた馬車の中で、気分が悪くなったのかも、と扇であおいでくれている。優しい、女の子。
本当なら彼女がきっと王子の婚約者だったんだろう。
元々の幸せが壊れてしまう。こんな事とっとと終わらせて帰らなくては。
自分の気持ちなんてなかった。
私の気持ちは、行川先生への気持ちだけだ。
気合を入れろ。
――余計なことを考えていたからか、異変に気づかなかった。
いきなり馬車を引いていた馬がいななく声。馬を操っていた御者の悲鳴。それから私たちが乗っている部分が大きく揺れ。
「きゃっ!」
やがて停止した様だった。
「アンナ様! お怪我はっ?!」
横揺れで椅子から転げ落ちたアンナ様の上体に手をかけ起こし、声をかける。ざっと見たところ、見える部分の出血はなさそうでホッとした。
「怪我はないみたい、ありがとうマリー」
「いえ。巻き込んだのは私の方かもしれませんから。いいですか、もし私への声がけがあれば、先に出ますから、貴族子女がはしたないと思われるかもしれませんが、アンナ様は全力で走ってください。少し戻ったところに民家があったはずです、助けを呼んでもらえたら嬉しいです」
「けどっ! マリーは?」
「私、実はこう見えても武道を習っていたので大丈夫です」
「マリー=イケタン! 出てきてもらおうか」
案の定、外からは私を呼ぶ声が聞こえた。多分王太子の政敵が用意した人間だろう。私は返事をした。
「今から出ますわ!」
いいですね、と小声で伝えると、アンナ様は覚悟を決めたようでひとつ、頷いてくれた。
私はなるべく優雅で華奢に見えるよう、心ぼそそうに両手を胸の前で合わせて馬車のドアから外へと出る。
見渡すと、私に声をかけた以外に二人、中心に立つ声をかけた人物の両脇に余裕そうに立っている。そこで、アンナ様がかけてく方向に立っている人をじっと見ながら「ドボン」と言うことにし実行した。その間にアンナ様がドアから勢いよく出てもと来た道を走る。
「おいこらぁぁぁ!」
「ほっとけ。お嬢さんの足じゃ五分五分だろ。それよりこいつだ」
「それは俺が!!」
魔法をかけた人が名乗りをあげた。二人はまだこの人――めんどくさいのであだ名をつける、「ソレオレ」と「オイコラ」と「ゴブ」だ――つまりはソレオレが魔法で魅入られているのには気づいてなさそうだ。
私はろくな抵抗もせずとっつかまった。「っああ、いい匂いだぁ」と、変態に匂いを嗅がれながら。
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