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第19話 背を向けた夜 ― The Night I Turned Away
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三年前の冬頃、匠真は突然、外出が増えた。
「急用だ」とだけ言って俺との約束をキャンセルすることも何度かあった。
行き先を聞いても「大したことじゃない」と笑ってごまかす。
そんなある日、同僚の噂を耳にした。
「篠原さん、この前すげー美人と歩いてたぞ。彼女じゃないか?」
(……まさか。あいつに限って)
そう否定した。
でも、数日後の夜、街角で俺は決定的な場面を目撃してしまった。
街灯に照らされた匠真の隣には、長身で華やかな雰囲気の女性。
まるで恋人のように自然に腕を絡め、笑顔で頬にキスをしていた。
匠真は困った顔をしながらも、振りほどきはしない。
映画のワンシーンのように、俺はその様子をただ見ていた。
二人の姿がすっかり視界から去ったあと、現実が迫ってきた。
(……やっぱり、恋人がいるんだ)
胸がぎゅっと潰れる。
匠真がこちらに気づいても、何の説明もなかった。
(俺なんか、身体目当てで遊ばれてただけか……)
背を向けて走り出したあの夜の衝撃が、今も胸に焼きついている。
その痛みから逃げるように、俺はアメリカ行きを選んだのだ。
◆
「……っ!」
心臓の早鐘で目が覚めた。額には冷たい汗がにじんでいる。
ベッド脇の時計は、まだ始業まで一時間あることを示していた。
(なんで今さら、あんな夢を……)
胸の奥に残るざらついた痛みは、三年経った今でも消えてはいなかった。
千夏との別れの傷跡がようやく癒え、匠真という恋人を受け入れられるようになった矢先のことだった。
(匠真は裏切らない)
どこかでそんな安心感があったのだと思う。
だからこそ、裏切りを知ったときのショックは、口では言い表せない。
「…用意しないと」
今日も匠真のスケジュールはぎっしり詰まっていて、俺が行かないと回らない。
今、匠真の顔を見るのは辛いけど…仕事に穴を空けるわけにはいかなかった。
◆
午前中の会議を終えたあと、社内がざわついた。
丸友財閥の会長が、直々に会社に来ているというのだ。
同席する予定ではなかったが、俺は丸友AI Agencyの案件担当として呼び出され、重役たちが並ぶ応接室に足を踏み入れることになった。
部屋の中央に座る老人の威圧感に、空気が一段と重くなる。
冬華さんも控えめに席についている。
「今日は正式に、冬華との見合いの話を進めに来た」
会長の声が響いた瞬間、室内の空気が凍った。
重役たちのいる場所で。
まるで宣言するかのように。
匠真に拒否権を与えないために、わざわざこの場を選んだのだろう。
匠真は立ち上がり、まっすぐ会長を見た。
低く、しかし揺るぎない声で告げる。
「何度も申し上げていますが、お断りいたします」
会長の目が細められる。
「わしの話を断るということが、どういうことか分かっているのか」
「分かっています。会社を辞めます。それでいいでしょう?」
ざわ、と周囲がざわめいた。
誰もが耳を疑ったに違いない。
丸友財閥の会長に睨まれるのも会社にとってはマイナスだが、匠真が辞めるということの影響のほうが、ここにいる重役たちにとっては大きいのだ。
「し、篠原くん…まあ、そう決めつけずに。少し落ち着いて…」
社長が遠慮がちに口を挟む。
だが匠真は一歩も退かない。
「俺には、心に決めたやつがいます。あなたのお孫さんを幸せにはできません」
その一言が、頭の中に鋭く突き刺さった。
(……心に、決めたやつ……?)
(やっぱり……いるんだ。本命が……)
会長の前でまで、迷いなく言い切るなんて。
その覚悟の強さが、余計に俺と匠真の距離を感じさせた。
呼吸が浅くなり、視界がにじんだ。
噂や憶測ではなく、匠真自身の口から放たれた言葉。
俺の中の最後の希望は、無惨に打ち砕かれていく。
「あくまでも丸友財閥を敵に回すというのだな?」
「お、おじいさま…その言い方は…」
「おまえは黙ってろ!」
会長に一喝され、冬華さんは泣きそうな顔で口を閉ざした。
「何を言われても、俺の気持ちは変わりません」
会長は怒気を含みながらも「……勝手にしろ」と吐き捨てて立ち上がる。
冬華さんも慌てて立ち上がり、俺と匠真に頭を下げ、会長の後を追った。
重役たちが慌ただしく後を追い、応接室には俺と匠真だけが残された。
何か言わなければと思ったのに、喉がひどく乾いて声が出ない。
椅子に沈んだままの俺を横目に、匠真は何も言わず踵を返した。
その背中は、どこまでも遠いものに見えた。
(……やっぱり俺は、ただの遊びだったんだ)
(3年前も今も、俺は何も変わってない……)
胸の奥に、夢の続きを見るような絶望だけが広がっていた。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「背を向けた夜 ― The Night I Turned Away」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「背を向けた夜 ― The Night I Turned Away」はこちら⇒ https://youtu.be/iOQbxRupC9I
「急用だ」とだけ言って俺との約束をキャンセルすることも何度かあった。
行き先を聞いても「大したことじゃない」と笑ってごまかす。
そんなある日、同僚の噂を耳にした。
「篠原さん、この前すげー美人と歩いてたぞ。彼女じゃないか?」
(……まさか。あいつに限って)
そう否定した。
でも、数日後の夜、街角で俺は決定的な場面を目撃してしまった。
街灯に照らされた匠真の隣には、長身で華やかな雰囲気の女性。
まるで恋人のように自然に腕を絡め、笑顔で頬にキスをしていた。
匠真は困った顔をしながらも、振りほどきはしない。
映画のワンシーンのように、俺はその様子をただ見ていた。
二人の姿がすっかり視界から去ったあと、現実が迫ってきた。
(……やっぱり、恋人がいるんだ)
胸がぎゅっと潰れる。
匠真がこちらに気づいても、何の説明もなかった。
(俺なんか、身体目当てで遊ばれてただけか……)
背を向けて走り出したあの夜の衝撃が、今も胸に焼きついている。
その痛みから逃げるように、俺はアメリカ行きを選んだのだ。
◆
「……っ!」
心臓の早鐘で目が覚めた。額には冷たい汗がにじんでいる。
ベッド脇の時計は、まだ始業まで一時間あることを示していた。
(なんで今さら、あんな夢を……)
胸の奥に残るざらついた痛みは、三年経った今でも消えてはいなかった。
千夏との別れの傷跡がようやく癒え、匠真という恋人を受け入れられるようになった矢先のことだった。
(匠真は裏切らない)
どこかでそんな安心感があったのだと思う。
だからこそ、裏切りを知ったときのショックは、口では言い表せない。
「…用意しないと」
今日も匠真のスケジュールはぎっしり詰まっていて、俺が行かないと回らない。
今、匠真の顔を見るのは辛いけど…仕事に穴を空けるわけにはいかなかった。
◆
午前中の会議を終えたあと、社内がざわついた。
丸友財閥の会長が、直々に会社に来ているというのだ。
同席する予定ではなかったが、俺は丸友AI Agencyの案件担当として呼び出され、重役たちが並ぶ応接室に足を踏み入れることになった。
部屋の中央に座る老人の威圧感に、空気が一段と重くなる。
冬華さんも控えめに席についている。
「今日は正式に、冬華との見合いの話を進めに来た」
会長の声が響いた瞬間、室内の空気が凍った。
重役たちのいる場所で。
まるで宣言するかのように。
匠真に拒否権を与えないために、わざわざこの場を選んだのだろう。
匠真は立ち上がり、まっすぐ会長を見た。
低く、しかし揺るぎない声で告げる。
「何度も申し上げていますが、お断りいたします」
会長の目が細められる。
「わしの話を断るということが、どういうことか分かっているのか」
「分かっています。会社を辞めます。それでいいでしょう?」
ざわ、と周囲がざわめいた。
誰もが耳を疑ったに違いない。
丸友財閥の会長に睨まれるのも会社にとってはマイナスだが、匠真が辞めるということの影響のほうが、ここにいる重役たちにとっては大きいのだ。
「し、篠原くん…まあ、そう決めつけずに。少し落ち着いて…」
社長が遠慮がちに口を挟む。
だが匠真は一歩も退かない。
「俺には、心に決めたやつがいます。あなたのお孫さんを幸せにはできません」
その一言が、頭の中に鋭く突き刺さった。
(……心に、決めたやつ……?)
(やっぱり……いるんだ。本命が……)
会長の前でまで、迷いなく言い切るなんて。
その覚悟の強さが、余計に俺と匠真の距離を感じさせた。
呼吸が浅くなり、視界がにじんだ。
噂や憶測ではなく、匠真自身の口から放たれた言葉。
俺の中の最後の希望は、無惨に打ち砕かれていく。
「あくまでも丸友財閥を敵に回すというのだな?」
「お、おじいさま…その言い方は…」
「おまえは黙ってろ!」
会長に一喝され、冬華さんは泣きそうな顔で口を閉ざした。
「何を言われても、俺の気持ちは変わりません」
会長は怒気を含みながらも「……勝手にしろ」と吐き捨てて立ち上がる。
冬華さんも慌てて立ち上がり、俺と匠真に頭を下げ、会長の後を追った。
重役たちが慌ただしく後を追い、応接室には俺と匠真だけが残された。
何か言わなければと思ったのに、喉がひどく乾いて声が出ない。
椅子に沈んだままの俺を横目に、匠真は何も言わず踵を返した。
その背中は、どこまでも遠いものに見えた。
(……やっぱり俺は、ただの遊びだったんだ)
(3年前も今も、俺は何も変わってない……)
胸の奥に、夢の続きを見るような絶望だけが広がっていた。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「背を向けた夜 ― The Night I Turned Away」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「背を向けた夜 ― The Night I Turned Away」はこちら⇒ https://youtu.be/iOQbxRupC9I
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