風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動

梵天丸

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第19話 背を向けた夜 ― The Night I Turned Away

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 三年前の冬頃、匠真は突然、外出が増えた。
 「急用だ」とだけ言って俺との約束をキャンセルすることも何度かあった。
 行き先を聞いても「大したことじゃない」と笑ってごまかす。

 そんなある日、同僚の噂を耳にした。

「篠原さん、この前すげー美人と歩いてたぞ。彼女じゃないか?」

(……まさか。あいつに限って)

 そう否定した。
 でも、数日後の夜、街角で俺は決定的な場面を目撃してしまった。

 街灯に照らされた匠真の隣には、長身で華やかな雰囲気の女性。
 まるで恋人のように自然に腕を絡め、笑顔で頬にキスをしていた。
 匠真は困った顔をしながらも、振りほどきはしない。
 映画のワンシーンのように、俺はその様子をただ見ていた。
 二人の姿がすっかり視界から去ったあと、現実が迫ってきた。

(……やっぱり、恋人がいるんだ)

 胸がぎゅっと潰れる。
 匠真がこちらに気づいても、何の説明もなかった。

(俺なんか、身体目当てで遊ばれてただけか……)

 背を向けて走り出したあの夜の衝撃が、今も胸に焼きついている。
 その痛みから逃げるように、俺はアメリカ行きを選んだのだ。



「……っ!」

 心臓の早鐘で目が覚めた。額には冷たい汗がにじんでいる。
 ベッド脇の時計は、まだ始業まで一時間あることを示していた。

(なんで今さら、あんな夢を……)

 胸の奥に残るざらついた痛みは、三年経った今でも消えてはいなかった。
 千夏との別れの傷跡がようやく癒え、匠真という恋人を受け入れられるようになった矢先のことだった。

(匠真は裏切らない)

 どこかでそんな安心感があったのだと思う。
 だからこそ、裏切りを知ったときのショックは、口では言い表せない。

「…用意しないと」

 今日も匠真のスケジュールはぎっしり詰まっていて、俺が行かないと回らない。
 今、匠真の顔を見るのは辛いけど…仕事に穴を空けるわけにはいかなかった。



 午前中の会議を終えたあと、社内がざわついた。
 丸友財閥の会長が、直々に会社に来ているというのだ。

 同席する予定ではなかったが、俺は丸友AI Agencyの案件担当として呼び出され、重役たちが並ぶ応接室に足を踏み入れることになった。

 部屋の中央に座る老人の威圧感に、空気が一段と重くなる。
 冬華さんも控えめに席についている。

「今日は正式に、冬華との見合いの話を進めに来た」

 会長の声が響いた瞬間、室内の空気が凍った。
 重役たちのいる場所で。
 まるで宣言するかのように。
 匠真に拒否権を与えないために、わざわざこの場を選んだのだろう。

 匠真は立ち上がり、まっすぐ会長を見た。
 低く、しかし揺るぎない声で告げる。

「何度も申し上げていますが、お断りいたします」

 会長の目が細められる。

「わしの話を断るということが、どういうことか分かっているのか」
「分かっています。会社を辞めます。それでいいでしょう?」

 ざわ、と周囲がざわめいた。
 誰もが耳を疑ったに違いない。
 丸友財閥の会長に睨まれるのも会社にとってはマイナスだが、匠真が辞めるということの影響のほうが、ここにいる重役たちにとっては大きいのだ。

「し、篠原くん…まあ、そう決めつけずに。少し落ち着いて…」

 社長が遠慮がちに口を挟む。
 だが匠真は一歩も退かない。

「俺には、心に決めたやつがいます。あなたのお孫さんを幸せにはできません」

 その一言が、頭の中に鋭く突き刺さった。

(……心に、決めたやつ……?)
(やっぱり……いるんだ。本命が……)

 会長の前でまで、迷いなく言い切るなんて。
 その覚悟の強さが、余計に俺と匠真の距離を感じさせた。

 呼吸が浅くなり、視界がにじんだ。
 噂や憶測ではなく、匠真自身の口から放たれた言葉。
 俺の中の最後の希望は、無惨に打ち砕かれていく。

「あくまでも丸友財閥を敵に回すというのだな?」
「お、おじいさま…その言い方は…」
「おまえは黙ってろ!」

 会長に一喝され、冬華さんは泣きそうな顔で口を閉ざした。

「何を言われても、俺の気持ちは変わりません」

 会長は怒気を含みながらも「……勝手にしろ」と吐き捨てて立ち上がる。
 冬華さんも慌てて立ち上がり、俺と匠真に頭を下げ、会長の後を追った。
 重役たちが慌ただしく後を追い、応接室には俺と匠真だけが残された。

 何か言わなければと思ったのに、喉がひどく乾いて声が出ない。
 椅子に沈んだままの俺を横目に、匠真は何も言わず踵を返した。

 その背中は、どこまでも遠いものに見えた。

(……やっぱり俺は、ただの遊びだったんだ)
(3年前も今も、俺は何も変わってない……)

 胸の奥に、夢の続きを見るような絶望だけが広がっていた。

******************

「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「背を向けた夜 ― The Night I Turned Away」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

♫「背を向けた夜 ― The Night I Turned Away」はこちら⇒ https://youtu.be/iOQbxRupC9I
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