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第20話 本当は 君のすべてが欲しいんだ — I Want All of You
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昨夜は、ほとんど眠れなかった。
匠真が会長に向かって言ったあの一言——「俺には心に決めたやつがいます」。
その響きが、何度も何度も脳裏に蘇っては胸を締めつけた。
誰なんだ、その相手は。どうして俺じゃないんだ。そう思うたび、息が苦しくなった。
朝になって鏡を覗くと、目の下にははっきりとした隈ができていた。
顔色は青白く、自分でも分かるほど覇気がない。
それでも、会社に行かなければならない。昨日の混乱で仕事は山積みになっているのだ。
オフィスに入った途端、低い声がかけられた。
「颯、顔色が悪い。具合が悪いのか?」
振り返ると匠真がこちらを見ている。
昨日は社長や役員に呼び出されていて、ほとんど会話する機会がなかった。
少し距離を感じていたせいか、その心配そうな目に、胸が不意にざわめいた。
「大丈夫だ。少し寝不足なだけだから」
「無理するな。辛かったら早退してもいい」
「心配ないって。それより、午後のARCSEEDとの打ち合わせ、来週でも大丈夫そうだから伸ばしてもらおうか?」
「そうだな、頼む」
「了解」
俺がそう告げて業務に戻ると、匠真も自分のデスクに戻っていた。
◆
午前の会議が終わったころ、不意に匠真が口を開いた。
「来月、二日ほど休みを取りたいんだが…問題ないか?」
一瞬、心臓が跳ねる。恋人と旅行にでも行くのか。思わずそんな考えがよぎった。
けれど続いた言葉は、意外なものだった。
「姉が戻ってくる。温泉に連れて行けとせがまれていてな」
「……そういえば、外国にいるって言ってたっけ」
「ああ、今はドイツにいる」
その横顔は少し柔らかくて、俺は苦笑した。
「分かった。何とかする。柚木さんにも頼めば、二日ぐらいならおまえがいなくても回るはずだし」
「悪いな」
「久しぶりに会うんだろ? ゆっくりしてくるといい」
「……そうだな」
匠真の両親が事故で亡くなり、残された家族は姉だけだということを思い出す。
(何とかして時間を作ってやらないと……)
自然とそんな思いが浮かんだ。
◆
昼休み、食欲もなかったので休憩室で仮眠を取ろうと思ったが、匠真の話で持ちきりで、気になって眠れなかった。
同僚たちの話をつなぎ合わせると、昨日の件は「匠真は会社に残る」ということで決着がついたらしい。
丸友財閥の会長については、社長が引き続き対応するとのこと。
少し安堵したが、昨夜ほとんど眠っていない身体には限界が近づいていた。
午後の資料チェック中、不意に視界が揺れる。椅子から崩れ落ちそうになった瞬間、肩を強く支えられた。
「颯!」
匠真の声。腕の中に引き寄せられ、周囲の視線を感じて顔が熱くなる。
「……大丈夫だ」
「大丈夫じゃない。今日はもう帰れ」
「でも——」
「おまえに倒れられると困る」
強い口調に、抵抗の余地はなかった。結局、俺は早退することになった。
◆
オフィス街を出たところで、思いがけず声をかけられる。
「颯」
振り返ると冬華さんが立っていた。
「どこかへ出かけるところだった?」
「いや、今日は早退したんです」
「それなら、少しお茶でもどう?」
本当は早く帰ってベッドで眠りたいところだったけれど。
昨日のことを思い出すと、少し冬華さんの話も聞いてあげたほうが良いような気がした。
「いいですよ。いきましょう」
俺がそう告げると、冬華さんは安堵したように微笑んだ。
◆
カフェの窓際。
冬華さんの話は、予想通り、昨日のことだった。
「祖父はまだ篠原さんを諦めていないみたい」
思わず息を呑む。
諦めていない…ということは、今後もまた、昨日のようなことが起こる可能性があるということだ。
冬華さんはため息をつく。
「でも……あんなふうに言われて結婚しても、私も幸せになれないと思う。颯の言うとおりよ」
「冬華さん…」
「そんな顔しないで。大丈夫。篠原さんのことは今でも好きだけど、でも、彼が本当に好きな人と幸せになってもらいたいっていう気持ちもあるの」
匠真が本当に好きな人…その言葉に、胸がずきんと痛む。
俺は…まだそこまで思えない。
冬華さんは、とても強い人だと思った。
「父や母にも掛け合って、祖父を説得してみるつもり。だから、あまり心配しないで」
「ありがとうございます」
「でも、どうしておじいさまは、あんなに篠原さんにこだわるのかしら……」
冬華さんは不思議そうに首をかしげる。
俺自身も、それは不思議だった。
丸友財閥の令嬢なら、見合いの相手なんていくらでもいるはずだ。
それなのに、なぜ匠真にあそこまでこだわるのか…。
◆
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「いいえ。いろいろお話しできて楽しかったです」
気がつくと、外は暗くなっていた。
冬華さんに続いて立ち上がろうとしたとき、強いめまいが襲った。
「颯!?」
視界が暗くなる中で、冬華さんの声が遠くに響く。
何とか踏みとどまって意識をつないだものの、少しの間、動けなかった。
「病院、いきましょう。顔が真っ青よ」
「いえ…大丈夫…」
「大丈夫じゃないでしょう」
冬華さんに支えられるようにしてカフェを出て、病院へ向かう。
診察した医師の言葉は「寝不足と過労」。
それに加えて、いつも匠真から指摘されている「食事のずさんさ」も指摘された。
深刻ではないが安静が必要だという。
診察室を出ると、待っていてくれた冬華さんが微笑んで言った。
「篠原さんには、ちゃんと連絡しておいたから」
「……え?」
「仕事が終わり次第、様子を見に行くって言ってたわよ」
「そ、そうですか…」
血の気が引いた。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「本当は 君のすべてが欲しいんだ — I Want All of You」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「本当は 君のすべてが欲しいんだ — I Want All of You」はこちら⇒ https://youtu.be/oVyENSesnNQ
匠真が会長に向かって言ったあの一言——「俺には心に決めたやつがいます」。
その響きが、何度も何度も脳裏に蘇っては胸を締めつけた。
誰なんだ、その相手は。どうして俺じゃないんだ。そう思うたび、息が苦しくなった。
朝になって鏡を覗くと、目の下にははっきりとした隈ができていた。
顔色は青白く、自分でも分かるほど覇気がない。
それでも、会社に行かなければならない。昨日の混乱で仕事は山積みになっているのだ。
オフィスに入った途端、低い声がかけられた。
「颯、顔色が悪い。具合が悪いのか?」
振り返ると匠真がこちらを見ている。
昨日は社長や役員に呼び出されていて、ほとんど会話する機会がなかった。
少し距離を感じていたせいか、その心配そうな目に、胸が不意にざわめいた。
「大丈夫だ。少し寝不足なだけだから」
「無理するな。辛かったら早退してもいい」
「心配ないって。それより、午後のARCSEEDとの打ち合わせ、来週でも大丈夫そうだから伸ばしてもらおうか?」
「そうだな、頼む」
「了解」
俺がそう告げて業務に戻ると、匠真も自分のデスクに戻っていた。
◆
午前の会議が終わったころ、不意に匠真が口を開いた。
「来月、二日ほど休みを取りたいんだが…問題ないか?」
一瞬、心臓が跳ねる。恋人と旅行にでも行くのか。思わずそんな考えがよぎった。
けれど続いた言葉は、意外なものだった。
「姉が戻ってくる。温泉に連れて行けとせがまれていてな」
「……そういえば、外国にいるって言ってたっけ」
「ああ、今はドイツにいる」
その横顔は少し柔らかくて、俺は苦笑した。
「分かった。何とかする。柚木さんにも頼めば、二日ぐらいならおまえがいなくても回るはずだし」
「悪いな」
「久しぶりに会うんだろ? ゆっくりしてくるといい」
「……そうだな」
匠真の両親が事故で亡くなり、残された家族は姉だけだということを思い出す。
(何とかして時間を作ってやらないと……)
自然とそんな思いが浮かんだ。
◆
昼休み、食欲もなかったので休憩室で仮眠を取ろうと思ったが、匠真の話で持ちきりで、気になって眠れなかった。
同僚たちの話をつなぎ合わせると、昨日の件は「匠真は会社に残る」ということで決着がついたらしい。
丸友財閥の会長については、社長が引き続き対応するとのこと。
少し安堵したが、昨夜ほとんど眠っていない身体には限界が近づいていた。
午後の資料チェック中、不意に視界が揺れる。椅子から崩れ落ちそうになった瞬間、肩を強く支えられた。
「颯!」
匠真の声。腕の中に引き寄せられ、周囲の視線を感じて顔が熱くなる。
「……大丈夫だ」
「大丈夫じゃない。今日はもう帰れ」
「でも——」
「おまえに倒れられると困る」
強い口調に、抵抗の余地はなかった。結局、俺は早退することになった。
◆
オフィス街を出たところで、思いがけず声をかけられる。
「颯」
振り返ると冬華さんが立っていた。
「どこかへ出かけるところだった?」
「いや、今日は早退したんです」
「それなら、少しお茶でもどう?」
本当は早く帰ってベッドで眠りたいところだったけれど。
昨日のことを思い出すと、少し冬華さんの話も聞いてあげたほうが良いような気がした。
「いいですよ。いきましょう」
俺がそう告げると、冬華さんは安堵したように微笑んだ。
◆
カフェの窓際。
冬華さんの話は、予想通り、昨日のことだった。
「祖父はまだ篠原さんを諦めていないみたい」
思わず息を呑む。
諦めていない…ということは、今後もまた、昨日のようなことが起こる可能性があるということだ。
冬華さんはため息をつく。
「でも……あんなふうに言われて結婚しても、私も幸せになれないと思う。颯の言うとおりよ」
「冬華さん…」
「そんな顔しないで。大丈夫。篠原さんのことは今でも好きだけど、でも、彼が本当に好きな人と幸せになってもらいたいっていう気持ちもあるの」
匠真が本当に好きな人…その言葉に、胸がずきんと痛む。
俺は…まだそこまで思えない。
冬華さんは、とても強い人だと思った。
「父や母にも掛け合って、祖父を説得してみるつもり。だから、あまり心配しないで」
「ありがとうございます」
「でも、どうしておじいさまは、あんなに篠原さんにこだわるのかしら……」
冬華さんは不思議そうに首をかしげる。
俺自身も、それは不思議だった。
丸友財閥の令嬢なら、見合いの相手なんていくらでもいるはずだ。
それなのに、なぜ匠真にあそこまでこだわるのか…。
◆
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「いいえ。いろいろお話しできて楽しかったです」
気がつくと、外は暗くなっていた。
冬華さんに続いて立ち上がろうとしたとき、強いめまいが襲った。
「颯!?」
視界が暗くなる中で、冬華さんの声が遠くに響く。
何とか踏みとどまって意識をつないだものの、少しの間、動けなかった。
「病院、いきましょう。顔が真っ青よ」
「いえ…大丈夫…」
「大丈夫じゃないでしょう」
冬華さんに支えられるようにしてカフェを出て、病院へ向かう。
診察した医師の言葉は「寝不足と過労」。
それに加えて、いつも匠真から指摘されている「食事のずさんさ」も指摘された。
深刻ではないが安静が必要だという。
診察室を出ると、待っていてくれた冬華さんが微笑んで言った。
「篠原さんには、ちゃんと連絡しておいたから」
「……え?」
「仕事が終わり次第、様子を見に行くって言ってたわよ」
「そ、そうですか…」
血の気が引いた。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「本当は 君のすべてが欲しいんだ — I Want All of You」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「本当は 君のすべてが欲しいんだ — I Want All of You」はこちら⇒ https://youtu.be/oVyENSesnNQ
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