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第47話 系譜の底で ー Beneath the Lineage
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静まり返った応接間。
壁の時計の音だけが、かすかに響いていた。
溝口さんは、湯のみを置いてから、ゆっくりと語り始めた。
「――九条は、いわば“裏天皇家”と呼ばれる家系だ。
表の天皇家が政治から離れたあと、国家を陰で支える“もうひとつの系譜”として、極秘裏に存在を続けてきた」
裏天皇家。
言葉の響きだけで、空気が変わった。
(まるで漫画かアニメの世界のような話だな…)
「そんなものが、今も存在するんですか?」
思わず口を挟むと、溝口さんは薄く笑った。
「“存在しないことになっている”が正しい。
表の歴史には記録されない。だが、裏の権力の系譜としては、確かに今も生きている」
匠真は黙って聞いていた。
それは、彼自身のルーツにまつわる話でもある。
「九条の当主は、代々“裏天皇家の三種の神器”を受け継ぐ。
表の勾玉・鏡・剣とは異なる、独自の三つの象徴がある。
“識の鏡(しきのかがみ)”“血の剣(ちのつるぎ)”“封の勾玉(ふうのまがたま)”。
どれも、国の根幹を“裏から護る”ための象徴とされてきた」
「護る……って、何からですか?」
「“表”の権力からだ。権威と民を分け、均衡を保つ役目を負っていた。
古くは、諜報や粛清のような裏の仕事も担っていたと伝わる」
その瞬間、颯は背筋が冷えた。
裏の天皇。裏の神器。裏の権力。
まるで、光に影があるように、表の日本史の“影”として生きてきた存在。
「現在、その三種の神器と、いくつかの特権を継承しているのが――
第25代当主、九条宗雅(くじょう・そうが)だ。匠真の祖父にあたる」
「宗雅……さん」
その名を繰り返すと、溝口さんは静かにうなずいた。
「宗雅公は、裏天皇家の領域に譲り渡された土地と権限を管理している。
つまり、裏の機構を動かす権限を持つ。
“隠密機関”を含めてな」
「……隠密、って、まさか今も?」
「形を変えて、情報機関として生き残っている。
政財界の裏側に九条の影を感じるのは、その名残だ」
息を呑む音が、部屋の静けさに混じった。
◆
「問題は、その“継承”だ」
溝口さんは、湯のみを指でなぞりながら言葉を続ける。
「九条のしきたりでは、“直系の男子”が神器と権限を継ぐことになっている。
だが、今の当主には、直系の男子がいない。表向きはな」
「表向き…」
匠真が九条の直系の男子という重責から離れられたのは、彼の両親が、彼が生まれたときに溝口さんとともに戸籍を操作し、さらに赤ん坊であった彼を数年間、溝口さんの手に託すという画策を行ったためだ。
「匠真は、戸籍上、養子となっていて、九条の血を継いでいないことになっているからですね」
「その通り」
溝口さんは、微笑んでうなずいた。
つまり、九条のルールに従えば、匠真は「継げない」。
だが、それ以外の男子は傍系しか残っていない。
「傍系の代表格が、九条怜央だ」
「怜央が継ぐことはできないんですか?」
「怜央のような傍系が継ぐことを、保守派は絶対に認めない。
“九条の血を薄めることは、存在の否定だ”とね」
溝口さんの声は、静かだが鋭かった。
「そこで出てきたのが、“折衷案”だ。
――匠真が、九条の血を継ぐ女子と結婚して、家を継ぐ」
「結婚……?」
息をのむ俺に、溝口さんが淡々と続けた。
「具体的には、現当主の長女の娘だ。
戸籍上では、匠真の“いとこ”にあたる。
結婚は法律上も可能だ」
「……つまり、“直系の血を取り戻すための結婚”ですか」
「そういうことだ。
血統を守りたい保守派と、体面を維持したい中立派の妥協点が、それだ」
「でも……そんなの、“本人の意思”はどこにあるんですか」
思わず声が少し強くなる。
溝口さんは、ふっと目を細めた。
「君の言うとおりだ。だが、九条にとって“血”は信仰だ。
人の意思よりも、血筋が優先される。
それがこの家の最も深い呪いなんだ」
言葉の重みが、空気を沈めた。
匠真はずっと黙ったままだ。
その表情には、怒りでも悲しみでもない、ただ静かな覚悟があった。
◆
「ちなみに、九条の内部には、もうひとつの思惑もある」
「もうひとつ?」
「“いとこ婚”を成立させるためには、表向きの戸籍も整える必要がある。
つまり――匠真を“正式な九条家の一員”として迎え入れる動きだ」
その言葉に、匠真の眉がわずかに動いた。
「その動きは、誰が?」
「宗雅公本人だ。
彼はおそらく、次代に“血と理性”の両方を残したいのだろう。
傍系の怜央を排除し、九条の名前を保ちながら新しい形にしたい。
――ただし、その思惑を良く思わない連中も多い」
「血統を守る派、ですね」
「そうだ。彼らは、匠真の姉が男子を産むか、
あるいは匠真が直系の孫と結婚するしか“救いがない”と信じている」
なるほど。
それが、“二つの選択肢”。
「だが――もし、そのどちらも叶わなければ」
溝口さんの視線が、一瞬だけ鋭くなった。
「九条の“裏天皇家”としての系譜は、終わる。
それを恐れている者たちが、今も動いている」
沈黙。
時計の針が一度、鳴った。
「……匠真」
「はい」
「この話を聞いて、どう思う」
しばらくの沈黙のあと、匠真はゆっくりと答えた。
「……やっぱり、呪いなんですね。
誰も、自分の人生を自分のものとして生きられない」
その声は淡々としていたが、奥底に冷たい決意が滲んでいた。
(呪いを、断ち切る――)
その視線が、一瞬、颯の方を向いた。
その光に、言葉にならない約束のようなものを感じた。
九条の“血”と“運命”。
そのすべてが、静かに動き出そうとしていた。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「系譜の底で ー Beneath the Lineage」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「系譜の底で ー Beneath the Lineage」はこちら⇒ https://youtu.be/wXEUqZV1hvk
壁の時計の音だけが、かすかに響いていた。
溝口さんは、湯のみを置いてから、ゆっくりと語り始めた。
「――九条は、いわば“裏天皇家”と呼ばれる家系だ。
表の天皇家が政治から離れたあと、国家を陰で支える“もうひとつの系譜”として、極秘裏に存在を続けてきた」
裏天皇家。
言葉の響きだけで、空気が変わった。
(まるで漫画かアニメの世界のような話だな…)
「そんなものが、今も存在するんですか?」
思わず口を挟むと、溝口さんは薄く笑った。
「“存在しないことになっている”が正しい。
表の歴史には記録されない。だが、裏の権力の系譜としては、確かに今も生きている」
匠真は黙って聞いていた。
それは、彼自身のルーツにまつわる話でもある。
「九条の当主は、代々“裏天皇家の三種の神器”を受け継ぐ。
表の勾玉・鏡・剣とは異なる、独自の三つの象徴がある。
“識の鏡(しきのかがみ)”“血の剣(ちのつるぎ)”“封の勾玉(ふうのまがたま)”。
どれも、国の根幹を“裏から護る”ための象徴とされてきた」
「護る……って、何からですか?」
「“表”の権力からだ。権威と民を分け、均衡を保つ役目を負っていた。
古くは、諜報や粛清のような裏の仕事も担っていたと伝わる」
その瞬間、颯は背筋が冷えた。
裏の天皇。裏の神器。裏の権力。
まるで、光に影があるように、表の日本史の“影”として生きてきた存在。
「現在、その三種の神器と、いくつかの特権を継承しているのが――
第25代当主、九条宗雅(くじょう・そうが)だ。匠真の祖父にあたる」
「宗雅……さん」
その名を繰り返すと、溝口さんは静かにうなずいた。
「宗雅公は、裏天皇家の領域に譲り渡された土地と権限を管理している。
つまり、裏の機構を動かす権限を持つ。
“隠密機関”を含めてな」
「……隠密、って、まさか今も?」
「形を変えて、情報機関として生き残っている。
政財界の裏側に九条の影を感じるのは、その名残だ」
息を呑む音が、部屋の静けさに混じった。
◆
「問題は、その“継承”だ」
溝口さんは、湯のみを指でなぞりながら言葉を続ける。
「九条のしきたりでは、“直系の男子”が神器と権限を継ぐことになっている。
だが、今の当主には、直系の男子がいない。表向きはな」
「表向き…」
匠真が九条の直系の男子という重責から離れられたのは、彼の両親が、彼が生まれたときに溝口さんとともに戸籍を操作し、さらに赤ん坊であった彼を数年間、溝口さんの手に託すという画策を行ったためだ。
「匠真は、戸籍上、養子となっていて、九条の血を継いでいないことになっているからですね」
「その通り」
溝口さんは、微笑んでうなずいた。
つまり、九条のルールに従えば、匠真は「継げない」。
だが、それ以外の男子は傍系しか残っていない。
「傍系の代表格が、九条怜央だ」
「怜央が継ぐことはできないんですか?」
「怜央のような傍系が継ぐことを、保守派は絶対に認めない。
“九条の血を薄めることは、存在の否定だ”とね」
溝口さんの声は、静かだが鋭かった。
「そこで出てきたのが、“折衷案”だ。
――匠真が、九条の血を継ぐ女子と結婚して、家を継ぐ」
「結婚……?」
息をのむ俺に、溝口さんが淡々と続けた。
「具体的には、現当主の長女の娘だ。
戸籍上では、匠真の“いとこ”にあたる。
結婚は法律上も可能だ」
「……つまり、“直系の血を取り戻すための結婚”ですか」
「そういうことだ。
血統を守りたい保守派と、体面を維持したい中立派の妥協点が、それだ」
「でも……そんなの、“本人の意思”はどこにあるんですか」
思わず声が少し強くなる。
溝口さんは、ふっと目を細めた。
「君の言うとおりだ。だが、九条にとって“血”は信仰だ。
人の意思よりも、血筋が優先される。
それがこの家の最も深い呪いなんだ」
言葉の重みが、空気を沈めた。
匠真はずっと黙ったままだ。
その表情には、怒りでも悲しみでもない、ただ静かな覚悟があった。
◆
「ちなみに、九条の内部には、もうひとつの思惑もある」
「もうひとつ?」
「“いとこ婚”を成立させるためには、表向きの戸籍も整える必要がある。
つまり――匠真を“正式な九条家の一員”として迎え入れる動きだ」
その言葉に、匠真の眉がわずかに動いた。
「その動きは、誰が?」
「宗雅公本人だ。
彼はおそらく、次代に“血と理性”の両方を残したいのだろう。
傍系の怜央を排除し、九条の名前を保ちながら新しい形にしたい。
――ただし、その思惑を良く思わない連中も多い」
「血統を守る派、ですね」
「そうだ。彼らは、匠真の姉が男子を産むか、
あるいは匠真が直系の孫と結婚するしか“救いがない”と信じている」
なるほど。
それが、“二つの選択肢”。
「だが――もし、そのどちらも叶わなければ」
溝口さんの視線が、一瞬だけ鋭くなった。
「九条の“裏天皇家”としての系譜は、終わる。
それを恐れている者たちが、今も動いている」
沈黙。
時計の針が一度、鳴った。
「……匠真」
「はい」
「この話を聞いて、どう思う」
しばらくの沈黙のあと、匠真はゆっくりと答えた。
「……やっぱり、呪いなんですね。
誰も、自分の人生を自分のものとして生きられない」
その声は淡々としていたが、奥底に冷たい決意が滲んでいた。
(呪いを、断ち切る――)
その視線が、一瞬、颯の方を向いた。
その光に、言葉にならない約束のようなものを感じた。
九条の“血”と“運命”。
そのすべてが、静かに動き出そうとしていた。
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