風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動

梵天丸

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第46話  祈りの残響(のこりね)

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 古い神社の前で車を降り、裏手へ抜ける坂道を歩く。
 秋の風に、木の香りが混ざった。
 鳥居の影が道に落ち、足音だけが静かに続く。

「この先に?」
「ああ。正面の通りから行くと、誰かの目に触れる」
「……そういうものか」
「そういうものだ」

 坂の突き当たりで、狭い私道に入る。
 苔むした石段、古い塀、そして、年代物の表札。
 外からは普通の家に見えるけれど、ここまでの道のりが“普通ではない”ことを、身体が覚えている。

「緊張してる?」
「正直、ちょっと」
「俺もだ」

 匠真が、あっさり言う。
 ふいに肩の力が抜けて、短く笑ってしまった。

「――行こう」

 匠真が門柱のインターフォンを押す。
 応答はない。
 しばらくして、塀の内側で錠の外れる音がした。

「……久しぶりだな、匠真」

 出てきた男性は、意外なほど普通の人だった。
 丸友の会長のような威圧感を想像していた俺は、少し肩の力が抜ける。

「お世話になります」

 匠真が頭を下げ、俺も続いた。

「そちらの方は――」
「浅見颯。今は俺の秘書であり、同居している。俺の身の回りも含めて、信頼している人間です」
「なるほど。その“事情”が、九条と関係しているんだな」
「そういうことです」
「ここへ来たということは、だいたいの事情を把握しているのだろう。私は、匠真の父の友人で、戸籍上の父親でもある。――溝口継嗣だ」
「は、はい……初めまして」

 溝口継嗣という名前が本名なのかどうかは分からない。
 けれど、俺はひとまず、その名を心に刻んだ。

「とりあえず、中で話そう。入りなさい」

 穏やかに微笑むと、匠真の“戸籍上の父”は、玄関へと導いた。
 足を踏み入れた瞬間、外の気配が切れる。
 ひんやりとした空気。
 閉まる扉の音が、背中に落ちた。



 応接に通され、熱い茶が置かれる。
 言葉が落ちるまでの、わずかな無音。

「――ここまで、よく来たな。ここに呼ぶのは初めてだったが……覚えていないかもしれないが、二年ほど、おまえはここにいた」

 窓の外から、竹が擦れる小さな音がした。
 匠真は静かにうなずく。

「両親から話は聞いています」

 二人の話を聞きながら、俺は初めて知る事実を噛みしめていた。
 匠真は生まれてすぐ養子に出されたと聞いていたが、実際にこの場所で育っていたのだ。

「おまえと一緒に暮らしたのは、たかだか二年程度だが……ずっと本当の息子のように思っている。こうして訪ねてきてくれたことは嬉しいよ」
「今日は、話を聞きに来ました。ここへ来ることが、あなたにとってもリスクのあることだとは承知しています。申し訳ありません」
「気にしなくていい。そういう時期が来た――ということなのだろう」

 そういう時期。
 匠真ですら知らない何かを、この人は知っている。
 そして匠真もそれを感じ取っているからこそ、危険を冒してまでここへ来たのだ。
 その情報が、九条との危うい関係を断ち切る鍵になると信じて。

「九条怜央は、“九条にもいろいろある”と颯……彼に言ったそうです」
「確かに、今は幾つかの思想に分かれている。現実主義の“存続派”、血統に固執する“純血派”、そして、どちらにも属さぬ“中立派”。怜央は三つ目だろう」
「怜央のことは、正直よく分かりません。いつも煙に巻くようなことばかり言って、核心は何も語ろうとしない」
「彼にも、言えることと言えないことがあるのだろう」

 テーブルの上、湯気が淡くほどける。

「今までは、適当にあしらっていれば良かった。でも、先日、颯が彼から狙われました」
「ほう? それはどういうことだ?」
「彼の食事にだけ、薬が入っていたそうです。自宅マンションには、盗聴器も仕掛けられていました」
「……それで、あのマンションに移動したいという話になったのか」
「はい」

 あの夜の恐怖が、一瞬にして蘇る。
 身体の自由を奪われ、視界が白く霞んでいったとき――心のどこかで、本当に死を覚悟した。
 それ以来、俺は同じ匂いを嗅ぐだけで、息が詰まりそうになる。

(でも、乗り越えなければ。匠真を守るために)

「さて……何から話すべきか」
「すべて話してもらって大丈夫です。俺は、九条とけりをつけたい」
「九条は呪いのような家系だ。そう簡単ではないよ」
「分かっています。それでも、もう誰も傷つけたくないんです」
「分かった。――じゃあ、まずは、九条がなぜ“血統”にこだわるのか。そこから話を始めよう」

 溝口さんは湯のみを手に取り、一口含んだ。
 微かな湯気が立ちのぼる。

 その奥で、長い物語が静かに口を開こうとしていた。

******************

「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「祈りの残響(のこりね)」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

♫「祈りの残響(のこりね)」はこちら⇒ https://youtu.be/wXEUqZV1hvk
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