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第49話 封ノ灯(ともしび)― The Sealed Light ―
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地下への階段は、土の匂いがした。
懐中電灯の光が、古びた石壁を照らす。
扉の前で溝口さんが立ち止まり、重い鍵を差し込んだ。
金属音が響き、封じられていた空気がゆっくりと流れ出す。
「――これが、“封の勾玉”の写本だ」
防湿ガラスの中、古びた巻物が眠っていた。
墨は褪せ、紙は褐色に変わっている。
だが、墨跡の一部はまだ艶を保ち、まるで血のような赤を残していた。
「……これが、九条の正統性を支える史料」
匠真がつぶやく。
その目に、どこか宿命のような静けさがあった。
「これをもとに映像を作るんですね?」
俺が聞くと、溝口さんは頷いた。
「そうだ。だが、忘れるな。
これでたとえ九条の一部が匠真への興味を失ったとしても、
まだ“執着する者”もいるだろう。怜央のように、目的の見えぬ者には特に注意が必要だ」
薄暗い光の中で、匠真が目を伏せた。
「それでも――敵が減るなら、やる意味があります」
短く、しかし確かな声だった。
その言葉に、溝口さんの表情がわずかに和らぐ。
「……強くなったな。
梓に似ている。あの人も、怖いほど意志の強い人だった」
その名を聞いた瞬間、匠真の指先がわずかに震えた。
けれど、何も言わず、ただ深く息を吸い込んだ。
◆
地上に戻る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
夜風が、冷たく頬を撫でる。
「タクシーを手配してある。運転手は古い知人だ。
ここへ来たとは分からないように、駅まで連れて行ってくれる」
「……ありがとうございます」
家の前で、溝口さんと握手を交わした。
その手は温かく、しかしどこか戦士のような硬さがあった。
車に乗り込む直前、俺はふと感じたことを溝口さんに言った。
「……あなたも、ただの研究者ではないようですね」
溝口さんは小さく笑った。
「ただの研究者なら、今ごろ――ここには立っていないよ。
生きてもいないだろうな」
その言葉を残して、溝口さんは暗がりの中に消えた。
◆
タクシーのライトが静かに夜道を照らす。
運転手は寡黙で、時折、道を間違えたように遠回りをした。
だがそれは、意図的な“遠回り”だと分かっていた。
住宅地を抜け、川沿いを通り、やがて駅の明かりが見えた。
降りるとき、運転手が小声で言った。
「――気をつけなさい。見えない道ほど、危ないもんです」
軽く会釈をして、俺たちは改札へ向かった。
◆
電車の待ち時間。
俺はスマホを開いた。
柚木からのメッセージがいくつか届いている。
「無事終わった? 東京戻りは明日でOK?」
「こっちの書類は処理しておくね」
「連絡入れるときは“研修報告”名義で頼む」
颯は短く返信を打ち、ほっと息をついた。
あたりの風が少し冷たい。
だが、その冷たさが今は心地よかった。
「……ひとまず、今日を乗り切ったな」
「明日は偽装スケジュールをこなして、東京に戻る。
あの映像の準備は、俺のほうで進めておく」
「分かった」
電車が到着し、俺たちは並んで乗り込む。
互いに言葉は少なかった。
けれど、沈黙の中に確かな信頼があった。
◆
宿泊先のホテル。
室内に入ると、匠真がネクタイを外し、深く息をつく。
柔らかい照明が、窓際のカーテンを淡く染めていた。
「……今日は、つき合わせて悪かったな」
「いや、俺ももう無関係じゃないし。
それに――おまえを守るためには、少しでも多く情報を得ておく必要がある。
だから、今日は行って良かった」
匠真が、ふっと微笑む。
それは久しぶりに見た、穏やかな表情だった。
静かな時間。
視線が重なり、息が近づく。
どちらからともなく、距離が消えていった。
外では、遠く列車の音が響いている。
世界の喧騒が遠ざかり、
ただ、二人の呼吸だけがそこにあった。
唇が触れ合ったのは、ごく自然な流れだった。
一日中張り詰めていた緊張の糸が、この瞬間にぷつりと切れたように。
最初は確かめるような優しいキスが、次第に深さを増していく。
「……颯」
掠れた声で名前を呼ばれ、俺は彼の首に腕を回した。
応えるように、匠真の腕が俺の腰を強く抱き寄せる。
ジャケットが滑り落ち、シャツ越しに伝わる体温が生々しい。
「疲れてるだろ。今日はもう……」
「おまえがいるから、平気だ」
その言葉が、俺の中に残っていた最後の理性を溶かした。
ベッドへと導かれ、シーツの上にゆっくりと体を預ける。
窓から差し込む月明かりが、匠真の整った顔立ちに影を落としていた。
その瞳の奥に宿る熱に、俺は抗う術を持たない。
衣服が一枚ずつ剥がされていく。肌と肌が直接触れ合った瞬間、ぞくりとした快感が背筋を駆け上がった。
昼間の緊張とは違う、甘い痺れが全身に広がっていく。
「……おまえがいないと、駄目だ」
珍しく弱音を吐く匠真に、胸がきゅっと締め付けられる。
俺は彼の頬に手を添え、その唇を塞いだ。言葉はいらない。
ただ、互いの存在を確かめ合うように、深く、何度も体を重ねた。
外を走る列車の音も、遠くで鳴るサイレンも、今はもう聞こえない。
この部屋だけが、俺たちの世界だった。
突き上げられるたびに、彼の苦悩や背負ってきたものが少しずつ流れ込んでくるような気がした。
それらをすべて受け止めたいと、強く願った。
「……たくま……っ」
彼の名を呼ぶと、動きが一層激しくなる。
シーツを握りしめ、与えられる快感に身を委ねる。
夜が更けるのも忘れ、俺たちはただひたすらにお互いを求め続けた。
長い夜の果てに訪れた絶頂の中で、俺は匠真の背中を強く抱きしめた。
もう二度と、こいつを一人にはしないと、心に誓いながら。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「封ノ灯(ともしび)― The Sealed Light ―」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「封ノ灯(ともしび)― The Sealed Light ―」はこちら⇒ https://youtu.be/YWgkLC-5ch8
懐中電灯の光が、古びた石壁を照らす。
扉の前で溝口さんが立ち止まり、重い鍵を差し込んだ。
金属音が響き、封じられていた空気がゆっくりと流れ出す。
「――これが、“封の勾玉”の写本だ」
防湿ガラスの中、古びた巻物が眠っていた。
墨は褪せ、紙は褐色に変わっている。
だが、墨跡の一部はまだ艶を保ち、まるで血のような赤を残していた。
「……これが、九条の正統性を支える史料」
匠真がつぶやく。
その目に、どこか宿命のような静けさがあった。
「これをもとに映像を作るんですね?」
俺が聞くと、溝口さんは頷いた。
「そうだ。だが、忘れるな。
これでたとえ九条の一部が匠真への興味を失ったとしても、
まだ“執着する者”もいるだろう。怜央のように、目的の見えぬ者には特に注意が必要だ」
薄暗い光の中で、匠真が目を伏せた。
「それでも――敵が減るなら、やる意味があります」
短く、しかし確かな声だった。
その言葉に、溝口さんの表情がわずかに和らぐ。
「……強くなったな。
梓に似ている。あの人も、怖いほど意志の強い人だった」
その名を聞いた瞬間、匠真の指先がわずかに震えた。
けれど、何も言わず、ただ深く息を吸い込んだ。
◆
地上に戻る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
夜風が、冷たく頬を撫でる。
「タクシーを手配してある。運転手は古い知人だ。
ここへ来たとは分からないように、駅まで連れて行ってくれる」
「……ありがとうございます」
家の前で、溝口さんと握手を交わした。
その手は温かく、しかしどこか戦士のような硬さがあった。
車に乗り込む直前、俺はふと感じたことを溝口さんに言った。
「……あなたも、ただの研究者ではないようですね」
溝口さんは小さく笑った。
「ただの研究者なら、今ごろ――ここには立っていないよ。
生きてもいないだろうな」
その言葉を残して、溝口さんは暗がりの中に消えた。
◆
タクシーのライトが静かに夜道を照らす。
運転手は寡黙で、時折、道を間違えたように遠回りをした。
だがそれは、意図的な“遠回り”だと分かっていた。
住宅地を抜け、川沿いを通り、やがて駅の明かりが見えた。
降りるとき、運転手が小声で言った。
「――気をつけなさい。見えない道ほど、危ないもんです」
軽く会釈をして、俺たちは改札へ向かった。
◆
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俺はスマホを開いた。
柚木からのメッセージがいくつか届いている。
「無事終わった? 東京戻りは明日でOK?」
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颯は短く返信を打ち、ほっと息をついた。
あたりの風が少し冷たい。
だが、その冷たさが今は心地よかった。
「……ひとまず、今日を乗り切ったな」
「明日は偽装スケジュールをこなして、東京に戻る。
あの映像の準備は、俺のほうで進めておく」
「分かった」
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互いに言葉は少なかった。
けれど、沈黙の中に確かな信頼があった。
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宿泊先のホテル。
室内に入ると、匠真がネクタイを外し、深く息をつく。
柔らかい照明が、窓際のカーテンを淡く染めていた。
「……今日は、つき合わせて悪かったな」
「いや、俺ももう無関係じゃないし。
それに――おまえを守るためには、少しでも多く情報を得ておく必要がある。
だから、今日は行って良かった」
匠真が、ふっと微笑む。
それは久しぶりに見た、穏やかな表情だった。
静かな時間。
視線が重なり、息が近づく。
どちらからともなく、距離が消えていった。
外では、遠く列車の音が響いている。
世界の喧騒が遠ざかり、
ただ、二人の呼吸だけがそこにあった。
唇が触れ合ったのは、ごく自然な流れだった。
一日中張り詰めていた緊張の糸が、この瞬間にぷつりと切れたように。
最初は確かめるような優しいキスが、次第に深さを増していく。
「……颯」
掠れた声で名前を呼ばれ、俺は彼の首に腕を回した。
応えるように、匠真の腕が俺の腰を強く抱き寄せる。
ジャケットが滑り落ち、シャツ越しに伝わる体温が生々しい。
「疲れてるだろ。今日はもう……」
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その瞳の奥に宿る熱に、俺は抗う術を持たない。
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昼間の緊張とは違う、甘い痺れが全身に広がっていく。
「……おまえがいないと、駄目だ」
珍しく弱音を吐く匠真に、胸がきゅっと締め付けられる。
俺は彼の頬に手を添え、その唇を塞いだ。言葉はいらない。
ただ、互いの存在を確かめ合うように、深く、何度も体を重ねた。
外を走る列車の音も、遠くで鳴るサイレンも、今はもう聞こえない。
この部屋だけが、俺たちの世界だった。
突き上げられるたびに、彼の苦悩や背負ってきたものが少しずつ流れ込んでくるような気がした。
それらをすべて受け止めたいと、強く願った。
「……たくま……っ」
彼の名を呼ぶと、動きが一層激しくなる。
シーツを握りしめ、与えられる快感に身を委ねる。
夜が更けるのも忘れ、俺たちはただひたすらにお互いを求め続けた。
長い夜の果てに訪れた絶頂の中で、俺は匠真の背中を強く抱きしめた。
もう二度と、こいつを一人にはしないと、心に誓いながら。
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