風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動

梵天丸

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第50話 灰の湖 ー Ash Lake

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 翌日。
 偽装スケジュールの合間に、匠真はある人物を呼び出していた。
 場所は山梨のホテルラウンジ。
 窓の外では、薄曇りの空が湖面にぼんやりと映っている。

「――なんで日曜に、わざわざ山梨なんか呼び出すんだよ」

 コーヒーを片手に文句を言うのは、桐生瑛司。
 IT関連の会社を経営し、匠真とは古い付き合いだ。
 軽い調子に見えるが、腕は確かだという。
 匠真と同じように長身で、たくましい体つきをしている。

「おまえは俺には頭が上がらないはずだが」
「……まあ、それはそうなんだがな」

 桐生さんが苦笑する。
 二人のやりとりの意味が分からず、俺は匠真に視線を向ける。

「何かあったの?」
「行方不明になってた元恋人の居所を探してやった」
「へえ…」

 匠真が意味ありげな笑みを浮かべ、桐生さんを指さした。

「こいつも恋人に逃げられたんだ」

 匠真がさらりと言うと、桐生さんがむっとした顔で睨む。

「おい、それ今言うか? ……ていうか、おまえの横の彼、悪気なさそうに聞くのやめろ」

 桐生さんに言われて、そういえば俺も匠真を置いてアメリカに3年間も逃げていたことを思い出した。

「……なんか、ごめん」

 とりあえず謝ると、匠真は苦笑する。

「まあいい。今はうまくやってるから。瑛司のところもだ。俺のおかげでな」
「恩着せがましいんだよ、おまえ」

 軽口の応酬に、ラウンジの空気がわずかに和らいだ。
 だが、匠真の声が次に落ちた瞬間、空気が変わった。

「――それで、本題に入ろうか」

 桐生さんの視線が鋭くなる。
 ここからがビジネスの話だと理解したからだろう。

「例の映像制作の件だな」

 どうやら匠真は、ある程度今回の話を伝えていたようだ。

「そう。うちが依頼したとは絶対に分からないように、制作してもらいたい」
「……つまり、発注元を偽装する、と」
「うちの社名はどこにも出さない。
 一次請けは海外の映像制作会社を使ってくれ。
 おまえの会社は“監修協力”の名義だけ残せばいい」

「なるほど、下請けをもう一段挟むわけか。まあ、できる」
「Lucent Core側では、AI生成のオープン素材を世界中から自動収集している。
 “偶然拾った”形に見せれば、監査も通る」

 桐生さんはメモアプリを開きながら頷いた。

「完成した映像は、他社を経由してLucent Coreが“生成ドキュメンタリーの実験素材”として拾う形にする。
 ――そう見えるように、コード署名を整えてほしい」
「……ああ、分かった。なんだかいろいろ事情がありそうだな」

 桐生さんも、これがビジネスだけの話ではないということを察しているようだった。
 それでも深く突っ込まないところに、二人の絆のようなものを感じる。

「やってくれたら恩に着る」
「貸し借りはもう十分なんだけどな……」

 桐生さんが小さくため息をつく。

「映像の内容は、“歴史的考察+民俗伝承”。
 ドキュメンタリー風にして、どこかに“封の勾玉”の史料を紛れ込ませる予定だ。
 具体的な内容については、追って資料を送る」
「面白そうだな。
 ただ、そんなネタ扱うときは、“本物”が釣れるから気をつけろよ」
「その“本物”を釣るためにやるんだ」

 匠真の声は低く、どこか挑むようだった。

 桐生さんはしばらく黙ってから、口角を上げた。

「……了解。手筈は任せとけ。
 ただし、俺の名前は絶対に出すなよ」
「おまえの名前を出すメリットは一つもない」

 桐生が笑い、コーヒーを一口飲んだ。

「――相変わらずだな。昔から、何考えてるのか分かんねぇよ、おまえは」

「俺も、自分で分かってるつもりはない」

 俺はその横顔を見ながら、静かに思った。
 ――どんな危険を知っていても、彼は前に進む。
 その意志が、怖いほどまっすぐだった。



 打ち合わせが終わる頃には、午後の日が傾き始めていた。
 ホテルのロビーを出ると、湖面が淡い光を返している。
 桐生さんを見送って、俺たちも東京に戻る準備をする。

「これで、あとは素材を渡すだけか」
「そうだ。封の勾玉の写本は、データ化しておく。
 解析ログには俺の名前は入れない」

「……桐生さんって、信頼できるの?」
「信用じゃない。“貸し”だ。貸し借りのバランスがあるうちは裏切らない。情なんてものは信用できないからな」

 匠真のその言葉に、俺は小さく笑った。

「やっぱり、そういうところがおまえらしいな」

 風が吹き抜ける。
 湖面が揺れ、遠くの山の稜線が淡く霞んでいた。
 その光の向こうに、次の戦いの予感が静かに漂っていた。

******************

※今回登場した桐生瑛司は「指先が覚えている — What My Fingers Remember」に登場する攻めキャラです。https://www.alphapolis.co.jp/novel/332389240/894986379

「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「灰の湖 ー Ash Lake」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

♫「灰の湖 ー Ash Lake」はこちら⇒ https://youtu.be/8aMiuzTVIY8
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