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第51話 理と血 ー Reason and Blood
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月曜の朝。
薄曇りの空の下、東京はいつも通りに動いていた。
ビルの谷間を抜ける風が冷たく、週末の静けさをどこか遠いもののように感じさせた。
Lucent Coreのオフィスも、外見上はいつもと変わらない。
会議室ではプロジェクト報告が淡々と進み、プリンターの音、キーボードの打鍵音、
どれもが規則正しく、整然とした日常を演じていた。
――だが、静けさというのは、時に最も危うい均衡の上に成り立っている。
「桐生から連絡があった。初稿が上がったらしい」
匠真がモニターから目を離さずに言った。
手元のタブレットには、暗号化通信アプリの通知が点滅している。
「早いな。昨日話したばかりなのに」
「有能だからな。あいつは金と秘密の匂いに敏感だ。動きも早い」
しかも人柄も信用できるとなると、かなり貴重な人材だ。
画面には、仮アップロードされたデータのハッシュ値が表示されている。
Lucent Coreの非公開クラウドの一角――外部からは決して見えない“隔離領域”。
匠真がそこにアクセスする指先を、俺は隣から見つめていた。
週末の出来事が、まるで夢のように遠い。
だが、夢の中で掴んだ「現実」が、いま確かに動き出している。
◆
昼休み。
社員食堂のテーブルに、湯気の立つカップスープが置かれていた。
俺はスプーンをかき回しながら、ふと周囲を見渡す。
「なんか……今日は、静かだな」
「月曜の午前にしては、妙にだな」
匠真も周囲を観察している。
オフィスの喧騒が、どこか抑制されているように感じた。
「そういえば、今朝からメールサーバの応答が少し遅い気がする。
ISのチームがメンテしてるとか?」
「聞いてない。……柚木に確認してみろ」
そう言われて、俺はタブレットを開いた。
社内ポータルからシステムステータスを確認しようとした――
そのとき、ふと違和感に気づいた。
小さく眉をひそめた。
「……あれ?」
「どうした」
「ログイン権限が、一時的に変更されてる…」
「どういうことだ?」
「IS管理者権限が“部分的にロック”になってる」
「誰がやった」
履歴を確認する。
「権限者リストに変更履歴がない。日曜の夜以降、何も」
匠真の表情が、わずかに変わった。
それは驚きではなく、予想していたことが起きたときの顔だった。
「……もう動いたか」
「動いた?」
「いや、まだ確証はない。ただの偶然ならいい」
匠真は立ち上がり、ポケットから社員カードを取り出した。
「柚木のところへいく。来い」
◆
柚木さんのデスクは、いつも通り几帳面に整っていた。
モニターを三枚並べ、片側の画面ではログ監視のダッシュボードが点滅している。
「休日明け早々、何かあったか?」
「IS側のアクセス記録を見たんですが、変なんです」
柚木は一つの画面を拡大した。
ログのタイムスタンプが、細かくずれていた。
日曜の深夜二時二十三分――“Lucent Core社内VPN”を経由したアクセス。
だが、その時刻には誰も出社していない。
「内部からのアクセス……に見せかけた、外部侵入だな」
俺が言うと、匠真が画面をのぞき込む。
「どこに入られた?」
「AI映像生成の実験領域。つまり……例の映像素材を置いた場所だ。
今進めてる“生成ドキュメンタリー”関連のやつだよ」
柚木さんは素材の詳細を知らないから、匠真にだけ伝わるように言う。
静寂。
柚木のマウス操作の音だけが響く。
ログの一行が赤く点滅し、そこにはこう記されていた。
ACCESS GRANTED:ANONYMOUS // REMOTE NODE 03-TK
「この“03-TK”って?」
「東京圏の外部ノード。VPNを三重に経由してる。発信元は特定できない」
匠真は腕を組み、しばらく沈黙した。
やがて、ぽつりと呟く。
「いったいどこの企業が…」
柚木さんが首をかしげる。
匠真は腕を組んだまま、しばらく何かを計算するように黙り込んだ。
「……心当たりはある」
その声は、低く抑えられていた。
きっと怜央のことを指している。
その瞬間、あの夜の冷たい笑いが、胸の奥で蘇った。
「どうする?」
「二次データを分散化する。本サーバにはダミーを残す。
――柚木、急げ」
「了解。アクセスログは俺が削除する」
匠真は一度だけ深呼吸し、窓の外を見た。
曇天の向こうで、陽光が薄くにじんでいる。
「始まったな」
その声は、まるで宣戦布告のようだった。
◆
同じ頃。
港区・白金の高層ホテル。
カーテンの隙間から落ちる光が、床に淡く揺れている。
ソファに腰をかけ、紅茶を口にしている男がひとり。
九条怜央。
手元のタブレットには、封の勾玉の写本の一部と思われる画像が映っていた。
指先で軽くスワイプしながら、彼は微笑む。
その笑みは、愉悦とも、侮蔑ともつかない。
カーテン越しの光が、銀のカップを淡く照らす。
紅茶の表面に浮かぶ影が、まるで血の色のように揺れた。
「……君らしい動きだね、匠真。
“情報”で戦う。悪くない」
窓の外では、午後の日が東京の街を鈍く照らしていた。
彼は画面を切り替え、動画編集ソフトを開く。
そこに並ぶサムネイルの中の一つには、こう書かれていた。
『封の勾玉 ― 失われた理の系譜』
「“理(ことわり)”を暴こうとするなら――」
紅茶のカップを静かにソーサーへ戻す。
瞳の奥が、血のように赤く光った。
「僕は、“血”で応えるさ」
無音のカウントダウンが進む。
その指先が、まるで儀式のようにタブレットの再生ボタンに触れた。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「理と血 ー Reason and Blood」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「理と血 ー Reason and Blood」はこちら⇒ https://youtu.be/ElcxNoYcxy8
薄曇りの空の下、東京はいつも通りに動いていた。
ビルの谷間を抜ける風が冷たく、週末の静けさをどこか遠いもののように感じさせた。
Lucent Coreのオフィスも、外見上はいつもと変わらない。
会議室ではプロジェクト報告が淡々と進み、プリンターの音、キーボードの打鍵音、
どれもが規則正しく、整然とした日常を演じていた。
――だが、静けさというのは、時に最も危うい均衡の上に成り立っている。
「桐生から連絡があった。初稿が上がったらしい」
匠真がモニターから目を離さずに言った。
手元のタブレットには、暗号化通信アプリの通知が点滅している。
「早いな。昨日話したばかりなのに」
「有能だからな。あいつは金と秘密の匂いに敏感だ。動きも早い」
しかも人柄も信用できるとなると、かなり貴重な人材だ。
画面には、仮アップロードされたデータのハッシュ値が表示されている。
Lucent Coreの非公開クラウドの一角――外部からは決して見えない“隔離領域”。
匠真がそこにアクセスする指先を、俺は隣から見つめていた。
週末の出来事が、まるで夢のように遠い。
だが、夢の中で掴んだ「現実」が、いま確かに動き出している。
◆
昼休み。
社員食堂のテーブルに、湯気の立つカップスープが置かれていた。
俺はスプーンをかき回しながら、ふと周囲を見渡す。
「なんか……今日は、静かだな」
「月曜の午前にしては、妙にだな」
匠真も周囲を観察している。
オフィスの喧騒が、どこか抑制されているように感じた。
「そういえば、今朝からメールサーバの応答が少し遅い気がする。
ISのチームがメンテしてるとか?」
「聞いてない。……柚木に確認してみろ」
そう言われて、俺はタブレットを開いた。
社内ポータルからシステムステータスを確認しようとした――
そのとき、ふと違和感に気づいた。
小さく眉をひそめた。
「……あれ?」
「どうした」
「ログイン権限が、一時的に変更されてる…」
「どういうことだ?」
「IS管理者権限が“部分的にロック”になってる」
「誰がやった」
履歴を確認する。
「権限者リストに変更履歴がない。日曜の夜以降、何も」
匠真の表情が、わずかに変わった。
それは驚きではなく、予想していたことが起きたときの顔だった。
「……もう動いたか」
「動いた?」
「いや、まだ確証はない。ただの偶然ならいい」
匠真は立ち上がり、ポケットから社員カードを取り出した。
「柚木のところへいく。来い」
◆
柚木さんのデスクは、いつも通り几帳面に整っていた。
モニターを三枚並べ、片側の画面ではログ監視のダッシュボードが点滅している。
「休日明け早々、何かあったか?」
「IS側のアクセス記録を見たんですが、変なんです」
柚木は一つの画面を拡大した。
ログのタイムスタンプが、細かくずれていた。
日曜の深夜二時二十三分――“Lucent Core社内VPN”を経由したアクセス。
だが、その時刻には誰も出社していない。
「内部からのアクセス……に見せかけた、外部侵入だな」
俺が言うと、匠真が画面をのぞき込む。
「どこに入られた?」
「AI映像生成の実験領域。つまり……例の映像素材を置いた場所だ。
今進めてる“生成ドキュメンタリー”関連のやつだよ」
柚木さんは素材の詳細を知らないから、匠真にだけ伝わるように言う。
静寂。
柚木のマウス操作の音だけが響く。
ログの一行が赤く点滅し、そこにはこう記されていた。
ACCESS GRANTED:ANONYMOUS // REMOTE NODE 03-TK
「この“03-TK”って?」
「東京圏の外部ノード。VPNを三重に経由してる。発信元は特定できない」
匠真は腕を組み、しばらく沈黙した。
やがて、ぽつりと呟く。
「いったいどこの企業が…」
柚木さんが首をかしげる。
匠真は腕を組んだまま、しばらく何かを計算するように黙り込んだ。
「……心当たりはある」
その声は、低く抑えられていた。
きっと怜央のことを指している。
その瞬間、あの夜の冷たい笑いが、胸の奥で蘇った。
「どうする?」
「二次データを分散化する。本サーバにはダミーを残す。
――柚木、急げ」
「了解。アクセスログは俺が削除する」
匠真は一度だけ深呼吸し、窓の外を見た。
曇天の向こうで、陽光が薄くにじんでいる。
「始まったな」
その声は、まるで宣戦布告のようだった。
◆
同じ頃。
港区・白金の高層ホテル。
カーテンの隙間から落ちる光が、床に淡く揺れている。
ソファに腰をかけ、紅茶を口にしている男がひとり。
九条怜央。
手元のタブレットには、封の勾玉の写本の一部と思われる画像が映っていた。
指先で軽くスワイプしながら、彼は微笑む。
その笑みは、愉悦とも、侮蔑ともつかない。
カーテン越しの光が、銀のカップを淡く照らす。
紅茶の表面に浮かぶ影が、まるで血の色のように揺れた。
「……君らしい動きだね、匠真。
“情報”で戦う。悪くない」
窓の外では、午後の日が東京の街を鈍く照らしていた。
彼は画面を切り替え、動画編集ソフトを開く。
そこに並ぶサムネイルの中の一つには、こう書かれていた。
『封の勾玉 ― 失われた理の系譜』
「“理(ことわり)”を暴こうとするなら――」
紅茶のカップを静かにソーサーへ戻す。
瞳の奥が、血のように赤く光った。
「僕は、“血”で応えるさ」
無音のカウントダウンが進む。
その指先が、まるで儀式のようにタブレットの再生ボタンに触れた。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「理と血 ー Reason and Blood」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
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