風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動

梵天丸

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第51話 理と血 ー Reason and Blood

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 月曜の朝。
 薄曇りの空の下、東京はいつも通りに動いていた。
 ビルの谷間を抜ける風が冷たく、週末の静けさをどこか遠いもののように感じさせた。

 Lucent Coreのオフィスも、外見上はいつもと変わらない。
 会議室ではプロジェクト報告が淡々と進み、プリンターの音、キーボードの打鍵音、
 どれもが規則正しく、整然とした日常を演じていた。

 ――だが、静けさというのは、時に最も危うい均衡の上に成り立っている。

「桐生から連絡があった。初稿が上がったらしい」

 匠真がモニターから目を離さずに言った。
 手元のタブレットには、暗号化通信アプリの通知が点滅している。

「早いな。昨日話したばかりなのに」
「有能だからな。あいつは金と秘密の匂いに敏感だ。動きも早い」

 しかも人柄も信用できるとなると、かなり貴重な人材だ。
 画面には、仮アップロードされたデータのハッシュ値が表示されている。
 Lucent Coreの非公開クラウドの一角――外部からは決して見えない“隔離領域”。
 匠真がそこにアクセスする指先を、俺は隣から見つめていた。

 週末の出来事が、まるで夢のように遠い。
 だが、夢の中で掴んだ「現実」が、いま確かに動き出している。



 昼休み。
 社員食堂のテーブルに、湯気の立つカップスープが置かれていた。
 俺はスプーンをかき回しながら、ふと周囲を見渡す。

「なんか……今日は、静かだな」
「月曜の午前にしては、妙にだな」

 匠真も周囲を観察している。
 オフィスの喧騒が、どこか抑制されているように感じた。

「そういえば、今朝からメールサーバの応答が少し遅い気がする。
 ISのチームがメンテしてるとか?」
「聞いてない。……柚木に確認してみろ」

 そう言われて、俺はタブレットを開いた。
 社内ポータルからシステムステータスを確認しようとした――
 そのとき、ふと違和感に気づいた。
 小さく眉をひそめた。

「……あれ?」
「どうした」
「ログイン権限が、一時的に変更されてる…」
「どういうことだ?」
「IS管理者権限が“部分的にロック”になってる」
「誰がやった」

 履歴を確認する。

「権限者リストに変更履歴がない。日曜の夜以降、何も」

 匠真の表情が、わずかに変わった。
 それは驚きではなく、予想していたことが起きたときの顔だった。

「……もう動いたか」

「動いた?」
「いや、まだ確証はない。ただの偶然ならいい」

 匠真は立ち上がり、ポケットから社員カードを取り出した。

「柚木のところへいく。来い」



 柚木さんのデスクは、いつも通り几帳面に整っていた。
 モニターを三枚並べ、片側の画面ではログ監視のダッシュボードが点滅している。

「休日明け早々、何かあったか?」
「IS側のアクセス記録を見たんですが、変なんです」

 柚木は一つの画面を拡大した。
 ログのタイムスタンプが、細かくずれていた。
 日曜の深夜二時二十三分――“Lucent Core社内VPN”を経由したアクセス。
 だが、その時刻には誰も出社していない。

「内部からのアクセス……に見せかけた、外部侵入だな」

 俺が言うと、匠真が画面をのぞき込む。

「どこに入られた?」
「AI映像生成の実験領域。つまり……例の映像素材を置いた場所だ。
 今進めてる“生成ドキュメンタリー”関連のやつだよ」

 柚木さんは素材の詳細を知らないから、匠真にだけ伝わるように言う。
 静寂。
 柚木のマウス操作の音だけが響く。
 ログの一行が赤く点滅し、そこにはこう記されていた。

ACCESS GRANTED:ANONYMOUS // REMOTE NODE 03-TK

「この“03-TK”って?」
「東京圏の外部ノード。VPNを三重に経由してる。発信元は特定できない」

 匠真は腕を組み、しばらく沈黙した。
 やがて、ぽつりと呟く。

「いったいどこの企業が…」

 柚木さんが首をかしげる。

 匠真は腕を組んだまま、しばらく何かを計算するように黙り込んだ。

「……心当たりはある」

 その声は、低く抑えられていた。
 きっと怜央のことを指している。
 その瞬間、あの夜の冷たい笑いが、胸の奥で蘇った。

「どうする?」
「二次データを分散化する。本サーバにはダミーを残す。
 ――柚木、急げ」
「了解。アクセスログは俺が削除する」

 匠真は一度だけ深呼吸し、窓の外を見た。
 曇天の向こうで、陽光が薄くにじんでいる。

「始まったな」

 その声は、まるで宣戦布告のようだった。



 同じ頃。
 港区・白金の高層ホテル。
 カーテンの隙間から落ちる光が、床に淡く揺れている。

 ソファに腰をかけ、紅茶を口にしている男がひとり。
 九条怜央。
 手元のタブレットには、封の勾玉の写本の一部と思われる画像が映っていた。

 指先で軽くスワイプしながら、彼は微笑む。
 その笑みは、愉悦とも、侮蔑ともつかない。

 カーテン越しの光が、銀のカップを淡く照らす。
 紅茶の表面に浮かぶ影が、まるで血の色のように揺れた。

「……君らしい動きだね、匠真。
 “情報”で戦う。悪くない」

 窓の外では、午後の日が東京の街を鈍く照らしていた。
 彼は画面を切り替え、動画編集ソフトを開く。
 そこに並ぶサムネイルの中の一つには、こう書かれていた。

『封の勾玉 ― 失われた理の系譜』

「“理(ことわり)”を暴こうとするなら――」

 紅茶のカップを静かにソーサーへ戻す。
 瞳の奥が、血のように赤く光った。

「僕は、“血”で応えるさ」

 無音のカウントダウンが進む。
 その指先が、まるで儀式のようにタブレットの再生ボタンに触れた。

******************

「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「理と血 ー Reason and Blood」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

♫「理と血 ー Reason and Blood」はこちら⇒ https://youtu.be/ElcxNoYcxy8
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