風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動

梵天丸

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第52話 morning haze

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 目を覚ますと、もう隣に匠真の姿はなかった。
 カーテン越しの光が、淡くシーツを照らしている。
 代わりに、キッチンのほうからいい匂いが漂っていた。
 ベーコンの香ばしい匂いと、スープの温かい香り。
 朝の音が、静かに部屋を満たしていく。

 俺は昔から低血圧で、朝はどうにも頭がぼんやりしている。
 その点、匠真はいつも早い。どんなに夜遅くまで仕事をしても、必ず俺より先に起きている。
 だから、ベッドで眠っている匠真を見ることは、滅多にない。

 ――今日も、もう動いてるのか。

「……起きよう」

 ぼそりと呟いて、布団を抜け出す。
 まだ少し重たい体を起こしたところで、寝室の扉が開いた。

「起きたか」
「うん……」

 キッチンから戻ってきた匠真が、腕まくりをしながら俺を見る。
 黒いシャツの袖口から覗く手首が、朝の光に白く浮かんでいた。

「卵はどうする?」
「うーん、スクランブルで……」
「トーストは?」
「半分なら食べられそう」

 そう言うと、匠真が少し渋い顔をした。

「おまえは本当に食が細すぎるな」
「これでもまだマシになったほうだよ。おまえが作ってくれるから、一応、毎日ちゃんと食べるようになったし」

 そう言いながら、俺は手を伸ばして匠真の腕を掴み、そのまま引き寄せた。
 唇が触れ合う。短い朝のキス。

「ありがとう。感謝してる」
「前は酷かったからな」
「そうだな。自分でもそう思う」
「作っておくから、シャワー浴びてこい」
「うん」

 言われるままにバスルームへ向かう。
 湯気の立つシャワーの音が、部屋の静けさをやわらげていく。
 鏡に映る自分の顔を見て、少しだけ笑った。
 ――こうして日常を取り戻せていることが、まだ信じられない。



 髪を乾かしてキッチンに戻ると、テーブルには朝食が整っていた。
 スクランブルエッグにベーコン、サラダ、スープ。
 デザートにフルーツまで添えられている。

「飲み物はどうする?」
「コーヒーでいいよ。俺が入れる」

 せめてそれくらいはやらないと。
 一応、こいつは俺の上司でもあるし、朝から働かせっぱなしというのも気が引けた。
 コーヒーメーカーのボタンを押すと、香りがふわりと広がる。
 和やかな朝食タイムが始まった。

「昨日のアクセスの件、今日はどう動く?」
「柚木に引き続き監視を任せる。外部ノードの経路が分かれば追えるが、しばらくは静観だ」
「了解。……気は抜けないな」
「それでも、こういう時間があると違うだろ」
「うん」

 少し沈黙が落ちる。
 食器の音とコーヒーの香りが、静かな朝を満たしていた。

 俺は、以前から考えていたことを切り出す。

「なあ、ちょっと相談があるんだけど」
「なんだ」
「俺がアメリカで卒業した大学、Ph.D.プログラムの通信課程があってさ。
 申し込もうかと思ってる。今ちょうど申し込みの時期なんだ。ここの住所、記載してもいい?」

「理由は?」
「天峰酒造の件でISのチームと話してると、やっぱり知識と技術が追いついてない気がして。
 オンラインなら、働きながらでも勉強できるし」

 匠真はコーヒーカップを手に、静かに頷いた。

「それなら、社内の支援制度を使うといい。
 金銭面のサポートだけじゃなく、時間の融通も利かせやすくなる」
「へえ、そんな制度があるんだ」
「ある。俺も一度使ったことがある。論文提出の時期に休暇を調整しやすくなる」
「それは助かるな……。ありがとう、調べてみる」
「利用できるものは利用するといい」

 匠真の言葉はいつも実務的で、無駄がない。
 でも、その中にきちんとした“思いやり”がある。
 俺はそんな彼を見ながら、ふっと笑った。

「……なんか、こうしてると普通の朝だな」
「普通が一番、難しいんだ」
「そうだな」

 そう言って笑い合う。
 外では、街路樹の葉が風に揺れていた。
 日常が戻ったような気がした――
 ほんの少しの間だけでも。

******************

「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「morning haze」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

♫「morning haze」はこちら⇒ https://youtu.be/0LgD5B6iVBY
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