風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動

梵天丸

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第57話 Pulse Under the Storm

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 午前九時、新幹線の車窓に映る空はどんよりと曇っていた。
 車内のざわめきの中で、匠真は黙ってノートPCを閉じ、
 手の中のスマートフォンを一度だけ見つめた。
 出発前、颯に言った言葉が頭をよぎる。

「外には出るな。誰が来てもドアを開けるな。――いいな?」
「わかってるって。俺だって、もう何度も狙われてるんだから」
「念のためだ。怜央はまだ動いてる。用心しておけ」

 あのときの颯の軽い笑み。
 それを思い出すたびに、胸の奥で微かなざらつきが残る。
 祖父――九条宗雅。
 その名に、血のぬくもりは感じなかった。
 いったい今さら、自分に対して何を話そうというのか。
 その内容は分からないが、ここできっぱり言っておく必要があるだろう。

 篠原匠真は、今後一切、九条とは関わらない、と。



 同じころ、東京のマンション。
 颯はリビングのテーブルにコーヒーを置き、
 アメリカの大学院から届いたメールを確認していた。

「……ふぅ、これで書類は全部そろうな」

 ため息をついたそのとき、携帯が震えた。
 画面には「隆哉」の名前。

「もしもし」
『久しぶりだな。アメリカの準備、順調か?』
「うん、なんとか。書類も今日か明日には届くはず。EMSで送ったって言ってた」
『そうか。……一応、気をつけろよ。家の中にいてもな。最近、Lucent Coreの周辺で変な通信が増えてる』
「わかった。今日はどこにも出ないから大丈夫」
『それならいい。……じゃあ、またな』

 短い通話が切れる。
 隆哉と一緒に食事をした日、薬を盛られた。
 あの日、俺は初めて隆哉の気持ちを知った。
 3年間、ずっと俺のことが好きだったと。
 俺自身は、そんな隆哉の気持ちに全く気づかなかった。

「ふぅ…」

 カップの湯気がゆらめき、部屋の静寂が戻ってくる。
 インターホンが鳴った。
 モニターには、ヘルメットをかぶって制服を着た郵便局員の男が映っている。
 見慣れた格好に、ほんの一瞬だけ安心が走った。

「はい?」
『国際郵便です。署名か印鑑が必要なのでお願いできますか?』

(EMSって、署名が必要だったっけ…)

 ポストインで届くものもあるが、そうでないものもあるということなのだろう。
 玄関の鍵を外し、ドアを少し開けた。
 配達員が端末を差し出し、サインを促す。
 指定された場所にサインをする。

「これで――」

 言い終えるより早く、
 冷たい手が口元を塞いだ。

「静かに。君には少し、用がある」

 低い声。
 意識が遠のく。
 床がぐらりと傾き、視界の端でドアが閉まった。



 新幹線が京都に着いた。
 匠真は出張で何度か来たことのある駅に降り立つ。
 その瞬間、ポケットの中のスマートフォンが震えた。
 画面には「隆哉」。

「……隆哉?」
『悪い、颯に電話したんだが、出ない。さっきかけた時はすぐに出たのに。時間を空けてかけても、つながらないんだ』
「今日は出かける予定はなかったはずだが」

 嫌な予感が、匠真の頭をかすめる。
 あのマンションのセキュリティは万全だが、だからこそ油断するということもあるだろう。
 あらかじめ、指定されていた『九条』の連絡先に電話をする。

「すみません、今日は急用ができたので、面会はまた後日にお願いします」

 そう伝えるなり、出発直前の東京行きのぞみ号に飛び乗った。
 位置情報、通話記録、監視システム。
 どれも反応が途切れている。

「くそっ……颯、応答しろ」

 通話ボタンを何度押しても、応答はない。
 画面の中で「発信中」の文字だけが虚しく光る。
 颯のスマートウォッチの位置情報を確認する。
 GPSが動いてる。

 郊外、東埠頭のあたりだった。

(あいつに頼るのは癪だが…)

 匠真は隆哉に連絡を入れる。

「東埠頭だ。颯のGPSがそこへ向かっている」
「分かった。東埠頭に向かう。おまえは今どこにいるんだ?」
「新幹線が京都を出たところだ。2時間ほどで合流できる」
「了解。颯の居所が確認でき次第、連絡する」

 そこで通話は切れた。



 夕暮れの東京。
 隆哉が運転するレンタカーが、郊外の倉庫街に停まっていた。
 雨が降り出し、ワイパーが静かにリズムを刻む。
 前方の防犯フェンスの奥、
 黒いバンが倉庫の中へ滑り込むのが見えた。

「……本当にあれか?」

 車のドアが閉まる。
 隆哉はすぐに走り出したが、
 ちょうどシャッターが降り、内部は見えなくなった。

「くそ、あと数秒早ければ……」

 息を整えながら、スマートフォンを開く。
 ここへ来るまで、匠真と連絡を取り合い、颯のGPSの位置を確認した。
 間違いない。
 きっと、あの車に颯が乗っていた。

『俺だ。あと少しで着く。状況は?』
「倉庫の中だ。複数の動き。恐らく怜央の部下だ」
『わかった。俺が着くまで手を出すな。……颯は生きてる』
「その根拠は?」
『あいつの時計の信号が、まだ“鼓動”を拾ってる』

 隆哉は無言で頷いた。
 遠くから、ヘッドライトの光が近づいてくる。
 黒いセダンが雨の中を滑り込む。
 運転席のドアが開き、匠真が現れた。
 濡れたコートを脱ぎながら、隆哉と視線を交わす。

「……間に合ったな」
「ああ。だが、これからが本番だ」

 二人は倉庫の中を見上げる。
 鉄扉の向こう、闇の底に灯るわずかな赤い光。
 その中心に――颯がいる。
 雨が強くなる。
 街灯が揺れ、遠くで雷鳴が低く唸った。
 嵐の気配が、静かに夜を覆い始めていた。

******************

「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「Pulse Under the Storm」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

♫「Pulse Under the Storm」はこちら⇒ https://youtu.be/AdMWxaG5QXU
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