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第58話 雷鳴の檻 ー Thunder Cage
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冷たい空気が、肌を刺す。
ゆっくりと意識が戻ってきたとき、まず感じたのは、背中に食い込む硬い床の感触だった。
(そうか…あのとき…)
マンションで郵便局員を装った男に口を塞がれたところまでは覚えている。
国際郵便だと言うから、すっかり信じてしまった。
あれだけ匠真に忠告されたのに、自分のうかつさを呪いたくなる。
(……ここ、どこだ?)
目を開けると、天井の灯りがチカチカと瞬いている。
両手は背中の後ろで縛られていて、動かそうとするとすぐに痛みが走った。
金属製の倉庫の中。
鉄の匂いと、遠くで滴る水の音。
そして、目の前には——怜央がいた。
「目が覚めた?」
怜央は無駄のない動きで立ち上がり、こちらに歩み寄る。
その足音が、静かな空間の中で不気味に響いた。
「……怜央」
「そう、僕だよ。驚いた?」
怜央の笑みは薄い。
光のないその瞳が、どこか冷たい色を帯びている。
「匠真がそこまで来ている。君を助けにね」
胸の奥が一瞬だけ跳ねた。
だけど、その直後、強い不安が押し寄せる。
「……匠真に何をするつもりだ?」
「彼を? うーん……それは、君次第かな」
怜央はしゃがみ込み、こちらの顔を覗き込む。
距離が近い。呼吸がぶつかるほど。
その細い指先が、俺の顎を持ち上げた。
「君が匠真を諦めて姿を消すなら、穏便に済ませる。
だけど、そうじゃないなら——僕は手段を選ばない」
これは脅迫だ。
だけど、簡単に屈して良いタイプの脅迫じゃない。
「どっちにしても、匠真を束縛するつもりなんだろう?」
「まあ、ある程度はね」
俺は小さく息を吐いた。
心臓が速く打っているのに、不思議と頭は冷静だった。
「なら、諦めない。
君と一緒だと、匠真は幸せにはなれないから」
言った瞬間、怜央の手が動いた。
バチンッ。
頬に鋭い痛み。視界が一瞬、白く弾ける。
「分かったような口をきくな」
怒気を含んだ声。
口の中に、鉄の味が広がる。
——痛い。
けれど、それ以上に胸の奥が静かだった。
(……匠真も、こういう痛みだったのかな)
あの夜、俺がいなくなるぐらいなら「殴られるほうがマシだ」と言った匠真。
赤く腫れた頬を同僚に指摘され、「壁にぶつけた」と笑っていた匠真。
そのことを思い出すと、なぜか笑いが込み上げてくる。
こんな状況なのに、不思議と笑えてしまう自分に呆れながら、
俺は顔を上げた。
(匠真……きっと、もう近くまで来てる。
せめて、おまえに危害が及ばないようにしないと)
倉庫内を見渡す。
黒いスーツ姿の男たちが四人。
腰に何かを隠している。カタギじゃない。
匠真ひとりじゃ、危険すぎる。
(俺も、足手まといにはなれない……)
両手は動かないが、足は自由だ。
そのとき、視界の端に積み上げられた木箱が見えた。
上の段のひとつが傾いている。
あれを倒せば、少しは時間が稼げる。
俺は静かに体をずらした。
怜央はまだこちらを見ていない。
狙いを定め、息を止めて——思い切り、体当たりした。
ガシャンッ!!
崩れ落ちる木箱。
男たちが反射的にそちらを向く。
颯はその隙を突いて立ち上がり、出口の方へ走り出した。
「颯っ!」
匠真の声が聞こえた。
入り口の鉄扉が開き、冷たい雨風が吹き込む。
隆哉も一緒だ。
二人の姿を見た瞬間、胸が熱くなる。
(来てくれた……)
けれど、あと数メートルのところで腕を引かれた。
「どこへ行く気だ」
怜央の腕が、鋼のように強く背中を掴んでいた。
冷たい感触。次の瞬間、首筋に硬い刃が当てられる。
「……っ!」
ナイフの冷たさが皮膚を割る。
「匠真、取引をしよう」
怜央の声が、倉庫の空気を切り裂いた。
匠真が一歩前へ出る。
隆哉がそれを止めようと手を伸ばすが、匠真は振り払う。
「……条件を言え」
「僕のものにならない?」
「……ふざけるな」
「じゃあ、君の愛しの颯がどうなってもいいの?」
「颯を離せ」
匠真の声が低く落ちる。
床の鉄板がわずかに震えたように感じた。
「手を離せ、怜央」
匠真が一歩近づく。
しかし怜央はたじろぎもせず、俺を羽交い締めする手に力を込めた。
黒いスーツ姿の男たちが、怜央を守るように取り囲む。
「どちらが優勢なのか、一目瞭然だろ。僕のものになれ、匠真」
ナイフの刃先が、俺の喉元をわずかに押した。
(痛…っ…)
頬を伝う血の一滴が、静かに床に落ちる。
その瞬間、倉庫の外で雷鳴が轟いた。
緊張が、張り詰めた糸のように音もなく震えていた。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「雷鳴の檻 ー Thunder Cage」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「雷鳴の檻 ー Thunder Cage」はこちら⇒ https://youtu.be/AkNdEeYeKdM
ゆっくりと意識が戻ってきたとき、まず感じたのは、背中に食い込む硬い床の感触だった。
(そうか…あのとき…)
マンションで郵便局員を装った男に口を塞がれたところまでは覚えている。
国際郵便だと言うから、すっかり信じてしまった。
あれだけ匠真に忠告されたのに、自分のうかつさを呪いたくなる。
(……ここ、どこだ?)
目を開けると、天井の灯りがチカチカと瞬いている。
両手は背中の後ろで縛られていて、動かそうとするとすぐに痛みが走った。
金属製の倉庫の中。
鉄の匂いと、遠くで滴る水の音。
そして、目の前には——怜央がいた。
「目が覚めた?」
怜央は無駄のない動きで立ち上がり、こちらに歩み寄る。
その足音が、静かな空間の中で不気味に響いた。
「……怜央」
「そう、僕だよ。驚いた?」
怜央の笑みは薄い。
光のないその瞳が、どこか冷たい色を帯びている。
「匠真がそこまで来ている。君を助けにね」
胸の奥が一瞬だけ跳ねた。
だけど、その直後、強い不安が押し寄せる。
「……匠真に何をするつもりだ?」
「彼を? うーん……それは、君次第かな」
怜央はしゃがみ込み、こちらの顔を覗き込む。
距離が近い。呼吸がぶつかるほど。
その細い指先が、俺の顎を持ち上げた。
「君が匠真を諦めて姿を消すなら、穏便に済ませる。
だけど、そうじゃないなら——僕は手段を選ばない」
これは脅迫だ。
だけど、簡単に屈して良いタイプの脅迫じゃない。
「どっちにしても、匠真を束縛するつもりなんだろう?」
「まあ、ある程度はね」
俺は小さく息を吐いた。
心臓が速く打っているのに、不思議と頭は冷静だった。
「なら、諦めない。
君と一緒だと、匠真は幸せにはなれないから」
言った瞬間、怜央の手が動いた。
バチンッ。
頬に鋭い痛み。視界が一瞬、白く弾ける。
「分かったような口をきくな」
怒気を含んだ声。
口の中に、鉄の味が広がる。
——痛い。
けれど、それ以上に胸の奥が静かだった。
(……匠真も、こういう痛みだったのかな)
あの夜、俺がいなくなるぐらいなら「殴られるほうがマシだ」と言った匠真。
赤く腫れた頬を同僚に指摘され、「壁にぶつけた」と笑っていた匠真。
そのことを思い出すと、なぜか笑いが込み上げてくる。
こんな状況なのに、不思議と笑えてしまう自分に呆れながら、
俺は顔を上げた。
(匠真……きっと、もう近くまで来てる。
せめて、おまえに危害が及ばないようにしないと)
倉庫内を見渡す。
黒いスーツ姿の男たちが四人。
腰に何かを隠している。カタギじゃない。
匠真ひとりじゃ、危険すぎる。
(俺も、足手まといにはなれない……)
両手は動かないが、足は自由だ。
そのとき、視界の端に積み上げられた木箱が見えた。
上の段のひとつが傾いている。
あれを倒せば、少しは時間が稼げる。
俺は静かに体をずらした。
怜央はまだこちらを見ていない。
狙いを定め、息を止めて——思い切り、体当たりした。
ガシャンッ!!
崩れ落ちる木箱。
男たちが反射的にそちらを向く。
颯はその隙を突いて立ち上がり、出口の方へ走り出した。
「颯っ!」
匠真の声が聞こえた。
入り口の鉄扉が開き、冷たい雨風が吹き込む。
隆哉も一緒だ。
二人の姿を見た瞬間、胸が熱くなる。
(来てくれた……)
けれど、あと数メートルのところで腕を引かれた。
「どこへ行く気だ」
怜央の腕が、鋼のように強く背中を掴んでいた。
冷たい感触。次の瞬間、首筋に硬い刃が当てられる。
「……っ!」
ナイフの冷たさが皮膚を割る。
「匠真、取引をしよう」
怜央の声が、倉庫の空気を切り裂いた。
匠真が一歩前へ出る。
隆哉がそれを止めようと手を伸ばすが、匠真は振り払う。
「……条件を言え」
「僕のものにならない?」
「……ふざけるな」
「じゃあ、君の愛しの颯がどうなってもいいの?」
「颯を離せ」
匠真の声が低く落ちる。
床の鉄板がわずかに震えたように感じた。
「手を離せ、怜央」
匠真が一歩近づく。
しかし怜央はたじろぎもせず、俺を羽交い締めする手に力を込めた。
黒いスーツ姿の男たちが、怜央を守るように取り囲む。
「どちらが優勢なのか、一目瞭然だろ。僕のものになれ、匠真」
ナイフの刃先が、俺の喉元をわずかに押した。
(痛…っ…)
頬を伝う血の一滴が、静かに床に落ちる。
その瞬間、倉庫の外で雷鳴が轟いた。
緊張が、張り詰めた糸のように音もなく震えていた。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「雷鳴の檻 ー Thunder Cage」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「雷鳴の檻 ー Thunder Cage」はこちら⇒ https://youtu.be/AkNdEeYeKdM
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