風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動

梵天丸

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第59話 雷鳴の果てで ー At the Edge of the Thunder

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 冷たい刃の感触が、首筋の皮膚をわずかに切った。
 生ぬるい血が一筋、喉元を伝い落ちる。

 その瞬間、匠真の目の色が変わった。

「……分かったから、颯を離せ。
 それ以上、傷つけるな」

 低く落ちた声は、怒りよりも静かで、
 逆に怜央の耳に鋭く刺さったようだった。
 不快そうな笑みを浮かべ、怜央は匠真に告げる。

「だったら、まず匠真には別の場所に移動してもらう。
 それから颯は解放する」

「信用できない。今、解放しろ」

 怜央はゆっくりと笑った。
 余裕を装ったその笑みの奥に、焦りの影が見える。

「さっきも言っただろう? こっちが優勢なんだよ。
 まずは匠真の確保。それは譲れない」

 倉庫の中に漂う空気が、ひりつくように重くなる。
 四方の男たちは一歩も動かず、
 わずかな息づかいさえも緊張の音として響いていた。

(くそ……どうすればいいんだ。
 俺が下手に動けば、かえって匠真を窮地に追い込むことになる)

 縛られた手の中で、指先が汗ばむ。
 息を整えようとしても、胸がうまく動かない。

 そのとき、隆哉の声が響いた。

「なら、颯は俺が預かる。それでどうだ?」

 怜央の視線が隆哉に向く。
 その瞳の奥に、計算の光が走った。
 隆哉は匠真に視線を向ける。

「言ったよな?おまえが颯を守り切れなかったら、俺がどんな手を使ってでも奪い取るって」
「ああ、そうだったな」
「今がそれだ。おまえでは、颯は守れない」

 隆哉の言葉に、匠真は沈黙する。
 まるで、納得するかのように。

「ちょっと、待てよ。俺のことを無視して勝手に決めるな!」

 二人の間で話がまとまりそうになっているのを見て、俺は堪らずに声を上げた。
 俺たちのやりとりを見ていた怜央が、薄く笑った。

「……いいだろう。城ノ内、こいつはおまえにやる」

 そして、怜央は匠真の方を見た。

「匠真もそれでいい?」
「分かった」

 その言葉に、俺の全身が硬直した。

「ちょっと待てよ! 何納得してるんだよ!」

 思わず叫ぶ。
 怜央の腕が動き、ナイフの刃が喉を浅くかすめた。
 痛みよりも、匠真の沈黙の方が怖かった。

「悪いな。俺はもうこれ以上、おまえを巻き込みたくない」

 それはまるで、別れの言葉のようだった。
 笑うことも泣くこともできない。
 ただ、喉の奥からかすれた声が漏れた。

「……何だよ、それ。
 俺と結婚するんじゃなかったのかよ! 嘘つき!」

 必死に叫んだその声は、倉庫の金属壁に反射して鈍く響く。
 怜央の眉がぴくりと動いた。

「うるさいから、さっさと連れて行って」

 怜央が乱暴に俺の腕を押し出す。
 隆哉が近づき、素早く俺の拘束を解いた。

「これで動けるようになっただろ?」

 低い声。
 次の瞬間、隆哉は俺を背後にすると、匠真の腕を強く引いた。

「——おまえも来い! 逃げるぞ!」

 怜央たちが一瞬、呆然とする。
 その一瞬の隙に、俺たちは走り出した。

 床に靴音が響く。
 倉庫の鉄扉が開き、雨の冷気が顔を叩く。
 息を切らしながら、外へ飛び出した瞬間——。

「……っ!」

 目の前の光景に、息が止まった。

 暗い空の下、黒いスーツの男たちが
 ずらりと列を成していた。
 ざっと二十人。
 どの顔も無表情で、整然と並んでいる。

 銃口のような何かが、こちらに向けられた。

 隆哉が反射的に俺を庇う。
 匠真は前に出て、怜央を睨みつけた。

「……おまえの仲間か?」

 怜央が眉をひそめる。
 その反応が、微妙に遅かった。

 ——違う。

 俺はそう感じた。
 この男たちは怜央の支配下ではない。
 だが、それが誰の指示なのかまでは、まだわからない。

 雨が強くなり、アスファルトを叩く音が空気を満たす。
 風が吹き抜け、空のどこかで雷鳴が低く鳴った。

 誰も動かない。
 けれど、その沈黙は、
 嵐の前の静けさのように、張りつめていた。

(匠真……これは、どういう——)

 問いかけようとした瞬間、
 匠真がわずかに息を吸い、目だけで俺を見た。

 その目は言っていた。

 ——動くな。

 雷鳴が再び空を裂いた。
 雨の中、誰かの靴が一歩、前に出た。

 緊張の糸が、静かに切れる音がした。

******************

「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「雷鳴の果てで ー At the Edge of the Thunder」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

♫「雷鳴の果てで ー At the Edge of the Thunder」はこちら⇒ https://youtu.be/AESigZ4ygAgr
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