風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動

梵天丸

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第60話 雨の果てに、君がいる ー At the End of the Rain

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 雨の帳が降りる倉庫街。
 銃口のような黒い影が、ずらりと並んでいた。
 その数、およそ二十。誰一人声を上げず、ただ冷たい雨に打たれながら、無表情のまま立ち尽くしている。

 颯を背に庇う匠真が、一歩前へ出た。
 隆哉は横に並び、周囲の人数を素早く確認する。
 その無言の集団の中央から、ひとりの男がゆっくりと前に出た。

 背筋を伸ばし、濡れたコートの裾を静かに払う。
 黒髪に白の一本が混じり、年齢は四十代ほどか。
 その目は冷たくも穏やかで、長年の修羅場をくぐってきた者の落ち着きを湛えていた。

「——志水しみずと申します。禊衆みそぎしゅうの任を預かっております」

 その名を聞いた瞬間、怜央の顔が強張った。
 血の気がみるみる引いていく。

「……禊衆……」

 怜央の唇が震える。志水は淡々と続けた。

「怜央様、御宗(おんむね)様がお呼びです。本邸までお戻りください」

「御宗様が……?」
 その言葉を聞くや、怜央の瞳から一瞬で闘気が消えた。

 志水は視線を上げ、淡々と告げる。

「それから、この方々への手出しはならぬとの厳命です。
 そちらの手の者も、すぐにお引き取りください」

 倉庫の四隅に控えていた黒服たちは、顔を見合わせ、ゆっくりと武器を下ろした。
 怜央は奥歯を噛みしめ、悔しげに視線を逸らす。

「……御宗様の命なら、逆らえないな」

 その声には、かすかな震えが混じっていた。

 志水は颯と匠真の方に向き直り、深く頭を下げる。

「当家に連なる者が、ご迷惑をおかけいたしました。
 これは御宗様のご意志ではございません。
 この謝罪と補償は、後日あらためて——」

「そんなものいらないから、二度と匠真に関わるな!」

 気がつくと、叫んでいた。
 こんなくだらない血統のために、匠真はずっと苦しんできた。
 志水は微動だにせず、ただ静かに頷く。

「篠原様におかれましては、御宗様が再度の面会を希望しております。
 篠原様のご意向も確認の上、此度の騒動の決着をつけたいと」

 匠真はしばらく沈黙した。
 その瞳には、言葉にできない葛藤の色があった。
 やがて、短く息を吐いて答える。

「……分かった。
 ただし、これが最後だ。
 以後は、九条とは一切の関わりを断つ」

「それも御宗様にお伝えいたします。
 決して、悪いようにはされないかと」

 志水の口調は終始丁寧で、下手に出ているようでいて、どこか抗えぬ威圧があった。
 禊衆の男たちは一糸乱れずに動き、怜央の部下を連れ、闇の向こうへと去っていった。
 怜央も最後に一度だけ匠真を見たが、何も言わずに背を向けた。

 雨音だけが残る。
 緊張の糸が切れたように、颯の体がふらりと揺れた。

「颯!」



 駆け寄った匠真がその体を抱きかかえる。
 体温は低く、唇は青ざめていた。

「もう危険もなさそうだし、あとは任せていいか?」と隆哉が言う。
 匠真は頷いた。

「ああ。本当に助かった。ありがとう」

「礼とか言われるとむかつくな。……今回は特別だ」

 隆哉は視線を逸らし、背を向ける。
 その声がかすかに震えていた。

「だが、次にまた颯が危険にさらされることがあれば——
 その時は、本当に颯を俺のものにする」

 それだけ言い残し、隆哉は車に乗り込み、雨の中へと消えていった。



 気がつくと、見慣れた天井があった。
 柔らかいシーツの感触。ほのかに漂う洗剤の匂い。
 寝心地の良いベッドの上で、俺はゆっくりと目を開けた。

(……戻ってきたんだ)

 現実を理解するまで、少し時間がかかった。
 頭がまだぼんやりしている。

「大丈夫か?」

 聞き慣れた声に顔を向けると、匠真が心配そうに覗き込んでいた。
 目の下には薄い隈。眠っていないのだろう。

「うん……戻って来れたんだな」
「ああ」

「ごめん……俺がうかつだった。
 誰が来ても絶対に出るなって言われてたのに」

「もういい。気にするな。
 それより、痛まないか?」

 匠真が首筋に手を伸ばす。
 その瞬間、怜央にナイフを押し当てられた感触がよみがえった。
 包帯が巻かれていて、そこから微かに薬の匂いがした。

「大丈夫。たいした怪我じゃなかったし」

 そう言うと、匠真はわずかに眉をひそめた。
 まるで自分を責めているような表情。

「そんな顔するなよ。俺もおまえも無事だったんだから」
「……そうだな」

 少しの沈黙のあと、俺は訊いた。

「それより、本当に俺を捨てて怜央のところに行こうとしてたのか?」

 匠真はわずかに目を伏せた。

「もうおまえが傷つく姿を見たくなかった。
 怜央は想像していたより狡猾で、手段を選ばなかった。
 これからもきっと、おまえが危険にさらされると思ったんだ」

「それでも、行かないでほしかった」

 俺の言葉に、匠真が息をのむ。
 そして、低く答えた。

「……そうだな。悪かった。
 どんな理由であれ、おまえがいなくなることが、
 俺にとって一番怖いことだったのに」

「俺も……おまえを失うのが怖い。
 もう、それだけ俺にとっておまえは大切な存在なんだ」

 言葉を交わす間、静寂が包み込む。
 雨の音も遠ざかって、部屋の中に二人の呼吸だけが残る。

 どちらからともなく、そっと唇が触れた。
 血の匂いも痛みも、すべて遠ざかっていくように。

 この瞬間だけは、何もかもが静かだった。
 夜が、ようやく明けようとしていた。

******************

「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「雨の果てに、君がいる ー At the End of the Rain」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

♫「雨の果てに、君がいる ー At the End of the Rain」はこちら⇒ https://youtu.be/rzXCtPnUiXQThunder
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