風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動

梵天丸

文字の大きさ
62 / 64

第62話 終の茶室 ― The Final Tea Room

しおりを挟む
 襖が静かに開き、そこに座していたのは――匠真の祖父・宗雅さんだった。

 白髪を後ろで結い、淡い鼠色の着物をまとった老人。
 その姿は、俺の想像していた以上に威厳と気品を兼ね備えていた。
 背筋は伸び、目は深く澄んでいる。
 ただ座しているだけで、長い年月の重みが空間に染み渡るようだった。

 部屋の隅には、一輪の花が生けられている。
 色は控えめだが、花の姿には強い生命があった。

「——梓にはあまり似てないな」

 宗雅さんが穏やかに言った。
 匠真は、一瞬まばたきをしてから答えた。

「血がつながっていませんから、当然でしょう」

 宗雅さんは口の端をわずかに上げた。
 笑みというよりも、どこか懐かしさを帯びた表情だった。

「隠さなくてもいい。全て知っている。
 おまえは間違いなく、梓の子だよ」

 匠真の呼吸が、ほんの一瞬だけ止まる。
 横で、俺はその緊張を肌で感じ取っていた。
 宗雅さんは、まるでそれを見透かしたように、俺に視線を向けた。

「匠真に理解者がいて良かった。
 君には礼を言わないといけないな」

 その言葉に、体から少しだけ力が抜けた。
 この老人は敵ではない――そう感じられた。

「遠方からはるばる来てくれたのだ。まずは茶を進ぜよう」

 宗雅さんは自ら立ち上がり、茶道具を整える。
 年齢を感じさせない、しなやかな動作だった。
 茶筅が立てる微かな音が、畳の上を流れていく。

「無作法ですが、かまいませんか?」と俺が尋ねると、
 宗雅さんは穏やかに笑った。

「もちろん。自由に飲んでかまわないよ。
 茶の作法は心を整えるためのものだ。
 だが、客の心がすでに静まっているなら、それで十分だ」

 湯気が立ちのぼり、淡い香りが部屋を包んだ。
 茶菓子が出され、湯呑みが二人の前に置かれる。
 ひと口飲むと、少し苦味のある味が喉を滑り落ち、
 心のざわつきが静かに溶けていくようだった。

 しばらくの沈黙のあと、宗雅さんが口を開いた。

「匠真。おまえが心配しているようなことは起こらない。
 安心しなさい」

 静かな声だった。だが、その一言には重みがあった。

「どういうことですか?」

「九条は儂の代で終わらせる。
 禊衆も解散する。すでに彼らには伝えてある」

 匠真も俺も、言葉を失った。
 あまりにも突然で、あまりにも意外だった。

「……九条を終わらせる?」

 匠真の声は、ほとんど呟きのようだった。

「そうだ。長きにわたり、九条は“血”に囚われてきた。
 だが、血はただの器だ。中に何を宿すかが人の価値だ。
 もう、血に縛られる時代ではない」

 宗雅さんの声には迷いがなかった。
 その決意は、老いではなく、清めのように透き通っていた。

「じゃあ、匠真はもう九条に振り回されずに済むということですね?」

 俺が思わず言うと、宗雅さんは頷いた。

「その通りだ。匠真、おまえは篠原の養子。九条とは何の関係もない。
 まして、九条の血統が偽物であったことが世に知られた今、
 おまえを縛るものは何もない」

 宗雅さんは湯呑みに口をつけ、静かに続けた。

「封の勾玉のことは、聞いているな?」

 俺は小さくうなずき、少し遠慮がちに尋ねた。

「あの……それ、もしかして“封の勾玉”の公開の件ですか?」

「知っているとも」

 宗雅さんはうなずき、淡々と続けた。

「あれは儂が、匠真の父である篠原清真の手に渡るよう仕向けたものだ。
 そして、彼の友人である溝口継嗣の手に渡るようにもな」

 匠真と俺は、思わず顔を見合わせた。
 その名が、ここで出てくるとは思わなかった。

「清真の手に渡れば、遠からず溝口の手に渡ると分かっていた。
 九条の真実が、正しい形で明るみに出る時を、ずっと待っていたのだよ」

 宗雅さんの言葉は、静かでありながらどこか遠い。
 まるで長い夢の終わりを見ているようだった。

「あなたの仰りたいことは分かりました。
 ですが、怜央はどうですか?
 彼は執拗に俺に執着し、颯も危険にさらされました」

 匠真の問いに、宗雅さんは深く息を吐いた。

「怜央は今回の件の責任を取り、九条ホールディングスの会長の座を退く。
 二度と表舞台に出ることはないだろう」

「それは……どういう意味ですか?
 まさか、命を……」

「そんな物騒なことはせんよ」

 宗雅さんはわずかに笑った。
 だが、その目には老いの静けさとは別の、鋭い光が宿っていた。

「彼は信頼を失ったのだ。
 九条の中で、もはや彼に従う者はいない。
 力とは、人の心があってこそ。
 心を失えば、ただの器にすぎん」

 匠真はゆっくりと頷いた。
 怜央の終わりを告げる声は、淡々としていながら確かだった。

「今日をもって、おまえは九条の鎖から解き放たれる。
 篠原の子として、生きよ。——それが、梓への儂の贖いだ」

 宗雅さんの声が、静かに部屋を満たした。
 その瞳は、どこか遠い過去を見つめているようだった。

 茶室に、蝋燭の火が揺れた。
 長く続いた九条の影が、ひとつの時代の終わりとともに溶けていく。

 俺は胸の奥で、何かが静かにほどけていくのを感じた。
 匠真もまた、言葉にはできない安堵の息をついていた。

 外では、春を告げる風が庭の竹を鳴らしていた。
 音は柔らかく、どこか遠い鈴のように響いていた。

******************

「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「終の茶室 ― The Final Tea Room」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

♫「終の茶室 ― The Final Tea Room」はこちら⇒ https://youtu.be/rpjOE1D70kc
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

溺愛じゃおさまらない

すずかけあおい
BL
上司の陽介と付き合っている誠也。 どろどろに愛されているけれど―――。 〔攻め〕市川 陽介(いちかわ ようすけ)34歳 〔受け〕大野 誠也(おおの せいや)26歳

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...