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第三十八話 それはまだ先の話
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(今頃…ラウル様はカイルと話をしているだろう…)
そう考えると、リリア皇女様が目の前にいるというのに、頭の中が二人のことでいっぱいになってしまう。
(ダメダメ…皇女様の注意がラウル様に向かないようにするのが私の役目なのに…)
テーブルの上には、お城のシェフが腕によりをかけて作ってくれたスイーツやサンドイッチなどが並んでいる。
こんな食材の少ない季節に、これだけのものを作るのは大変だったと思う。
「このパイ、すごく美味しいわね」
「あ、はい。生のフルーツは手に入らないので、ジャムを使ったものと聞いています」
「そうよね。冬はどこも食材の入手が大変だけど、この地方は特に大変そう」
「でも、シェフはいつも工夫して、美味しいものを作ってくれます。首都にいた頃より、今のほうが食事も美味しく感じます」
「食べ物のクオリティって大事よね」
「はい、とても」
「ところで…」
リリア皇女様の声音が少し変わったので、私はパイを食べる手を止めた。
「この間の坊や、ラウルの隠し子なの?」
お茶を飲んでいなくて良かったと思った。
私は必死に平静を装いながら、あらかじめ用意していた答えを口にした。
「え…ち、違います!確かに似てますけど、違います。あの子の父親の騎士が、ラウル様に少し似ているんです」
「本当に?」
「は、はい…本当です」
「でも、あなたはあの子が生まれた時には、ここにはいなかったんでしょう?」
「そうですけど…私はあの子の両親も知っていますので。ラウル様の子ではありません」
やはりあんなに近くでカイルの顔を見たのだから、皇女様が疑うのも無理はない。
マルティン卿が気を利かせてカイルの年齢を誤魔化してくれたおかげで、死んだ大公夫妻の子どもである可能性については、皇女様は考えていないようだった。
(だからといって、ラウル様の隠し子説に話が向くとは思わなかったけど…)
「もしよろしければ、あの子の両親に会ってみますか?」
「うーん、どうしようかなぁ」
「皇女様は私のことを心配してくださっているのですよね?だったら、実際にあの子の両親に会ってもらって、安心していただいたほうがいいかなと」
「そうね…まあ、さすがにラウルが自分の子どもを隠すとも思えないし。シャーレットの言う通りよ。あなたが同じように考えて気に病んでいないかと心配になったの」
「ありがとうございます。私は大丈夫です。ラウル様のことを信じていますし、皇女様が仰るように、本当にあの子がラウル様の子どもなら、きちんと公表されるはずなので」
カイルに対する疑惑は、それで終わった。
あらかじめ、疑われた場合の対策を考えていて良かった。
ちなみに、もしも皇女様が納得してくれなかったら、一番ラウル様に似ている騎士をカイルの父親として会ってもらう作戦だった。
「そういえばあなたたちは、建国祭には来るの?」
「え…あ、それは、たぶん不参加になると思います」
ラウル様は目が見えないということで、貴族に義務づけられている首都での行事への参加は免除されていると聞いている。
(だから、この返答で良かった…のよね…)
私自身、実家が首都にあったにも関わらず、妾の子だということで宮殿の行事には参加したこともないし、どういう行事がいつ行われているのかもよく分かっていない。
ただ建国祭は首都をあげてのお祭り騒ぎになるから、知っていた。
建国祭が行われるのは、毎年5月だ。
「ラウルが来るのは無理だとしても、シャーレットだけでも参加したら?」
「え、でも…」
「ラウルには私が言ってあげる。お父様もきっと、シャーレットに会ってみたいと思ってるはずだし」
「え、いえ、そんな…とんでもない…!」
リリア皇女様のお父様といえば、皇帝陛下だ。
私が皇帝陛下に謁見するなど、とんでもない…。
それに、私が首都に行き皇帝陛下に謁見すれば、せっかく息を潜めて存在感をなくしている公爵家が注目を集めることになってしまう。
「ありがたいお誘いですが、できるだけラウル様の傍にいてサポートしたいと思っていますので…」
「そうよね。新婚だもの。離れるのは不安よね」
「はい……」
「でも、まだ5月まで時間はあるし。気が変わったらいつでも言ってちょうだい」
「ありがとうございます」
「いちおう私の名前で招待状は送るわね」
リリア皇女様が私を首都に招きたい理由は、いずれ公爵様を首都に戻したいという気持ちもあるのだろう。
(いつかはラウル様が首都に戻れる時が来るのかもしれない。でもそれは、まだ先の話…)
少しの好奇心がわいて、私はリリア皇女様に聞いてみた。
「皇女様は、陛下の後を継いで皇太女になることは考えておられないのですか?」
そう考えると、リリア皇女様が目の前にいるというのに、頭の中が二人のことでいっぱいになってしまう。
(ダメダメ…皇女様の注意がラウル様に向かないようにするのが私の役目なのに…)
テーブルの上には、お城のシェフが腕によりをかけて作ってくれたスイーツやサンドイッチなどが並んでいる。
こんな食材の少ない季節に、これだけのものを作るのは大変だったと思う。
「このパイ、すごく美味しいわね」
「あ、はい。生のフルーツは手に入らないので、ジャムを使ったものと聞いています」
「そうよね。冬はどこも食材の入手が大変だけど、この地方は特に大変そう」
「でも、シェフはいつも工夫して、美味しいものを作ってくれます。首都にいた頃より、今のほうが食事も美味しく感じます」
「食べ物のクオリティって大事よね」
「はい、とても」
「ところで…」
リリア皇女様の声音が少し変わったので、私はパイを食べる手を止めた。
「この間の坊や、ラウルの隠し子なの?」
お茶を飲んでいなくて良かったと思った。
私は必死に平静を装いながら、あらかじめ用意していた答えを口にした。
「え…ち、違います!確かに似てますけど、違います。あの子の父親の騎士が、ラウル様に少し似ているんです」
「本当に?」
「は、はい…本当です」
「でも、あなたはあの子が生まれた時には、ここにはいなかったんでしょう?」
「そうですけど…私はあの子の両親も知っていますので。ラウル様の子ではありません」
やはりあんなに近くでカイルの顔を見たのだから、皇女様が疑うのも無理はない。
マルティン卿が気を利かせてカイルの年齢を誤魔化してくれたおかげで、死んだ大公夫妻の子どもである可能性については、皇女様は考えていないようだった。
(だからといって、ラウル様の隠し子説に話が向くとは思わなかったけど…)
「もしよろしければ、あの子の両親に会ってみますか?」
「うーん、どうしようかなぁ」
「皇女様は私のことを心配してくださっているのですよね?だったら、実際にあの子の両親に会ってもらって、安心していただいたほうがいいかなと」
「そうね…まあ、さすがにラウルが自分の子どもを隠すとも思えないし。シャーレットの言う通りよ。あなたが同じように考えて気に病んでいないかと心配になったの」
「ありがとうございます。私は大丈夫です。ラウル様のことを信じていますし、皇女様が仰るように、本当にあの子がラウル様の子どもなら、きちんと公表されるはずなので」
カイルに対する疑惑は、それで終わった。
あらかじめ、疑われた場合の対策を考えていて良かった。
ちなみに、もしも皇女様が納得してくれなかったら、一番ラウル様に似ている騎士をカイルの父親として会ってもらう作戦だった。
「そういえばあなたたちは、建国祭には来るの?」
「え…あ、それは、たぶん不参加になると思います」
ラウル様は目が見えないということで、貴族に義務づけられている首都での行事への参加は免除されていると聞いている。
(だから、この返答で良かった…のよね…)
私自身、実家が首都にあったにも関わらず、妾の子だということで宮殿の行事には参加したこともないし、どういう行事がいつ行われているのかもよく分かっていない。
ただ建国祭は首都をあげてのお祭り騒ぎになるから、知っていた。
建国祭が行われるのは、毎年5月だ。
「ラウルが来るのは無理だとしても、シャーレットだけでも参加したら?」
「え、でも…」
「ラウルには私が言ってあげる。お父様もきっと、シャーレットに会ってみたいと思ってるはずだし」
「え、いえ、そんな…とんでもない…!」
リリア皇女様のお父様といえば、皇帝陛下だ。
私が皇帝陛下に謁見するなど、とんでもない…。
それに、私が首都に行き皇帝陛下に謁見すれば、せっかく息を潜めて存在感をなくしている公爵家が注目を集めることになってしまう。
「ありがたいお誘いですが、できるだけラウル様の傍にいてサポートしたいと思っていますので…」
「そうよね。新婚だもの。離れるのは不安よね」
「はい……」
「でも、まだ5月まで時間はあるし。気が変わったらいつでも言ってちょうだい」
「ありがとうございます」
「いちおう私の名前で招待状は送るわね」
リリア皇女様が私を首都に招きたい理由は、いずれ公爵様を首都に戻したいという気持ちもあるのだろう。
(いつかはラウル様が首都に戻れる時が来るのかもしれない。でもそれは、まだ先の話…)
少しの好奇心がわいて、私はリリア皇女様に聞いてみた。
「皇女様は、陛下の後を継いで皇太女になることは考えておられないのですか?」
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