夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸

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第八十八話 魔女と契約したから?

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翌日の朝、リリア皇女様を指揮官とした遠征軍が、隣国のセルデア公国に向けて出発した。
早朝、ラウル様と一緒にカイルの部屋に行ったら、予想通りの大泣きだった。
そのカイルを何とかなだめて遠征軍の出発式に立ち会い、ラウル様を見送った。
出発式も、古来のしきたりにのっとって行われ、厳粛なムードが漂っていた。
何もかも形にこだわるのは、リリア皇女様を皇帝の名代として引き立たせるためだった。
到着時から今日までの間、人目のあるところではリリア皇女様を皇帝と同じように扱い続けた結果、多くの騎士たちの態度が改まったという。
見た目や雰囲気のインパクトは大事で、現在までのところリリア皇女様に権威性を持たせる作戦は成功している。

「大丈夫ですよ。閣下は戦争で負けたことはないですから」

マルティ卿が気遣うように声をかけてくれる。
私はずっとグリーン侯爵家の屋敷から出たことがなかったから知らなかったけど、ラウル様が魔女の呪いを受けるまでは、どんな戦でも負けたことがないと有名だったのだという。
特に先代皇帝が譲位するまでの3年間は、お兄様の大公とのコンビネーションが『帝国の双璧』とも呼ばれ、帝国が領土を大きく広げるのに貢献した。

(昨日、余計な心配をしたことは、今思うとラウル様に対しては失礼なことだったかもしれない…)

私は少し反省した。

「閣下から、奥様とカイル様をくれぐれもよろしくと言われました」
「マルティン卿がいてくださると、心強いです」
「ヘレフォード伯爵令嬢の事件のこともありますので、城への出入りはいつも以上に厳しくチェックします」
「お城に残っている騎士の数も少ないですもんね」
「はい。正直、今攻めて来られると、ちょっと大変です」

マルティン卿はそう言うけれども、彼が城に残っていることへの安心感はすごい。
多少何かあっても大丈夫じゃないかと思えるほどだ。

(だからこそ、本当はラウル様と一緒に行ってもらいたかったのだけど…)


城を出て3日目には、セルデア公国の王城が見える位置まで辿り着いていた。
ここまでの道程で、特に問題となるようなことはなく、リリア皇女を中心とする遠征軍が通り過ぎても、国民たちは抵抗もなくおとなしく眺めているだけで、問題になるようなトラブルは起きなかった。
公国に攻め入ってきたというよりは、用事があって来ているぐらいに思っているのかもしれない。

「この速度なら、明日の昼過ぎには王城に着くでしょう。今日は早めに休んで、明日に備えるのが良いかと思います」

ラウルがそう告げると、リリアは頷いた。

「明日一日で終わりそう?」
「偵察から帰ってきた者の報告でも、城の中に動きは見られないようです。中にそれほど人数がいるとも思えないので、日が落ちるまでには終わる可能性が高いと思います」
「まあ、双方に犠牲が出ずに終わるのが、一番よね」
「はい。あと、軽微なものですが含む違反者が5名出ましたので、とりあえず明日の朝まで懲罰を与えて復帰させる予定です。軍律の乱れは事故に繋がる可能性もあるので」
「服務違反…懐かしいわね」

リリアが何かを思い出したかのように笑うので、ラウルは苦笑した。

「同じレベルのような話として思い出すのはやめてください」
「ごめんごめん、あなたにとっては災難な事件だったわよね。ところで…」

リリアは話の続きを口にするような調子で聴いてきた。

「ランベルトの子どもは生きてるんでしょ?」
「え……」
「カイルって言ったっけ。あの事件の時に死んだって報告のあった子」
「いえ…」

あまりにも唐突に話を振られたことと、リリアが確信している様子だったことから、ラウルは思わず言葉に詰まった。
その時点で、半分認めたも同然だった。

「前に城で会った子…あなたの目を治して欲しいと言ってきたあの子がカイルなんでしょ?命名式の前に亡くなったことになってるから、その名前で育てているのかどうかは知らないけど」

これ以上隠すのは難しいと、ラウルは思った。
いずれ話す予定ではあったが、それはまだ何年か先の予定だった。

「そうです」

ラウルが観念して認めると、リリアは軽く息を吐いた。

「やっぱりそうだったんだ…私、あの子がラウルの隠し子なんじゃないかってシャーレットに聞いちゃった。そっくりなんだもん」
「やめてください…そんな余裕などなかったことはご存知でしょう?」
「とりあえずシャーレットは騎士の子だって言い張ってたから、あの時はそれを信じようと思ったけど。違和感がどうしてもあって」
「すみません。シャーレットさんのせいではなく、事情があってお伝えできませんでした」
「で、あの子はどうするつもり?このまま騎士の子だと言い張って育てていくの?」
「いえ…いずれ私の養子にして兄の領地を継がせたいと考えています」
「だったら、私がお父様に言ってあげる。あなたには皇位継承権があるから、お父様の許可が必要でしょ?」

この話の流れでの一見親切そうに感じられる提案は、不気味でしかなかった。

「いえ、そこまで急がなくても…」

ラウルの言葉にかぶせるように、リリアは言った。

「皇位継承権のあるランベルトの子どもを隠してたってことも含めて、丸く収めるようにしてあげる」

この話に拒否権はない…とラウルは感じた。
カイルを死んだことにしたのは、生きていることが知られれば再び命を狙われる状態だからだった。
ただそれは、見方によっては皇位継承権のある子どもを意図的に隠した罪に問われる可能性もある。
リリアがそのことを持ち出していることから考えても、この先の話の展開は、ラウルにとって良いものとは思えなかった。

「カイルの件を引き受けるには、条件がある」
「条件…何でしょうか」

おそらくその条件を、ラウルが断るという選択肢は与えられないのだろう。
そういう前提で、リリアは話している。

「1つ目、私が皇位継承権を得るための助力を惜しまないこと」
「それは以前から申し上げているとおりです」

リリアが皇位を望むのであれば、家門をあげて支援してくということは以前から決めていた。
シャーレットもそれを望んでいるから。

「2つ目、5月の建国祭に参加すること。もちろん、シャーレットも一緒にね。カイルも連れてきなさい。その時にお父様に繋いであげる」
「分かりました」

カイルを養子にするためには、いずれ首都に行く必要はあった。
この条件は、それが少し早まったということと受け止めた。

「そして3つ目、皇軍の指揮官として司令官の職位を新設するからそれにつくこと。これは、憲法を変えるまでもなくできることだから、準備が整い次第」

3つ目の条件は、ラウルが想定していたものの中で最悪のものだった。
胸の辺りが苦しくなるのを感じながら、ひとまずは平静を装う。

「すみません、さすがにそれは…私よりもふさわしいものがいると思うのですが…」
「そう言いたい気持ちはよく分かるけど、残念ながらこの国にあなた以上の適任者はいない」
「無理です…」

断ることがほぼ不可能な状態で出された最悪の条件。
受ければ、引き返せない道を行くことになる。
シャーレットも巻き込んでしまう。
頭の中でめまぐるしく、この条件を断るもしくは変更させる方法を考えてみるものの、言葉が出てこなかった。
代わりに、リリアが言葉を続けた。

「私が皇帝として立つ。その代わり、あなたは軍をまとめなさい」
「しかし、他に適任者がいるはずです」
「あなたほど、皇軍と皇宮警察がどういう組織か理解している者はいない。自覚はあるんでしょう?」
「…………」
「いずれは女帝が軍や警察をまとめることも受け入れられると思う。でも、私の代では、まだ無理。お父様も、同じ認識だった」

つまり、この話は、すでに皇帝とも話し合った結果だということのようだった。
リリアは北部に来た時点から、この話を切り出すタイミングを考えていたのだろう。

「お言葉ですが、私にはそのような資格はありません。他の者を探してください」
「どうして?魔女と契約したから?」

リリアの言葉に、ラウルは息をのんだ。
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