夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸

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第百十二話 5年前のあの赤ん坊が…

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目を覚ますと、ラウル様の姿はベッドの中になかった。
早朝に皇宮に行くと言っていたから、私を起こさないように気を遣いながら出て行ったのだろう。

(少しでも眠れていたなら良いけど…)

私自身の限界が先に来て眠ってしまったので、ラウル様が眠れたのかどうかは分からない。
私はガウンを羽織って、ベッドから出る。
本当は首都に戻ってきた報告をするためにリリア皇女様に会いに行こうと思っていたのだけれど。
それはもう2,3日先延ばしにしたほうが良いと思った。
皇女様のほうでも事情は察してくれるだろうけど、念のために手紙を届けてもらうことにした。
直接的なことは書かず、さまざまな状況もあるので、ご挨拶は少し落ち着いてから…と書き、皇宮に行く用事があるという公爵家の騎士に托した。
その時に、伯爵位を含む違法賭博容疑の貴族が12名、一斉検挙されたと聞いた。
外は大騒ぎになっているので、今日は出ない方が良いと。
令状の発布が皇帝陛下とラウル様の連名で行われたため、本邸の門の前にも、新聞記者を始め、被疑者の知人や家族などさまざまな人が押し寄せているのだという。
門からこの建物まではかなり距離があるので、外の大騒ぎの様子は伝わってこないけれど…。

(今日はカイルと一緒に邸の中で過ごすのが良さそうね…)


カイルと一緒に昼食をとり、その後は何をしたいか聞いたところ、ピアノを弾いて欲しいというリクエストだった。
私たちが北部に戻っている間にピアノの調律も終わっていて、音の違いを確かめてみたかったのでちょうど良かった。
実際に弾いてみると、前回の時に感じた音のズレはまったく感じなくなっていた。

「どんな曲が聴きたい?」
「うーん…てっててーってやつ」
「え…ど、どれだろ…」

たぶん少しアップテンポな曲なのかなと思ったので、先日弾いたものの中でそれらしいものを弾いてみる。
幸いにも2曲目に弾いたアニメの曲がビンゴだったようで、カイルにせがまれるまま何度か同じ曲を弾いた。
この曲は保育園の子どもたちも大好きだったから、子供心をくすぐる何かがあるのかもしれない。
ただ曲を聴いているだけでは退屈だろうと思い、体を動かしやすい童謡の曲を思い出して弾いてみる。

「じゃあ、次は、ちょっと体を動かしてみようか」
「うん」
「この曲に合わせて、体を動かしてみて」

この童謡には有名な振り付けがあるのだけど、カイルの好きなように動いてもらった。

「じゃあ、ちょっと速くなるよ」

同じ童謡の曲をテンポをあげて弾くと、同じ振り付けを先ほどよりも速くする必要が出てくる。
ピアノを弾くほうもだけど、体を動かす方もテンポが上がるにつれて難易度が高くなっていく遊びだ。
カイルは運動神経が良い方なので、テンポが3段階アップぐらいまではこなせえていたけど、4段階目以降には苦戦し始めた。
そして5段階目で二人同時にギブアップした。

「もうむりー!」
「私も指がもう無理」

でも、楽しかったみたいで、カイルが笑い転げている。
外は今もきっと物々しい雰囲気になっているのだろうけど。
カイルが笑顔になってくれて良かったと思った。

「少し休憩されませんか?冷たいお茶をお持ちしました」

アリスがグラスに入ったお茶をテーブルに並べてくれる。

「嬉しい、ありがとう、アリス」
「のどがかわいたー!」

私はふと、部屋の外にいる人影に気づいた。
護衛のために待機してくれている皇宮警察の警官だった。
本邸内だから危険はないはずだけど、そういう決まりがあるらしい。

「アリス、あの人達にも持っていってあげてくれる?」
「はい、かしこまりました」

アリスが二人の警官にアイスティーの入ったグラスを手渡すと、恐縮しながら会釈をしてきた。

(勤務中にお茶を飲んだら、服務違反になったりするのかな…)

私はラウル様が以前、服務違反で懲罰を受けた話を思い出し、少し心配になった。
警官には普通の職業とは違うさまざまな決まりがあるようだけど。

(さすがに出されたお茶を飲んだぐらいで処罰が下るようなことはないわよね…)


時刻はすでに深夜を過ぎていたが、ラウルは皇宮の中の執務室で側近達と今日の残務処理に追われていた。

(今日は戻れそうにないな…)

今日どころか、当分本邸に戻れそうにない。
ラウルだけではなく、部下達のほとんどがこの皇宮と関係施設を行ったり来たりしている。
一応、シャーレットには当面戻れない可能性は伝えてあるが、外の騒動のことを考えると、不安になっていないか心配だった。
今朝、12名の貴族が一斉検挙された件は、平民たちからは歓迎されたが、一部の貴族たちからは不満もあがっている。
逮捕した12名の取り調べが始まっており、その報告が次々に上がってくる合間に、抗議にくる貴族への対応も行わなければならなかった。
特に高位貴族への対応は、ラウル自身が行わないといけないことも多かった。
無駄に神経を使うことが多い時間の中でも、昨夜のことを思い出すと、少し心が安らいだ。
シャーレットが自分の仕事を理解し、気遣ってくれることは、こんな修羅場のような状況を乗り切る支えになっている。

「奥様と公子殿下は、今日は本邸内で過ごされました。奥様がピアノを弾き、公子殿下がそれに合わせて踊っていたそうで、楽しそうだったと。それから、部下たちにも気遣っていただいたそうで、恐縮していました」

イザークの報告に、ラウルは思わず笑みを漏らした。
イザークが邸内の護衛として配置したのは平民の警官達だった。
ラウルの指示通り、身分ではなく警官としての優秀さで選ばれた者たちだが、貴族の多くは平民との接触を好まない。
シャーレットは社交界を知らずに育ったことも関係しているのだろうが、あまり身分に頓着しないところがあった。
そして、そういうところも、彼女の魅力でもある。

「ありがとう。引き続き頼む」
「はい。本邸のことはご心配なく」

ラウルが結婚したと聞いたときには驚いたが、結婚が人を変えることもあるのだなとイザークは思った。
そして、カイルの存在も、ラウルにとっては大きいのだろう。

(5年前のあの赤ん坊が…あんなに大きくなって…)

イザークは5年前、ラウルから助けを求められた時のことを思い出した。
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