夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸

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第百十五話 そういうこともあると思います

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午前中はカイルが、ディルク卿の剣術の稽古があることもあり、その時間を使ってピアノを弾くことにした。
ラウル様のリクエストが、前世で覚えた曲というものだったので、カイルがいないほうが都合が良かったからだ。
カイルはまだ私が前世の話をしても理解できないだろうし、誰かに話してしまう可能性もあるので、今のところは、私とラウル様だけの秘密ということにしておいたほうがいいということになった。
いつかカイルが話して良いことといけないことの区別がつくようになって、私自身も彼にも打ち明けたいと思えるときが来たら、話せば良いと思っている。

「あの…本当に私、高尚なものは弾けないので…あまり期待しすぎないでくださいね」
「何が高尚なのかの基準はよく分かりませんが…シャーレットさんが弾きたいものを弾いてくれれば大丈夫ですよ」

カイルには子ども向けの曲を弾いたけど、ラウル様相手だと、それはちょっと違う気がする。
かといって、クラシックで覚えてる曲と言えば、簡単なものぐらいだし…。
むしろ、日本っぽいもののほうがいいかもしれない。

「じゃあ、私が住んでいた『日本』という国の雰囲気が分かる曲を弾きますね」

日本らしい曲の代表的なものといえば、「さくらさくら」だろう。
保育園でも何度も弾いていたから覚えている。
他にも、「荒城の月」や「ふるさと」「あかとんぼ」など、和の雰囲気が感じられる曲を思い出しながらいくつか弾いているうちに、何だか懐かしい気持ちになってきた。
楽しいこともたくさんあったけど、嫌な思い出も多い場所なので帰りたいとは全く思わないけれど。
ただ二度と戻れないのだなと思うと、少し感傷的な気持ちになった。

(弾く曲、間違えたな…)

自分の中のアイデンティティのようなものが、故郷の要素を強く求めてしまう。
この症状に名前をつけるとしたら「ホームシック」だろう。
気がつくと、手が止まっていた。

「異国という表現が合う曲ばかりでしたね。全く文化の異なる国なのだなということが想像できます」
「そうですね。文化はまったく違います。独特の文化を持っている国として有名だったので」
「……どうかしましたか?」

ラウル様はいつも、私の声を聞いただけで異変を察知してしまう。

「…少し懐かしくなって感傷的になっただけです。ただの前世なのに」
「そういうこともあると思います。特にシャーレットさんは、はっきりと記憶があるので」

前世にホームシックを感じているなんて馬鹿にされても仕方がないのに。
きちんと受け止めてくれるのが嬉しかった。

(こういう人だから、好きになったんだと思う…)

気がつくと、暗い気持ちはどこかへ行っていた。

「前世では学校で必修科目だったのでピアノを習ったのは数年程度なんです。一応、こっちと同じように教本があったんですよ」
「そうなんですか。私は両親の方針で教養として半ば強引にさせられていたので、教本を全部丸暗記してさっさと終わらせようとして教師に呆れられました。あまり良い生徒ではなかったですね」

ある意味でラウル様らしいエピソードに、思わず笑ってしまった。

「それは芸術を学ぶというよりは…ラウル様にとってピアノは剣術のようなものだったのではないですか?」
「たぶん、そうだと思います」
「私も教本の曲はあまり覚えてないんですけど…たぶん、こちらの教本と似てると思います」

私は何となく覚えている練習曲を、いくつか弾いてみた。

「なるほど…こちらも教本にはない曲ばかりですが、どれも教本に出てくる曲に似ています。でも私は、先ほど弾いてくれた曲や先日カイルに弾いていた曲のほうが好きですね」
「じゃあ、この間弾いていた曲も少し弾いてみますね。これは子どもたちのリクエストが多くて、喜んでもらいたくて、必死に覚えて練習した曲なんです」
「ぜひ聴かせてください」

私はカイルが好んでリクエストしたいくつかの曲を弾いた。
誰かが喜んでくれる姿を想像しながら練習するのは、楽しかった。

「シャーレットさんのピアノは、心がこもっているので聴いているととても癒やされます」
「そういう言葉が、一番嬉しいです」
「このところはずっと神経を使う仕事が多かったので、特に…」

多くは語らなくても、どういう状況だったのかが想像できる。
仕事の内容を全部愚痴として話すことができるなら、もっと気持ちも楽になるのだろうけれど。
そういう性質の仕事でないことは、私でも理解できる。

「私はどんなことがあっても、ラウル様の味方です。それを覚えていてくださると嬉しいです」
「ありがとうございます」

ラウル様の手が私の頬に触れ、そして唇が重なった。
たとえ世界中の人がラウル様を批難するようなことがあったとしても。
私はこの人の味方でい続けよう…そう思った。
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