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百十八話 そこが弱いって知ってるくせに
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結局、午前中いっぱいの時間を使って、私は宝飾店での買い物を終えた。
「ありがとうございました。良い買い物ができました。きっとエルザさんとリンツ男爵も喜んでもらえると思います」
「それなら良かったです」
お店ですすめられた商品はどれも質が良く、デザインも洗練されていた。
「お仕事の前に慌ただしくなってしまってすみません。大丈夫ですか?」
「気にしなくても大丈夫ですよ。部下たちが優秀なので、午前中に私がいなくても全く問題ありません」
ラウル様は私を本邸に送り届けた後、そのまま皇宮に出勤することになっている。
忙しい仕事の合間にこうして私の買い物に付き合ってくれたことには、感謝しかない。
「あの…これは今日のお礼というか、いつものお礼というか…」
私は箱の中のものを取り出して、ラウル様の手のひらの上にのせた。
エルザさんたちへのプレゼントをいろいろ物色しているうちに見つけたものだった。
「私に…?」
「はい…サファイアのカフスボタンです。ラウル様に似合いそうだと思って…」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
「あの…良かったら付けてみましょうか?」
「はい、ぜひお願いします」
私はサファイアのカフスボタンを、ラウル様のシャツの袖口に取り付ける。
「良かった…思った通り、とてもよく似合ってます」
「ありがとうございます。大切に使います。実は私も…あなたに渡したいものがあります」
ラウル様は綺麗に包装された箱を取り出して、私に差し出した。
「ありがとうございます。開けても良いですか?」
「どうぞ」
私はラウル様から手渡された箱を開けてみる。
そこには、アレキサンドライトのネックレスが入っていた。
考えてみると、公爵家に来てから必要に応じてドレスや靴を作ってもらったりということはあったけど、ラウル様からこんなプレゼントをもらったのは初めてのことだった。
「すごく綺麗です…」
「私には見立てることができないので、ベンヤミンにあなたに似合うものを選んでもらいました」
「ありがとうございます。大切にします。付けてみても良いですか?」
「私がしましょう」
そう言ってくれたので、私はネックレスをラウル様に手渡した。
見えない状態で大丈夫かなと少し心配したけど、全く杞憂だった。
「できました」
そう言ったかと思うと、ネックレスのチェーンごしにキスをされてドキッとする。
首筋は私の弱いところで、それはラウル様もよく知っていることだった。
くすぐったさを必死に堪えていると、ラウル様が笑い出した。
「酷いです…そこが弱いって知ってるくせに…」
「すみません」
ラウル様は全く悪びれる様子もなく言って、半分涙目になっている私をなだめるようにキスをした。
皇宮に向かうラウル様を見送って邸内に戻ろうとすると、ちょうど剣術の稽古を終えたカイルとディルク卿の姿があった。
ディルク卿は独り身ということもあって、利便性の面から本邸内に部屋を与えられているので、カイルの剣術の稽古を主に見てくれていた。
マルティン卿が自宅から出勤しているため、業務の負担はディルク卿のほうが大きくなりがちだ。
ただ、ディルク卿もマルティン卿も、どちらも献身的にラウル様を支えようとしていることは、見ていてとても伝わってくる。
(ディルク卿が戻ってきてくれて良かった…)
二人がいることで、ラウル様の負担は軽減していると思う。
「カイルは私が部屋に連れて行きますね」
「では、お言葉に甘えてお願いします」
「はい。皇宮でのお仕事、頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。閣下はもう皇宮に向かわれましたか?」
「はい。ついさっきですが」
「分かりました。では、私も後を追います」
ディルク卿はそう言って会釈すると、急ぎ足で邸内に向かった。
「お母さん、どこかでかけてたの?」
「うん、ちょっとお友達への贈り物を買いにね」
「いいなー…」
カイルの羨ましそうな視線を浴びて、私は少し申し訳ない気持ちになる。
今日の買い物にはカイルも連れて行きたかったのだけど、ラウル様の時間が限られていることなどもあり、結局二人で行くことにしたのだった。
「次は、一緒に行こうね」
「つぎって、いつ?」
「うーん…お父さんと相談して決めよう」
「ぜったい、だよ」
「うん、絶対」
ラウル様の仕事も少しだけど落ち着いてきているようだし、カイルを連れて3人で出かけられるか相談してみようと思った。
「オシャレなカフスボタンですね、閣下」
袖口のカフスボタンがいつもと違うのをめざとく見つけたマルティンが指摘され、ラウルは笑った。
ラウルは何も言わなかったが、マルティンには贈り主が誰だかすぐに分かった。
「奥様はセンスが良いですね。よくお似合いです」
「当然だ。ところで、お前の子どもの命名式に皇女も参加したいそうだ。日時はもう決定したのか?」
「ええと…二週間後ぐらいで考えています」
「警備の手配があるから、正式に決まったら教えて欲しい」
「分かりました。教会とも相談して今週中にはお伝えします」
マルティンとの話を終えたラウルは、エルンストが読み上げる報告書の処理にとりかかっている。
時々ラウルの指が、シャーレットにもらったカフスボタンに触れる様子が微笑ましいとマルティンは思った。
(以前は危うすぎて心配になることもあったが…最近はそういうことも少なくなった)
皇軍のまとめ役として引きずり出されたときはどうなることかと思ったが、シャーレットの存在がラウルを支えているのは間違いだろう。
「ありがとうございました。良い買い物ができました。きっとエルザさんとリンツ男爵も喜んでもらえると思います」
「それなら良かったです」
お店ですすめられた商品はどれも質が良く、デザインも洗練されていた。
「お仕事の前に慌ただしくなってしまってすみません。大丈夫ですか?」
「気にしなくても大丈夫ですよ。部下たちが優秀なので、午前中に私がいなくても全く問題ありません」
ラウル様は私を本邸に送り届けた後、そのまま皇宮に出勤することになっている。
忙しい仕事の合間にこうして私の買い物に付き合ってくれたことには、感謝しかない。
「あの…これは今日のお礼というか、いつものお礼というか…」
私は箱の中のものを取り出して、ラウル様の手のひらの上にのせた。
エルザさんたちへのプレゼントをいろいろ物色しているうちに見つけたものだった。
「私に…?」
「はい…サファイアのカフスボタンです。ラウル様に似合いそうだと思って…」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
「あの…良かったら付けてみましょうか?」
「はい、ぜひお願いします」
私はサファイアのカフスボタンを、ラウル様のシャツの袖口に取り付ける。
「良かった…思った通り、とてもよく似合ってます」
「ありがとうございます。大切に使います。実は私も…あなたに渡したいものがあります」
ラウル様は綺麗に包装された箱を取り出して、私に差し出した。
「ありがとうございます。開けても良いですか?」
「どうぞ」
私はラウル様から手渡された箱を開けてみる。
そこには、アレキサンドライトのネックレスが入っていた。
考えてみると、公爵家に来てから必要に応じてドレスや靴を作ってもらったりということはあったけど、ラウル様からこんなプレゼントをもらったのは初めてのことだった。
「すごく綺麗です…」
「私には見立てることができないので、ベンヤミンにあなたに似合うものを選んでもらいました」
「ありがとうございます。大切にします。付けてみても良いですか?」
「私がしましょう」
そう言ってくれたので、私はネックレスをラウル様に手渡した。
見えない状態で大丈夫かなと少し心配したけど、全く杞憂だった。
「できました」
そう言ったかと思うと、ネックレスのチェーンごしにキスをされてドキッとする。
首筋は私の弱いところで、それはラウル様もよく知っていることだった。
くすぐったさを必死に堪えていると、ラウル様が笑い出した。
「酷いです…そこが弱いって知ってるくせに…」
「すみません」
ラウル様は全く悪びれる様子もなく言って、半分涙目になっている私をなだめるようにキスをした。
皇宮に向かうラウル様を見送って邸内に戻ろうとすると、ちょうど剣術の稽古を終えたカイルとディルク卿の姿があった。
ディルク卿は独り身ということもあって、利便性の面から本邸内に部屋を与えられているので、カイルの剣術の稽古を主に見てくれていた。
マルティン卿が自宅から出勤しているため、業務の負担はディルク卿のほうが大きくなりがちだ。
ただ、ディルク卿もマルティン卿も、どちらも献身的にラウル様を支えようとしていることは、見ていてとても伝わってくる。
(ディルク卿が戻ってきてくれて良かった…)
二人がいることで、ラウル様の負担は軽減していると思う。
「カイルは私が部屋に連れて行きますね」
「では、お言葉に甘えてお願いします」
「はい。皇宮でのお仕事、頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。閣下はもう皇宮に向かわれましたか?」
「はい。ついさっきですが」
「分かりました。では、私も後を追います」
ディルク卿はそう言って会釈すると、急ぎ足で邸内に向かった。
「お母さん、どこかでかけてたの?」
「うん、ちょっとお友達への贈り物を買いにね」
「いいなー…」
カイルの羨ましそうな視線を浴びて、私は少し申し訳ない気持ちになる。
今日の買い物にはカイルも連れて行きたかったのだけど、ラウル様の時間が限られていることなどもあり、結局二人で行くことにしたのだった。
「次は、一緒に行こうね」
「つぎって、いつ?」
「うーん…お父さんと相談して決めよう」
「ぜったい、だよ」
「うん、絶対」
ラウル様の仕事も少しだけど落ち着いてきているようだし、カイルを連れて3人で出かけられるか相談してみようと思った。
「オシャレなカフスボタンですね、閣下」
袖口のカフスボタンがいつもと違うのをめざとく見つけたマルティンが指摘され、ラウルは笑った。
ラウルは何も言わなかったが、マルティンには贈り主が誰だかすぐに分かった。
「奥様はセンスが良いですね。よくお似合いです」
「当然だ。ところで、お前の子どもの命名式に皇女も参加したいそうだ。日時はもう決定したのか?」
「ええと…二週間後ぐらいで考えています」
「警備の手配があるから、正式に決まったら教えて欲しい」
「分かりました。教会とも相談して今週中にはお伝えします」
マルティンとの話を終えたラウルは、エルンストが読み上げる報告書の処理にとりかかっている。
時々ラウルの指が、シャーレットにもらったカフスボタンに触れる様子が微笑ましいとマルティンは思った。
(以前は危うすぎて心配になることもあったが…最近はそういうことも少なくなった)
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